【青木茂樹のサステナブル・マーケティング講座】第1回 地域再生に必要なブリコラージュとエンジニアリング

自らのウェルビーイングを求め、環境や社会課題に対しても、自らがエンゲージメント(責任を持って関わる) していく――。欧州のサステナブルな暮らしには、そんな生活者の姿勢が根底にあります。そして日本でも、暮らしを企業や行政任せにするのでなく、自らが主体的に動くことの重要性に気づいた生活者がいま増えているのではないでしょうか。

本コラムでは、サステナビリティや幸福度の高さで知られる北欧デンマークにて在外研究を進めている私の目から見た、欧州のサステナビリティの最前線の姿を伝え、そもそもなぜ欧州はサステナビリティを積極的に進めているのか、そして私たちはどうやってサステナビリティに取り組むべきなのか、を皆さんと一緒に考えたいと思います。

1.自然の中に仕事や暮らしを戻す

野草に覆われたオールボー大学の研究棟と、その中にある小さな立て札(2023年7月、写真はいずれも筆者撮影)

写真は、私が在外研究で通っているデンマークのオールボー大学の研究棟。この写真を見て「あらあら手入れが行き届かず、雑草に覆われてしまって…」と思う方も多いだろう。

ふと見ると野草に埋れて小さな立て札がある。そこには「意志を持った野生(VILD MED VILJE)」とタイトルがあり、「庭師がサボっているわけではありません。ここは花、ハーブ、蝶、蜂の場所であり、光を入れるために年1、2回刈り取るだけです。VILD MED VILJEは、私たちの住んでいる場に自然の多様性をもたらしたいと願う運動です…(中略) 大学キャンパスサービスより」とある。

人為的なコントロールがない中での、自然界での共存共栄は、裏返せば自由競争の中での適材適所の生き残り競争でもある。だから何がどこに生え、どんな虫がやってくるかは誰にも分からない。

街中から郊外の大学まで自転車通勤で20分。10分も郊外へ走ると景色は一挙に変わり、馬や牛、羊が放たれた丘を、風向きによっては家畜のニオイを嗅ぎながらの通勤。自転車走行中に、バチッと石が頭に当たったことが過去に2回。ヘルメットを被っているのに…と不思議に思っていたら、その隙間から蜂に襲われたようで、2日後には顔まで腫れた。自然と暮らすとは美しい話ばかりではない…。

石灰の採掘跡地(Kridtgraven)の湖で泳ぐ大人達。奥には採掘跡の壁が見える(2023年8月)

そして、このオールボーには、セメント工業で栄えた名残りの採掘跡地があちこちにあるが、今は透明度の高い湖として再生し、夏には老若男女問わず飛び込む住民がいたり、サイクリングロード途中の野草や鳥の観察地となっているところも多い。原っぱや森、公園では、ランニングやウォーキング、サイクリングを楽しむ人々、水たまりで泥んこになって遊ぶ子どもとその側で微笑み佇む親など、自然そのものを普段から享受する生活シーンが多々見られる。

一方、日本では首都圏をはじめとして高層マンション化が進み、遠くに眺める美しい夜景はあれども、虫や鳥の声、裸足で馳ける子どもの姿を身近に感じることが減ってはいないだろうか。 

2.Regenerating Local(地域再生)のいくつかの試み

コロナ禍では、改めて自然の脅威とともに人間の力の限界を感じた方も多いだろう。現在、Regenerativeな農業の取り組みが注目されているが、アメリカ型の大規模農業のように農薬などで化学的にコントロールするのではなく、微生物の力を信じ、地形や気候、旧暦の月や潮の満ち欠けのタイミングに合わせた自然農法や有機農法もあれば、オランダではビニールハウスの中でハイドロポニックス(養液栽培)によるトマト栽培などの統合環境制御システムを構築した農業も進められている。

これらの取り組みがこれまでの農業と大きく違うのは、土壌や水質汚染などの環境負荷をいかに下げるかにある。農業には窒素やリン、カリウムの三大要素が必要であるが、これまでは野放図にこれらを使用してきた。農業の窒素や畜産における糞尿は硝酸性窒素となって地下水に流れ込み、水の富栄養化によって藻やアオコの異常繁殖を引き起こし、生態系を崩すという大きな問題になっている。

Nature Urbaineにてケールの空中栽培を説明するFlore氏

6月にオンラインマガジンのIdeas for goodのハーチ社が企画したBeyond Circularity2023のツアーに参加したが、「自然と暮らす」という都市農園の動きは、パリやアムステルダムでも積極的に進められていた。

例えばパリの15区の国際展示場の屋上にはNature Urbaineがある。なんと1万4000平方メートルと広大な屋上庭園であるが、市民への貸し農園から水耕栽培、空中栽培など実験的農法が実施されており、近隣のレストランなどに出荷しているという。このように「企業がサステナブル活動を精緻化、計量化していること」をサステナブル・エンジニアリング [^undefined]とここでは呼ぶ。

もちろん都市農園が野菜の供給量を大きく増やすことにはならないが、農業のイノベーションのみならず、都市住民へのレクリエーションや啓蒙的な役割がここにはある。

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アムステルダムで訪ねたRestaurant De Kasは、From Plant to Plate(朝採れ野菜を午後にはお皿の上に)をコンセプトにした温室(Green House)の中に併設されたレストランである。ランチとディナーの価格設定はあるが、メニューはその日の仕入れ次第という野菜料理が中心だ。

De Kasで出された前菜
光注ぐDe Kasの設え(Photo by IDEAS FOR GOOD)

もともとは公園横の植物園として100年近く前に始まった施設だったが、需要減少とともに2001年より農園併設のレストランに業種変更し、Farm to Table レストランとして世界の先駆けとなり、今なお大変な人気を博している。よくありがちな「レストランの横の畑で摘んできたハーブです」どころではなく、アムステルダムと20キロメートル先のビームスタにも温室と畑を持ち、ここで取り扱う300種類の野菜やハーブをすべて育てているという本当の農園兼レストランである。

3.ブリコラージュとエンジニアリング

パリの環境複合型施設La REcyclerieで、イベントのバナーがぶら下がったカフェの様子

Beyond Circularity2023のツアーの中でも私にとって印象的であったのは、Sinny&Ooko創業者のStéphaneさんらが運営するパリのLa REcyclerieだ。

La REcyclerieのカフェのある旧駅舎と線路脇の畑
La REcyclerieのアトリエの工具

日本でサードプレイスといえば「スタバ?」と思いがちであるが、ここは、旧駅舎をリノベーションし中古の家具を揃えてカフェを経営すると共に、会員には旧線路に沿った農園を開放し、また家電修理の場所と道具を提供する「サステナブルなサードプレイス」だ。屋上にも所狭しと各種プランターから養蜂箱が並べられている。
さらに、野菜の育て方やコンポスト堆肥の作り方、さらには家電修理の仕方まで、サステナビリティのワークショップを年間300回も開催しているという啓蒙的施設である。年間延べ20万人がここを訪ね、サステナビリティについて教え、学び、創造し、その輪を広げている。サーキュラーエコノミーの実現に向けて、創造的な思考や想像力を駆使して、既成の概念や枠組みにとらわれずに新しいものを生み出す力がここにはある。

このように「企業におけるサステナブル活動を推進するために、ありあわせの資源で創意工夫し、創造的に取り組むこと」をサステナブル ブリコラージュ [^undefined]と呼ぶ。

堆肥箱の前で語る創業者Stéphane氏(右)と、広報担当のMargot氏

なおフランスでは2024年1月1日より、コンポスト法が施行され、生ゴミをコンポストによって堆肥化することが義務付けられる。La REcyclerieの活動は、地域のサステナビリティやクリエイティビティにおいて市民活動の拠点となるものとして、フランス国内の自治体から引き合いが来ているという。Stéphaneさんはフランスの基礎自治体3万6000強のコミューンすべてに同様の施設を作りたいと鼻息を荒くしていた。

このように欧州における地域再生は、単に商店街の活性化やインバウンド観光によるツーリストの呼び込みというレベルではなく、「自然の力を借りた暮らしを、各地域で再発見し、自らエンゲージしていくこと」であり、人、土壌、微生物、廃棄物などあらゆる資源を再利用・再循環して、新しい生き方を生み出していこうという原動力になっている。そして、そこには環境制御型の養液栽培のように、サステナブル・エンジニアリングとしての科学的・計量的な緻密なプログラムもあれば、都市部でコンポスト利用の農業や養蜂を試みる新たな創造力としてのサステナブル・ブリコラージュといった動態的な活動もある。

翻って、皆さん自身の取り組みはどちらだろうか。「知恵を絞り、汗をかく」、まさに静と動が相まってサステナビリティがヨーロッパでは進んでいるのである。

追伸) 2023年10月17日の夜に、東京・大手町にある「3×3 Lab Future」で、ハーチ社によるBeyond Circularity2023の報告会があります。本稿では3カ所の訪問先を紹介しましたが、実際は約20カ所の豊富な事例を学びました。ご興味ある方はぜひご参加ください。

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