「汚職大国」ウクライナへの巨額支援、流用の恐れはないのか 高官の逮捕・更迭相次ぐ 総額36兆円・日本1兆円超 復興でさらに膨らむ

ウクライナのレズニコフ国防相=8月28日、キーウ(ロイター=共同)

 ロシアの侵攻を受けたウクライナで政府高官の汚職事件が相次いでいる。同国には日本を含む西側から巨額の支援が提供され、復興に向けて今後、さらなる資金も必要とされるが、汚職により資金が流用されれば、「血税」を払う各国納税者は黙っておらず、ウクライナへの支援離れにもつながりかねないとの懸念が強まっている。(共同通信=太田清)

 ▽「おぞましい」汚職

 ウクライナのゼレンスキー大統領は9月3日、側近のレズニコフ国防相の更迭を発表した。国防省で相次ぐ汚職スキャンダルの責任を取らされたとの見方が強い。
 同氏は弁護士出身で、2021年11月から現職。22年2月のロシア侵攻以降は、文民出身トップとして西側からの兵器提供を巡る交渉で活躍、ゼレンスキー政権を支えてきた。
 国防省では今年1月、兵士向けの食料品調達費が市中価格の2~3倍になっていたことが明らかになり、国防次官が辞任に追い込まれた。
 2月になり一時、レズニコフ氏辞任の臆測が流れたものの留任。しかし、その後、同省が契約した約10億ドルの武器の調達が大幅に遅れるスキャンダルも明らかになり、同氏の去就が注目されていた。
 ウクライナでは今年に入り汚職事件が相次いでいた。地域発展省次官が汚職で逮捕されたほか、大統領府副長官が米国から政府に寄付された高級車を私物化しているとの疑惑を受け辞任。5月には横領容疑で南部オデッサ市市長、収賄容疑で最高裁長官が拘束された。
 さらに、オデッサ州の徴兵事務所のトップであるボリソフ軍事委員が、徴兵逃れの便宜を図った見返りに500万ドル(約7億4500万円)相当の金銭を受け取り、スペインでの別荘購入などに充てていた疑惑が発覚し、7月に逮捕された。
 これを受け、ゼレンスキー大統領は全州の軍事委員会の徹底的捜査を指示。その結果、112件の汚職が摘発され、大統領は8月、全州の軍事委員解任を表明。捜査結果について「おぞましい」と吐露した。
 今回、汚職への直接の関与は薄いとされるものの、大統領の側近レズニコフ氏の更迭に至ったことは、ゼレンスキー政権にとって大きな痛手となった。

7月25日、キーウの裁判所に出廷したボリソフ元軍事委員。徴兵逃れで便宜を図り賄賂を受け取った容疑で逮捕された(ゲッティ=共同)

 ▽補佐官の疑惑も

 疑惑の目は大統領の補佐官にも向けられている。
 ロイター通信は19日、20年に大統領府副長官に就任、情報・司法部門担当としてゼレンスキー氏を補佐してきた弁護士のオレフ・タタロフ氏の汚職疑惑に関する特集記事を報じた。
 同通信は、汚職容疑をかけられオーストリアに逃亡したウクライナの元建設会社幹部をウィーンで取材。同幹部は14年から19年にかけ、ウクライナ国内での建築許可を得るため、タタロフ氏を通じて政府高官らに賄賂を渡していたと証言した。
 タタロフ氏についてはこれまでも、大手建設会社の顧問弁護士を務めていた17年に、内務省高官への贈賄の便宜を図った疑いが浮上。ウクライナの独立汚職捜査機関が捜査に乗り出し、汚職容疑で告発されたものの、時効が成立しているとして司法審理が打ち切られたこともあった。
 反汚職団体などはタタロフ氏解任を求めたものの、ゼレンスキー氏は、疑惑は証明されていないとして解任を拒否している。

 ▽GDP超える巨大支援

 世界各国の対ウクライナ支援を集計、公表しているドイツのシンクタンク「キール世界経済研究所」によると、7月31日時点での支援・支援見込み額は国別で米国がトップの695億ユーロ、ドイツが209億ユーロ、英国が138億ユーロなどとなっており、総計で2300億ユーロ(約36兆3000億円)と巨大なものとなっている。
 国際通貨基金(IMF)によるウクライナの23年国内総生産(GDP)予測1487億ドル(約22兆1500億円)と比してもその大きさが分かる。
 外務省によると、ロシアの侵攻に伴う日本の対ウクライナ支援は、殺傷性のない装備品や人道分野での無償援助など計76億ドル(約1兆1300億円)に上る。
 ウクライナ国家統計局によると、同国はロシア侵攻の影響で経済が崩壊、22年の実質経済成長率はマイナス29・1%と、1991年の独立以来最低を記録。人口も避難民の国外流出や支配地域喪失により2021年の約4100万人から今年は約3200万人と激減の見通しだ(IMF予測)。経済は今年もマイナス3%と低迷が続き、軍事部門のみならず政府、民間部門への支援がなければ、国家運営が成り立たないことは明らかだ。
 復興が始まればさらなる巨額の支援が必要となる。世界銀行、ウクライナ政府などは既に、侵攻後1年間の被害復興に、今後10年間で少なくとも4110億ドル(約60兆円)が必要と試算。日本も9月、林芳正外相(当時)が首都キーウ(キエフ)を訪問。楽天グループの三木谷浩史会長兼社長を含む日本企業関係者も同行し、官民挙げて復興に協力する姿勢を前面に打ち出した。

ウクライナ・キーウ近郊ブチャの教会を訪れた楽天グループの三木谷浩史会長兼社長(右から2人目)=9日(共同)

 ▽ロシアに次ぐ悪さ

 ゼレンスキー氏は19年の大統領選挙で、国民から反感を買っていた新興財閥オリガルヒによる汚職撲滅を公約し勝利。加盟の条件として汚職対策を求める欧州連合(EU)の意向もあり、公務員の資産・収入公開や汚職事件の独立捜査機関の設置、オリガルヒの政治参加制限など、改革を進め一定の成果を上げてきた。
 しかし、汚職撲滅の道はなお半ばだ。世界各国の「汚職指数」を発表している非政府組織(NGO)トランスペアレンシー・インターナショナルの22年調査によると、ウクライナの「清潔度」は180カ国・地域中でエルサルバドル、ザンビア、フィリピンなどと並び116位。ロシア(137位)に次いで欧州で2番目に悪く、汚職がまん延し「復興の障害になりかねない」とも指摘された。
 相次ぐ汚職の発覚にゼレンスキー政権も危機感を深めている。ウクライナの調査機関「民主イニシアチブ基金」が7月行った世論調査によると、ウクライナ国民の78%が大統領が直接、汚職事件の責任を負うと回答。ゼレンスキー氏は8月27日、国民の批判をかわそうと、戦時下の汚職を「国家反逆罪と同等」とする罰則強化案を議会に提案すると表明した。

ウクライナ大統領選の決選投票後、笑顔を見せるゼレンスキー氏。汚職撲滅を公約の一つに掲げ当選した=2019年4月、キーウ(ゲッティ=共同)

 ▽レッドライン

 汚職が続けば、ウクライナの命綱である西側の支援も中止の危機に陥りかねない。
 汚職撲滅のための活動を行うウクライナのNGO「反汚職行動センター」のオレナ・ハルシカ国際関係部長は電話インタビューで「ウクライナ独立後、国営企業の民営化の過程で誕生したオリガルヒが汚職問題の根底にあった。改革には長い時間が必要」と、欧米各国と違った特殊性を強調。
 一方で「政府は西側から支援を受けた資金が汚職に回されることがあれば、大変な信用の失墜につながることはよく分かっている。これはレッドライン(越えてはならない一線)だ」と、ウクライナ政府が支援資金の適正運用に全力を挙げる姿勢であるとの見方を示した。

2月23日、ポーランド南部クラクフでウクライナ支援を訴える集会に参加した女性。「バイデン米大統領、ウクライナにF16戦闘機を送って」と書いたプラカードを掲げている(ゲッティ=共同)

 米政府はアフガニスタン復興事業への巨額の資金の流れを監視するため、アフガン復興担当特別監察官(SIGAR)を設置。同監察官は資金流用に目を光らせ定期的に議会への報告を行ってきた。こうした機関をウクライナ支援でも活用すべきとの意見は米国内で強い。(ウクライナ支援では現在は国防総省、国務省、国際開発局がそれぞれ監察)
 ハルシカ氏は「支援国がSIGARのような監査機関を設置することで、支援資金の透明性はさらに高まる」と、資金提供国自らも、資金の適正運用に向け行動すべきだとの考えを示した。

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