感染症から命を救う「ワクチン」も化学の力で誕生していた!【図解 化学の話】

人類初のワクチン接種

「先生、ボク大丈夫だよ。その牛痘っていうのを打てば天然痘に罹らないんでしょ!」健気にそういったのは、ジェンナー家で働いていた貧しい労働者の息子でジェイムズ・フィップスという名の8歳の子どもでした。まぁ、フィップスくんが本当にそういったのかどうかはともかく、子どもに牛痘を打ったこの瞬間こそ、人類初のワクチン接種となりました。ところで、日本でそれまで広く知られていた「ジェンナーは自分の息子に牛痘を最初に接種した」という話は、なぜか誤解されて伝わっていたようです。さて、この天然痘ですが、ペストやマラリア、結核などとともに人類史の中で、人々を苦しめてきた感染症でした。天然痘は、高い致死率を持ち、回復しても顔に瘢痕が残ったり、失明したりするダメージの大きい疫病でした。ちなみに天然痘のもっとも古い事例として、ヒッタイトとエジプトが覇を争った紀元前1350年のころとの記録が残っているそうです。人々にとってこの疫病は悪夢そのものでしたが、不思議なことにアラブ (インド説もあり)地域などでは天然痘が治癒すれば、その後は二度と罹らないことが知られていた。しかも、アラブやトルコなどでは軽い症状の罹患者の水疱から毒性の弱い滲出液を採取し、その液を未感染者の腕などに傷をつけて液を擦り込む。そうして軽い天然痘を発症させ、免疫を獲得するという方法が取られていたというのです。ただし、問題は、安全な接種の方法が不明で、重篤な患者や死者を出すことでした。

さて、ジェンナーです。彼は郷里のイギリス・バークレーで外科医院を開業していた人物です。ジェンナーは雌牛の乳房にできた牛痘が搾乳の女性にうつると、女性は天然痘に罹らないとの話に興味を持ち精査しました。それが事実であることを確かめると実験を重ね、20年後に「善感種痘」(善感→安全に免疫獲得の意)を完成させたのです。こうしてジェンナーは、1796年5月14日、冒頭に述べたワクチン接種を実施したわけですね。彼は、論文をイギリス王立協会に提出しましたが、なぜか無視され続け、承認されたのは1800年(図1)のこと。それ以後、「牛痘種痘」は全世界に広がっていきます。それから180年を経た1980年、世界保健機関(WHO)は天然痘撲滅宣言を出します。人類の医薬史上、はじめて感染症に勝利した瞬間でした。撲滅された天然痘のウイルス株は、研究のためにアメリカのCDC(アメリカ疾病予防管理センター)とロシアのウイルス研究所の2か所だけに保存されているそうです。

ワクチン風刺画

イギリス王立協会が牛痘種痘を認めたことで、ジャンナーの前から撤退する反対派の医師たち。

エドワード・ジェンナー

イギリスの画家ジョン・ラファエル・スミス(1751-1821年)によるジェンナーの肖像画。

出典:『眠れなくなるほど面白い 図解プレミアム 化学の話』野村 義宏・澄田 夢久

【書誌情報】
『眠れなくなるほど面白い 図解プレミアム 化学の話』
野村 義宏 監修・著/澄田 夢久 著

宇宙や地球に存在するあらゆる物質について知る学問が「化学」。人はその歴史の始めから、化学と出合うことで多くのことを学び、生活や技術を進歩・進化させてきました。ゆえに、身近な日常生活はもとより最新技術にかかわる不思議なことや疑問はすべて化学で解明できるのです。化学的な発見・発明の歴史から、生活日用品、衣食住、医学の進化までやさしく解明する1冊!

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