MBOとプレミアム(下)経営陣が安く買い叩けないワケ レックス事件など影響

引き続き、MBOとプレミアムの関係を検証する。前回の記事では、「経営陣が会社を安く買い叩く」という一般的なイメージとは裏腹に、MBOの買収プレミアムはTOBのそれを上回っていることが明らかになった。今回はMBOで「経営陣が会社を安く買い叩けない」理由を掘り下げる。

前回のグラフ1にMBO絡みの有名な事件等を紐づけた。

2006年、まだMBO黎明期と言って差支えないこの時期にレックス・ホールディングス事件が起きる。翌2007年にはサンスター事件があり、その後MBO指針が出され、それを踏まえた上でなお訴えられたサイバード事件が続く。

レックスホールディングス事件は、MBOの公表前に恣意的な形で業績を下方修正していたことで、公表日のプレミアムが適切ではないとされた事件だ。公表日には経営陣に都合よく株価が下がっていた訳だから、公表日ではなく公表前の6ヵ月の平均値を基礎としてプレミアムを加算しましょう、といった結論を司法は出している。

この判例は裁判所が初めて具体的な金額を提示した判例であるのだが、その数字は20%。どこから出た数字かというと「近接時期のMBOの平均値」だ。似たような形で争われたサンスター事件にもこの数字は引き継がれ、サイバードホールディングス事件でも、同年のTOBプレミアムの平均値が20%台の半ばであることや、中でもMBOのプレミアムが高くなっていることから「プレミアムは少なくとも20%を下ることはない」と判示されている。

つまり、20%という数字そのものよりも、その根拠に注目したい。近接時期のプレミアムの平均値が高ければ、ハードルが変わることもある。周りがプレミアムを釣り上げる局面では、自社も上げるのが安全策だ。

サイバードホールディングス事件において、判例がTOBの中でも特にMBOのプレミアムが高くなっていることに言及したことも見落とせない。こう言われてしまっては、その中で自社のMBOでのみプレミアムを下げるには相当な勇気が要る訳で、各社そう考えた結果としてMBO全体のプレミアムが高止まりしても何ら不思議はない。

2008年から2009年にかけては、TOB全体のプレミアムが上昇したのもさることながら、先駆者たちの失敗や株主保護施策であるMBO指針を受けて、MBOを行う経営陣側が危機感を強めていたようにも取れる。司法にせよ行政にせよ、MBOでは株主を弱者として保護を打ち出しているのだから、経営陣が身構えるのも致し方ない。


経営陣の買付価格介入が暴露されたシャルレ事件

各論的にもなるものの、一応シャルレ事件にも触れておきたい。

シャルレ事件では買付者である取締役が買付価格の決定に介入し、これを内部通報されてMBOが頓挫したのだが、MBOを頓挫させたことで会社に損害を与えたとして、株主は社外取締役も含めて経営陣に損害賠償を求めた。当初の請求額は5億円に上る。MBOの頓挫によって会社に余計な支出をさせた……という点を責められているのだが、頓挫の理由は社内から買付価格への介入が暴露されたことにより対象会社が不賛同、金融機関も融資を断ったことである。

経営陣にしてみれば、プロジェクトチームを丸め込み社外取締役をも懐柔し、上手く行くかと思ったところで後ろから刺されたような格好だが、他社でMBOを考えている経営陣の中には、この件に肝を冷やした取締役も決して皆無ではないだろう。

世間はMBOには随分と目を光らせている。シャルレ事件ほど露骨にやらずとも、多少の疑わしい行為さえも揚げ足を取られるリスクは常にある。

多くのMBOにおいて、経営陣が身銭を切るのは買収資金の内の一部である。後はファンドや金融機関の金だ。もっと言うと、借入を起こすとしても買収対象会社の資産を担保としたノンリコースファイナンスがほとんどだ。

下手を打って個人で損害賠償を支払うより、あるいは、万一応募が足りない等の理由でMBOが不調に終わるよりは、所詮は他人の金である買収資金で多少プレミアムの上乗せをしてでも安全に買付を行う方がマシだと考えたいのが人の心のような気もする。そしてこれは株主の利益と相反するものでもない。

近年のMBOを見ていると、プレスリリースで万全に万全を期し身の潔白を主張した上でなお多少の訴訟は織り込み済みと言う感の、経営陣の肩身の狭さが透けて見えるようにも思われる。いずれにしてもMBOを行うことを一度公表した以上、経営陣がMBOを成功させたいことは否定のしようがない。それどころか頓挫した場合に非難された前例もある。MBOに対する世間の厳しい見方を重々承知した上で、それでも果敢にMBOを行う経営陣の立場というのは、果たしてそんなに強いものだろうか。

構造的に弱い立場の株主の保護が進んだ結果立場は逆転し、今やMBOは経営陣が一方的に有利な取引であるとは言い切れないのではないか。


株価とプレミアムは逆相関関係

余談ながら、TOBにおけるプレミアムについて補足したい。上記グラフは日経平均株価と、TOBにおけるプレミアムの推移を表している。完全にとは言わないまでも、株価とプレミアムは概ね逆相関していることが見て取れる。単純な話ではあるが、買付者から見て、1,000円の株式に50%のプレミアムをつけるのと、2,000円の株式に50%のプレミアムをつけるのでは買収に要する資金も違うし、ワケが違うということだ。

文: ストライク 企業情報部・井上 美沙/編集:M&A Online

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