アフガニスタンに持続可能な灌漑設備を――JICAとFAOが故中村哲医師の灌漑方式広める

マルワリード用水路の通水時に子どもたちと並ぶ中村氏:PMS(平和医療団・日本)提供

独立行政法人国際協力機構(JICA)と国連食糧農業機関(FAO)は、8月30日、「地域社会の主導による灌漑を通じた農業生産向上計画(FAO連携)」を対象とした無償資金協力の贈与契約を締結し、アフガニスタンでの灌漑施設の改修や自然の緑地化、農業従事者への技術研修などを開始した。灌漑方式には、長年アフガニスタンとパキスタンで人道支援を続けてきた中村哲医師が考案したPMS方式を採用。中村氏の「生きるためには何よりも水が大事」という思いを継承し、現地にある資材や機材を活用したこの方式を伝え支援することで、農作物の生産能力の向上を図り、危機的な食糧不足の改善を促す。(松島香織)

(左から)日比FAO駐日連絡事務所長、天田JICAアフガニスタン事務所長

アフガニスタンの国土面積は日本の約1.5倍であり、山が多い地形に、4300万人が住んでいるとされている。人口の7割は農村地域に暮らし、8割は農業に関わっているという。2021年8月に治安維持の一翼を担っていた米軍が撤退し、武装勢力タリバンが復権。女性に対する抑圧的な政策(就労や教育の禁止)などによる国内の混乱、またそれらに伴う経済の悪化に加え、干ばつ、洪水、地震といった自然災害が重なり、深刻な人道危機が続いている。署名式後、挨拶に立ったJICAアフガニスタン事務所長の天田聖氏は、「食糧不足は危機的な状況であり、人口の6割に相当する約2400万人が栄養不良のリスクにさらされている。食料生産の向上がアフガニスタンにおける喫緊の課題」だと説明した。

今回JICAが支援する事業の対象地域は、食糧不足が深刻な東部クナール県とし、総事業費13.28億円をかけ、2023年8月から2026年7月の3年間取り組む。実施機関はFAOのほか、中村氏がそれぞれ現地代表と総院長を務めた国際NGOペシャワール会(福岡市)、PMS(Peace (Japan) Medical Services:平和医療団・日本)と協力体制を組み、クナール県ヌールガル地区の灌漑施設の改修、また現地にあるPMSトレーニングセンターで、灌漑技術トレーナーの育成や農業従事者に向けた研修を行う。

中村医師が考案したPMS方式灌漑

医師である中村氏はパキスタンに赴任していたが、2000年に隣国のアフガニスタン全土で起きた、大干ばつを目の当たりにした。これを契機に用水路が人々の生活に不可欠であると考え、医療は信頼できるスタッフに任せて土木技術の研究と実現に尽力した。急峻な流れを堰き止める福岡県の山田堰の手法を取り入れるなど、日本とアフガニスタンの伝統技術を掛け合わせ、低コストかつシンプルな機材を使って、住民による主体的な維持管理を可能にした手法は、中村氏がパキスタン・ペシャワール地区に設立した医療機関PMSの名前からPMS方式灌漑と名付けられた。2003年にPMS方式灌漑事業を開始し、2019年までに1万6500ヘクタールの耕地を復活させ、65万人の農業従事者の生活を支えるに至った。

PMS方式灌漑による2017年建設中(左)と2023年に通水したマルワリードⅡ用水路:PMS(平和医療団・日本)提供

JICAは、2018年からこのPMS方式灌漑について中村氏と協議を重ね、アフガニスタンに広めるためのガイドラインを作成した。だが、中村氏は2019年12月に灌漑用水の現場に向かう途中、銃弾に倒れ帰らぬ人となった。10月に長年の人道支援を評価され、アフガニスタン政府から名誉市民の称号が贈られたばかりだった。天田氏は「本事業は通常の案件にも増して、大変重い責任を感じている」という。

FAO駐日連絡事務所長の日比絵里子氏は、「本日の署名式は、アフガニスタンにおいて水資源、農業、食料、人々の健康と生存について包括的に考えておられた中村先生のご遺志を引き継ぐ、重要な活動の新たな節目。このような機会に立ち会うことができ、国連職員また一日本人としても非常に光栄だ」と続けた。

灌漑がなければ社会全体の不安定リスクは高くなる

10月16日は国連が定めた「世界食料デー」であり、世界の食料問題を考えるこの日には毎年テーマが決められる。2023年は「水は命の源 食の源 誰一人取り残さない」だ。オンラインで署名式に出席したFAOアフガニスタン事務所長のリチャード・トレンチャード氏は、「この世界食料デーのテーマ、これこそがまさに、今回の新しいプロジェクトのエッセンスを示すもの。アフガニスタンのために食料の糧を作ろうとしているこの協力体制と活動の新たなる一歩を示している」と力を込める。

リチャード・トレンチャードFAOアフガニスタン事務所長(右)

トレンチャード氏は、現地の安全を確保したうえで、この2年の間にアフガニスタンの34州のうち25州を訪れ、中村氏が建設した灌漑用水などを見て回ったという。また国土が気候変動の影響を受けていることも実感。ある農業従事者は干ばつが続き代々続いていた耕作地を手放したという。「どの地域であっても農業従事者と話をすると、水がいかに重要であるかを知った。灌漑がなければ農業は立ち行かず、社会全体の不安定リスクは高くなる」と危機感を露わにした。

プロジェクトの実施効果としてトレンチャード氏は、「食料生産を増加し各農家の所得を増やすこと」「増産した食料を通じた市場の活性化」「気候変動の影響の緩和」などを挙げた。「その結果、二毛作を行うことが可能になり農業生産性は12%増加、また地下水資源に関しても回復を見込むことができる」と期待を込める。さらに「PMS方式灌漑の知識や手法・方法を広めることは、プロジェクトを持続可能な形にしていくために極めて重要。今後のアプローチの足がかりになる」と取り組みの意義を語った。

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