山下達郎の絶品ライブアルバム「IT’S A POPPIN’ TIME」YMO結成直後の坂本龍一も参加!  完全限定版でリイシュー! 納得のいく音を出せる超一流ミュージシャンたちが集った奇跡のアルバム

井上陽水が長嶋茂雄なら、山下達郎は王貞治である

「本当に歌が上手い日本のアーティスト」を挙げろと言われたら、私は真っ先に井上陽水と山下達郎の名を挙げる。陽水のボーカルは天性のものだが、山下のは “叩き上げ” の凄まじさを感じる。一度でも山下のライヴに足を運んだことのある人なら、最初に生ボーカルを聴いたとき「うわ!」と思ったはずだ。発声法からリズム・音程の正確さだったり、抑揚や強弱の付け方など、古今東西のあらゆるボーカルを研究し、研鑽を重ねて最高峰に到達した声だ。陽水が長嶋茂雄なら、山下は王貞治である。

おそらく山下本人も、自分の生声が大好きなんだと思う。でなければ、アカペラによる洋楽カバー集『ON THE STREET CORNER』をシリーズでこさえたり、一人アカペラの曲を量産したりしないだろう。この絶品ボーカルの凄味を味わうなら、カバー曲を聴くことをおススメする。山下が歌うカバーは、どれも彼なりの “独自の解釈” が入る。みんなが気付いていないその曲の隠れた魅力を、超絶ボーカルを通して教えてくれるのだ。オリジナルと聴き比べると、楽しさ倍増である。

若き日の浜省が作った曲をカバー

1994年、山下が中野サンプラザで行った『sings SUGAR BABE』のライヴを観に行ったときのこと。胸に刺さった一曲が、かつて浜田省吾が在籍していたバンド「愛奴(あいど)」のカバー「二人の夏」だった。若き日の浜省が作詞・作曲したこの曲を歌う前に、山下はこう言った。

「浜田くんのライブを観ていると、この人は何をやりたいのかが手に取るように分かる。自分と彼は、空気が同じなんです」

実は、山下と浜田は学年が同じで “タメ” なのだ。澄みきったボーカルで、朗々とこの隠れた名曲を歌い上げた山下。まるでオリジナル曲のように聴こえて、思わず心が震えた。歌い方は達郎風でも、浜省がこの曲に込めた思いをしっかり汲み取って、大事なところは壊していない。原曲へのリスペクトと愛情がそこにはある。

絶品カバーが聴けるライヴアルバム「IT'S A POPPIN' TIME」

そんな山下の、若き日の “絶品カバー” が3曲も聴けるのが、通算3作目の2枚組ライヴアルバム『IT'S A POPPIN' TIME』(1978年)だ。リリース時、山下は25歳。ソロデビューして1年半が経過していた。まだソロ第1弾シングル「LET'S DANCE BABY」(1979年)が出る前で、リリースはアルバムを2枚だけ(『CIRCUS TOWN』と『SPACY』)という状態。今でこそ「アルバムアーティスト」なんて言葉があるけれど、当時はシングルが売れてナンボの時代。シングルヒットはおろか、そもそも1枚も出していない山下は、業界内でさぞ肩身が狭かったに違いない。

また前2作のアルバムでは、自分が納得のいく音が出せるミュージシャンしか起用せず(そういう腕利きはギャラが高い)、レコーディング費用がかさんだ割にセールスが伸びなかったことで、3枚目のアルバムは「もっと低予算で」となった。しかしそれではいいミュージシャンは使えない。そこでRCAの達郎担当ディレクター・小杉理宇造が提案したのが「ライヴアルバムを出す」ことだった。山下は当時から、そのままレコードにできそうなクオリティでライヴを行っていたからだ。

25歳の山下のもとに集まった超一流のミュージシャン

かくして、六本木ピット・インに観客を入れて録音されたのが『IT'S A POPPIN' TIME』である(一部スタジオ収録曲あり)。バックを務めたメンバーは以下。

ドラムス:村上 “PONTA” 秀一
ギター:松木恒秀
ベース:岡沢章
キーボード:坂本龍一
サックス:土岐英史
コーラス:伊集加代子・吉田美奈子・尾形道子

それぞれのキャリアについて、解説は不要だろう。これだけの超一流どころが25歳の山下のもとに集まったのは、全員が彼の音楽と力量を認めていたからであり、「達郎とセッションしてみたい」という思いがあったからだ。ライヴハウスなら、よりお互いの呼吸が合った演奏ができる。山下によると、普通のライヴなら8万円(当時)ほど払わないと腕利きのミュージシャンは呼べなかったが、ライヴハウスだと2万円で来てくれたという。動員はできていたので、山下は自分だけノーギャラで全員に2万円ずつ払い、それでなんとかペイしていたそうだ。

ブレッド&バターの「ピンク・シャドウ」が選曲されていることに注目

そういうミニマムなライヴを収録してアルバムにしよう、というアイデアは窮余の一策だったが、嬉しい副産物もあった。「客前で演るなら、カバーも入れよう」ということになり、このアルバムには全14曲中3曲のカバー曲が収録されているのだ。

ブレッド&バターの「ピンク・シャドウ」が選曲されていることに注目。1974年の時点で、こんなに洗練されたラヴソングを発表していたブレバタ。山下はこの曲がお気に入りだが、本アルバムでの演奏はオリジナルよりけっこうテンポが速い。そのほうがこの曲は「エモくなる」という判断だろう。「愛してるよ」がまるで西城秀樹のように情熱的に響く。山下の声がとにかく若く、そこに絡む女声コーラスとの掛け合いは聴きモノだ。

その次に収録されている「時よ」は、吉田美奈子の作品だ。1978年10月に彼女のアルバム曲として発表されるが、この時点ではまだレコーディング前で、山下のカバーが先に世に出ることになった。もとは女性が主人公の曲なので、山下は「私」を「僕」に変えて歌っている。最後の別れの前に、恋人を「苦しいほどに」ぎゅっと抱きしめる男。山下の歌声が実に切ない。これも女性側から歌った吉田美奈子ver.とぜひ聴き比べてほしい。

もう1曲は洋楽カバーで、エディ・ホールマンの1969年のヒット曲「Hey There Lonely Girl」(オリジナルは、ルビー&ロマンティックス「Hey There Lonely Boy」)。こちらはファルセット全開で、もう第一声の時点で観客から拍手が起こっているほど。いったいどっから声出してるの? 山下本人のライナーノーツによると、当時はファルセットで歌う男性シンガーがほぼ皆無だったので「こんなんできまっせ」と差別化の意味で歌ってみたという。ここでの “裏声チャレンジ” は後年、そういった楽曲を歌う上で重要な第一歩となった。ギターもサックスもエレピも、いちいち泣けるんだよなぁ……。本家超えてます。

YMO結成直後、ヤング坂本龍一の貴重な演奏

そんなこんな、若き山下のほとばしる才気と、それを支えるバックのみごとなパフォーマンスが堪能できる『IT'S A POPPIN' TIME』、もう一つ重要な聴きどころがある。YMO結成直後、ローズピアノを奏でるヤング坂本龍一の貴重な演奏が聴けることだ。このとき教授は26歳。山下より1つ年上だが、ほぼ “タメ” の感覚でウマが合い、いつも一緒にいたという。

今年(2023年)5月にNKK-FMで放送された『今日は一日 “山下達郎” 三昧 レコード特集2023』で、ゲスト出演した山下が『IT'S A POPPIN' TIME』時代のバンドメンバーについて、いくつか興味深い話を披露している。坂本については「高校のクラスで、隣に座っているような感覚」(わかる!)。先述の浜省と同様の “タメ感覚” が二人の間にはあったのだ。

クラシックから音楽の道に入った坂本と、ポップスから入った山下。入口は別々でも、音楽に対する求道者としての姿勢には共通するものがあり、坂本はクラシックに関する知識、山下はロックに関する知識を語り、互いに補完し合っていたという。

「達郎さん自身が考える、坂本龍一さんのピアニスト・キーボーディストとしての魅力は?」というアナウンサーの質問に、山下の答えは「彼はクラシックでも、フランス近代なんですよ。ラヴェル、ドビュッシーとか。僕もその辺は好きなので、本当にいろんなことを教わりました」

70年代末、ラヴェルやドビュッシーについて語り合う25歳の山下達郎と、26歳の坂本龍一。山下の楽曲にどこか普遍性を感じるのは、坂本から得たクラシックの知識が関係しているように思うし、また山下が伝授したロックの知識が、YMOのメンバーとして活動していく上で大いに役立ったことは間違いない。

音の重厚さ、質感が違うアナログメディアで聴いてほしい超絶セッション

そしてもう一つ、これはけっこう重要な話だが、このアルバムに集ったメンバーのおかげで、山下はある “クセ” を矯正できたという。

「僕ね、シュガー・ベイブ時代は、すごくタイムが走るというか、突っ込むっていうか、ラッシュする人間だったんです。でも『IT'S A POPPIN' TIME』のときは、特にこのメンバーで演ったおかげで、それがすごく矯正された。キメの正確な4人(村上・松木・岡沢・坂本)に囲まれて演ってると、自然と直ってくる。それはやっぱり、上手い人とじゃないと絶対ダメです」

自分が納得のいく音を出せる超一流ミュージシャンを揃えた結果、先走りグセが直り、ミュージシャンとして一段上に行けたというこの事実。非常に含蓄深い話だ。ふだん愛聴している方も、ぜひその点に留意しつつ、あらためて本アルバムを聴き直してもらいたい。達人たちの凄味を感じた次第。そもそもこのセッション自体、「天下一武道会」みたいなもんだよなぁ。

なお、9月6日に「TATSURO YAMASHITA RCA/AIR YEARS Vinyl Collection」の一環として、最新リマスター&ヴァイナル・カッティングを施した180グラム重量盤アナログ2枚組と、カセットテープが同時発売される。超絶セッションの本作はぜひ、音の重厚さ、質感が違うアナログメディアで聴いてほしい。

カタリベ: チャッピー加藤

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