消滅可能性都市の再生、人口減少と人口流出を食い止める切り札は「教育」~ 奈良県宇陀市がエストニアに中学生を派遣 ~

地方都市の人口減少が加速的に進んでいる。都市部に人口が集中する「一極集中」も相まって、人口減少は深刻な問題と化している。各自治体は生き残りをかけて、企業誘致や子育て支援、外国人労働者の受け入れなどの施策を打ち出しているが、「私立大学の公立化」など教育施策を戦略に据えている自治体も少なくない。今回は、2040年に消滅すると指摘されている「消滅可能性都市」と消滅回避に向けた教育施策について、奈良県宇陀市の取組みを取り上げる。

2040年までに半数の市町村が消滅!?

教育活性化は、消滅を回避する上で必須の施策

地方から都市部に人口が流出する「一極集中」と、少子高齢化による「人口減少」が同時に進んできた日本。2014年に民間シンクタンクの「日本創成会議」が発表したレポートでは「2040年には全国896の市区町村が消滅可能性都市に該当する」と予測したことから、大きな社会問題として取り上げられるようになった。

同レポートが「消滅可能性都市」と定義したのは、「2010年から2040年にかけて20~39歳の若年女性人口が5割以下に減少する市区町村」である。出産年齢女性の人口減少により少子化が加速し、これにより消滅可能性が高まることが危惧されたのである。

政府はこの課題に対して一体的に取り組み、各地域がそれぞれの特徴を活かした自律的で持続的な社会を創生できるよう、内閣府に「まち・ひと・しごと創生本部」を設置した。地方自治体は人口減少や都市部への流出回避を目指して、観光活性化や企業誘致、婚活支援、子育て支援、空き家活用、外国人労働者の受け入れなどさまざまな施策を打ち出している。

その中で、「教育」を地方創生の施策に掲げている自治体も少なくない。文部科学省は地域住民等の参画による学校を中心とした人づくり・地域づくりが必要であるとして、「学校を核とした地域力強化プラン」を推進している。地域全体で教育力を向上させ、子供たちの成長を支える社会を実現させることは、消滅可能性都市を回避するうえで必須の施策となっている。

ヨーロッパの小国・エストニアに中学生を派遣した奈良県宇陀市の教育施策事例

奈良県北東部に位置する宇陀市は、旧大宇陀町・旧菟田野町・旧榛原町・旧室生村の合併により、2006年に誕生した。前述の「消滅可能性都市」のひとつとして挙げられており、宇陀市HPでは、2023年4月1日時点の人口は27,697人。10年前の2013年4月1日時点の人口は34,054人であり、年々減少が続いてきたことがわかる。

今回、紹介する宇陀市の取り組みは、2023年7月に実施された「宇陀市エストニアとの交流による人材育成事業」である。

ヨーロッパの小国であるエストニアは長く大国に支配されてきた歴史があり、独立後、まだ30年しか経っていない。多くのものが足りていない状態からのスタートだったが、IT系のユニコーン企業が次々と誕生し、今では北欧のシリコンバレーと呼ばれるまでに成長している。最先端の IT 国家であり起業活動が盛んなことでも知られており、教育の現場ではアントレプレナーシップ(起業家精神)教育を推進している。

2023年7月22日~31日の10日間、宇陀市内の市立中学校から選出した生徒10名を現地に派遣。7月26日、宇陀市はエストニア・サーレマー市と教育・文化・観光における交流を柱に据えた基本合意書を締結。

参加した生徒たちは滞在期間中、4日間をサーレマー市内で過ごした後、首都のタリンへ移動。タリンでは子どもたちの意見を採り入れて施設運営を行っている海洋博物館を見学したほか、自律走行配送ロボットを開発した企業Clevon(クレボン)を見学。9月3日に実施された「アントレプレナーシップ短期留学報告会」では、現地と宇陀市の教育や文化を比較した上で、宇陀市の問題点とその解決法について複数の提案がなされた。

派遣団長を務めた金剛一智市長は報告会において、「近い将来、今ある職業の半数近くがAIに代替されると言われている現代社会において、子どもたちに必要なのは自ら課題を見つけ、学び、行動する力。宇陀市にとって先例のない新しいプロジェクトだったが、宇陀市の子どもたちが成長できるチャンスを与えていきたいと考え、実施した」と今回の施策の意義について強調した。

宇陀市は今後も同事業を持続していき、人口流出などさまざまな課題を抱える市町村の成功モデルにしていきたいと考えている。

→私立大学の公立化、サテライトキャンパスの誘致など、自治体が掲げている各種施策の数々

私立大学の公立化、サテライトキャンパスの誘致など、自治体が掲げている各種施策の数々

若年者の流出を食い止めるため、また県外からの流入を促進するため、私立大学が公立大学に転換する「私立大学の公立化」を実施する地方自治体もある。2009年に高知工科大学が公立化したのを皮切りに、静岡文化芸術大学、名桜大学や長岡造形大学など複数の私立大学が公立大学に転換しており、滋賀県の長浜バイオ大学や岡山県の美作大学など公立化検討段階にある大学もある。入学生の獲得に苦戦していた地方私立大学が公立化に転換することで、「学費を抑えられる」「ブランド力が高まる」などのメリットが生まれる。これらのメリットから入学者が増加し、地方創生につながることが期待されている。

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地方自治体が東京圏にある大学と連携を図り、「地方サテライトキャンパス」を設置する動きも活発だ。内閣府地方創生推進室が運営するポータルサイト「地方創生✕キャンパス」では、キャンパスを誘致したいがノウハウや情報がない「自治体」と、サテライトキャンパスや研究所等の新拠点設置を検討している「大学」のマッチングを支援している。

民間企業がハブとなって教育を軸にした地方創生に取り組む例もある。「高校魅力化プロジェクト」はその1つで、「その地域・学校でなければ学べない独自カリキュラム」「学力・進学保証をする公営塾の設置」「教育寮を通じた全人教育」の3つの柱で魅力ある高校づくりに取り組み、全国の40以上の地域に波及している。

学校統合により1村1小中学校になった高知県大川村が小中一貫のコミュニティ・スクールを導入した事例や、町を上げて地域唯一の高校の教育環境拡充に取り組んだ「島前高校魅力化プロジェクト」など、地方創生の施策として「教育」を打ち出している自治体は枚挙にいとまがない。人口流出に苦しんでいた徳島県神山町の事例もある。神山町は町内全域に光回線を敷設し、都心部に本社を構える企業のサテライトオフィスを誘致。2023年4月には、Sansan株式会社の創業者である寺田親弘氏が発起人となり、アントレプレナーシップを教育の柱の1つに掲げた「神山まるごと高等専門学校」が開校。第一期生の入学試験には、国内外から399名近くが出願したという。

2023年5月9日、大阪府は公立大学の授業料の「完全無償化」に向けた制度の素案を発表した。これは、文部科学省の「高等教育の修学支援新制度」に大阪府独自の制度を加え、県内公立大学の入学金及び授業料を完全無償化するというもの。大阪府は、2020年度から県内公立大学の学費無償化を実施してきたが、「府内に3年以上居住する世帯年収590万円未満の世帯」という条件があった。今回の素案では制度を拡充し、世帯年収に関する所得制限は設けられていない。素案が通れば、2024年度から段階的に移行していく予定だ。このほか、兵庫県でも兵庫県立大学及び芸術文化観光専門職大学の学費無償化に関する施策案を発表。同施策案でも、「所得制限なし」としている。

高等教育機関の学費支援は、大きな予算が必要となるため、地方というよりは、ある程度人口が多い自治体でスタートしているが、隣接する県に波及する可能性もあるため、今後は地方の都道府県に広がっていくことも考えられる。

IT先進国エストニア訪問で国際的視野を広げた子どもたちが、人口減少を食い止める突破口となる

以上の事例からもわかるように、「教育」と銘打った施策であっても、その内容は自治体ごとに異なるが、奈良県宇陀市の「エストニアとの交流による人材育成事業」に取組みは、ヨーロッパの中でも小国であるIT先進国エストニアとの交流によるもので、他ではあまり見られず珍しい。地方創生の取り組みは、効果を発揮するまでに多くの年数を要するだろう。

それでも、今、IT先進国エストニア訪問で国際的視野を広げた子どもたちが社会に羽ばたき、主体的に地方創生に取り組むようになれば、消滅可能性都市を再び活気ある地域にしていくことができるかもしれない。この新しい取組みにより、海外や日本の教育機関との連携も話が出てくることも考えられる。奈良県宇陀市の「教育」施策の動きは今後も注目される。

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