酪農危機を乗り越える循環型酪農「耕畜連携」とは――東京・八王子の磯沼牧場が示す未来への提案

牛を自由に放牧し、アニマルウエルフェアを考慮した磯沼ミルクファーム(八王子市)

輸入飼料や光熱費の価格高騰、円安など複合的な要因により、日本の酪農家の約8割が赤字経営だという。廃業する酪農家も後を絶たない今、日本の食の一端を担ってきた酪農業を再起させるにはどのような戦略が必要なのだろうか。その一つの方向性として国産飼料を増やす、畜産農家と農家との連携「耕畜連携」や、食品残さなどを利用して製造された飼料「エコフィード」の利用が注目されている。東京・八王子市で、エコフィードを利用し、牛の糞尿のたい肥化、近隣農家との連携、6次産業化、アニマルウエルフェアなど循環型の畜産業を長年行っている磯沼ミルクファーム(磯沼牧場)を訪ね、そのヒントを探った。(環境ライター 箕輪弥生)

住宅街にも接し、京王線山田駅からもほど近い東京・八王子市の郊外に、牛や羊が草を食む牧歌的な風景が広がる。この地で酪農業を70年続けている磯沼牧場だ。同牧場ではアニマルウエルフェア(家畜福祉)も意識し、育成牛は放牧場で牧草を自由に食べて運動できるなど、牛の健康と自主性を尊重している。

ここでは、約90~100頭の牛が飼育され、搾乳量の高いホルスタインだけでなく、ジャージー、ブラウンスイスなど多様な種の牛が混在する。牛舎にはコーヒーかすが敷き詰められ、その上にゆったり牛が休む。

コーヒーかすの上で休む牛たち。乾燥していて牛が汚れないメリットもある

このコーヒーかすは牛糞と混ぜて、5ヵ月かけて発酵させ、熟成たい肥となる。年間1000トンほど作られるたい肥は同牧場の体験農場の肥料になるほか、近隣の農家に提供されたり、販売もする。

たい肥で栽培された野菜は、2022年10月に牧場の隣にオープンしたレストラン併設の販売施設「TOKYO FARM VILLAGE(トウキョウ・ファーム・ヴィレッジ)」でも販売される。同牧場が地域で連携する農園「中西ファーム」によるものだ。この野菜はレストラン部門でももちろん素材として提供され、料理に利用される。ここでは酪農と農業の連携、そしてそれが消費者の手に届くまでの循環が生まれている。

TOKYO FARM VILLAGEでは、牧場から生まれる牛乳や乳製品、牛肉、米、たい肥で作った野菜を使ったメニューが楽しめる
看板商品のプレミアムヨーグルトは、どの個体の牛から作られた製品かトレーサビリティにも配慮する

磯沼牧場では搾乳した牛乳を使った加工品の開発にも30年前から力を入れる。そのひとつがヨーグルトだ。乳量は少ないが、乳味が良いジャージー牛の乳などを使ったヨーグルトで、TOKYO FARM VILLAGEができてからは売り上げが倍になったという。

「販売拠点の近くに牧場があって、どんな風に牛が育てられているか実際に見てもらえるので、多少価格が高くても来場者に商品を理解してもらえるようになった」と同牧場の磯沼正徳代表は話す。

同牧場では、畜産業だけでなく、乳しぼり体験、小学生から大学生まで招いての酪農教育、体験農園、チーズやバター、ピザ作りなど毎週のように参加体験型のイベントを開催している。

牛と人の幸せな牧場を目指す磯沼正徳代表

「牧場は乳を搾って売るだけの場所ではない。来てくれて楽しんでくれる、食べてくれる、そういう場を提供することで、牧場への理解が進んで追い風になり、フューチャーバリュー(未来の価値)を生む」。磯沼代表は、連携する地域の事業者だけでなく人との接点を増やすことが未来への投資だと説く。

飼料の自給率を高める「耕畜連携」「エコフィード」

畜産業は「令和の酪農危機」と呼ばれるほど、多くの酪農家が経営困難に陥っている現状がある。一般社団法人酪農中央会議の今年3月の調査によると、「酪農家の85%が赤字経営」に陥っていることがわかった。酪農家らはその原因として「飼料価格の上昇」(97.5%)、次いで「子牛販売価格の下落」(91.7%)、「燃料費・光熱費の上昇」(85.4%)を上位に挙げている。

1位の飼料価格は、ロシアのウクライナ侵攻や円安の影響により、2020年から1.5倍に値上がりしている。生乳生産費に占める飼料費の割合は4割を超えるので、飼料高騰は精算コストに直結する。安い輸入飼料に頼ってきたグローバリゼーションがここにきて大きな負担となって酪農家を襲っている格好だ。

この対策として、国産飼料を増やすべく、野菜や米を作る農家と、畜産農家との連携「耕畜連携」が注目されている。農家で生産した飼料作物などを畜産農家に提供し、それを食べた家畜から出た糞尿で作った堆肥を畑に戻し、農産物の生産に役立てるというものだ。

これにより酪農家は飼料の自給率を高め、一方で農家も安定的な国産の有機肥料を得られると共に、栽培した作物の供給先があるため、ウィンウィンの関係が生まれる。

この「耕畜連携」は昨年末に策定した「食料安全保障強化政策大綱」でも推奨され、地域の行政や関係団体が耕畜連携推進会議を発足させたり、農政局がプロジェクトチームをつくって地域の農家と畜産家のマッチングを行うなどの動きも生まれている。

もうひとつの方法が、紹介した磯沼牧場でも取り入れているエコフィードだ。
これは、食品残さなどを利用したもので、同牧場では、ビールの搾りかす、豆腐製造時に出るおから、カット野菜の不要部分、乾麺くずなどを利用する。これを干し草などと混合して使い、輸入飼料を4割削減している。

エコフィードにはカット野菜の未利用部分やビールかすなどが使われる
エコフィードを食べる牛たち。暑さに弱い牛は、夏場は2割乳量が減るという

どちらの方法も、地域の資源を使い輸入飼料を減らすことにつながる。磯沼代表は「これからの酪農は、地域の特性に合わせて、近隣の農家や事業者と連携して、地域で循環する形が望ましいのでは」と話す。

世界の情勢に影響されない安定した酪農のためには、飼料もエネルギーも地域で自給し、地域で循環させるサーキュラーな試みに本気で取り組む必要に迫られている。さらに、磯沼牧場に見られるように、地域の特性を生かして、消費者との直接の接点を広げたり、6次産業化を進めるなど、多様な消費の場をもつことも重要になってきそうだ。

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