【アーヤ藍 コラム】第1回「国が沈む」とはどういうことなのか?

「好きになったら、守りたくなる」。
自然環境保護の活動をしている人たちから、折に触れて聞いてきた言葉です。問題ばかり説かれると、人は目を背け耳を塞ぎたくなる。まずは自然の中での遊びを楽しんでもらったり寛ぎの時間を持ってもらって、愛おしさを感じてもらう。そうしたら「失いたくない、守りたい」という想いは自ずと湧いてきて、問題へも目を向けようとするはずだ、と言います。

もう一つ、さまざまな社会的活動に携わる人たちから耳にしてきた言葉が「出会ってしまったから」です。
活動に従事し続ける理由を尋ねた時に返ってくる一言。問題や課題の渦中にいる人たちに「出会ってしまった」から、もう自分と無関係にはできないのだと言います。それは、出会った人たちが「友達」や「仲間」になっていくからであり、辛いことや悲しいことばかりではなく、楽しさや喜びも感じることが多いからなのではないかと思います。

この2つの言葉に共通するのは「自ら出会い、心が動くこと」。それが社会課題への関心をより深く長く”サステナブル”なものにする鍵なのではないかと感じます。このコラムでは、そんな「出会える機会」「心のひだに触れるもの」になるような映画や本などをご紹介していきたいと思っています。

さて、長かった夏もようやく過ぎ去り、一気に肌寒さを感じる季節になりました。でも“喉元過ぎれば熱さを忘れる”にならないように、今一度思い起こしていただきたいのです、夏の暑さを。今年も本当に暑かったですね。

近年、日本だけでなく世界的に史上最高気温が観測され続けています。ハワイのマウイ島をはじめ、山火事も世界各地で起きていたり、異常な豪雨による水害も「え?また!?」と思うほど頻発しています。気候変動の影響を肌で感じること、増えてきていますよね。

さまざまな気候変動の影響が科学的にも予測される中で、まだ体感しづらいものの、海に囲まれた島国である日本の私たちにとって、他人事ではないのが「海面上昇」です。

3年前の夏、私は太平洋に位置するマーシャル諸島共和国を訪れる機会がありました(ちなみに日本が約30年間統治していた国で、今もその時代から残るものや影響を受けたものが多く存在しています。その歴史的な背景が理由で訪れました)。

このまま海に溶けてしまいたいと思うほど透き通った美しい海。風にゆさゆさ揺れる優しくも堂々としたヤシの木。木の上からココナッツの実を採って果汁を飲ませてくれた子どもたち。夜の宴でウクレレとともに合唱を奏でてくれたご家族……。心の奥底に染み渡るような「ゆたかさ」をたくさん感じる場所でした。

木の上に登ってココヤシの実を落としている子と、果汁を飲めるように落ちた実を割ってくれている子
首都でも離島でも、とにかく人懐っこかった子どもたち

一方、この土地で人生で初めて「海面が上昇したら沈んでしまう」ことのリアルさを強く感じたことも忘れられません。首都マジュロを飛行機から眺めた時の映像をご覧いただくと、少しその感覚をお分かりいただけるのではないかと思います。

1200以上の小さい島々から成り、山がないマーシャルの平均海抜は2メートル。幅も狭いため内陸も逃げ場になりません。高潮で天気が悪い日などには、すでに海水が道路や住宅地まで入り込むこともあると聞きました。ただ、その当時、私の想像が及んだのは「沈むかもしれない」までです。

その「沈むかもしれない」とはどういうことなのかを突きつけられたのが、マーシャルからほど近いキリバス共和国のドキュメンタリー映画『キリバス 大統領の方舟』(原題:ANOTE’S ARK)です。キリバスも同じく平均海抜2メートルの島国です。

映画『キリバス 大統領の方舟』より

映画の中にはキリバスの人たちの日々の営みが映し出されています。海からその日に食べる分の魚や貝を獲る姿。茅ぶき屋根の下、涼みながら子どもをあやすお母さん。陽気な音楽と踊りと笑顔がこぼれる祭り。

素朴で穏やかで「平和」という言葉が似合う彼ら彼女たちの暮らしですが、居住地に海水が流れ込んだり、ボートで移動しなければならないほど島全体が冠水してしまうような事態も起きているのです。赤道に近いキリバスは、これまでサイクロンの影響を受けることがほぼなかったのに、近年は悩みの種になっています。住民たちは海岸線沿いに土のうを積み上げますが、それも大海原を前にしたらとても心許ないものです。

映画の中では語られていないですが、塩害によって海岸沿いの木々が倒れてしまい、海岸の侵食も進んでいたり、はたまた、地下水にも海水が混ざってしまい「世界で一番しょっぱい飲み水」を飲まないといけない状況にもなっていたりするそうです(このあたり詳しく知りたい方は、日本人からキリバス人に帰化したケンタロ・オノさんのインタビューなどをぜひ調べてみてください)。

海面上昇による影響がすでにさまざまな形で現れ始めているなか、キリバスはどうやって国を守るのでしょうか。巨大な防波堤を作る? 全土をかさ上げする?
残念ながらそこまでの資金もなければ、時間も残されていません。

アノテ・トン大統領(当時)は、キリバス国民たちが他の安全な国へ移住できるよう国際会議で働きかけていきます。深刻な現実を目の当たりにしているからこそ、「議論より行動が重要だ」と、とにかく具体的な対策を求めるアノテ・トン大統領。彼を見つめていると、いわゆる先進国側のトップたちがきれいな言葉ばかり並べて演説する姿に、虚しさと残酷さを覚えます。でも、私たちは“そちら側”の国民なのですが……。

隣国のニュージーランドは毎年75人のキリバス人の移住を受け入れていて、映画の中にも移住する一家族が映されています。ただ、家族分の航空券代を稼ぐために母親だけ先に移住するなど、家族が離れ離れにならざるを得ない状況もあったり、言語も産業も異なる新しい国でできる仕事の選択肢は限られていたり、頼れる親族や友人が周りにいない大変さもあります。「移住さえできれば安泰」ではなく、その後も続く彼らの人生の中に、おそらくキリバスに住み続けられたら直面しなくて済んだであろう、苦難を感じます。

彼らの「その後」とも言えるエピソードも アノテ・トン大統領の出演したTED TALK の中で語られています(7分50秒あたり)。ひどい干ばつが原因で1960年代にソロモン諸島に移住したキリバス人に会いに行ったところ、キリバスにはなかった嗜好品を楽しみ、現地の人と結婚して家族ができた人たちもいて、キリバス語をあまり話せなくもなっていたと言います。この先、キリバス人の移住が増えれば、キリバスが育んできた文化や歴史も喪われてしまうかもしれないことを、この話は象徴しています。

アノテ・トン大統領は映画の中で「世界もいずれ私達と同じ運命をたどる」とも話します。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第6次評価報告書によれば、2100年までに世界平均海面水位は0.28~1.01メートル上昇すると予測されています。この数字によって失われるものの多さを、映画を観た後にはきっと感じられるようになるはずです。

▼映画『キリバス 大統領の方舟』
2018年製作/キリバス共和国/作品時間77分
アジアンドキュメンタリーズで配信中
https://asiandocs.co.jp/contents/106

アーヤ 藍(あーや・あい)
1990年生。慶応義塾大学総合政策学部卒業。在学中、農業、討論型世論調査、アラブイスラーム圏の地域研究など、計5つのゼミに所属しながら学ぶ。在学中に訪れたシリアが帰国直後に内戦状態になったことをきっかけに、社会問題をテーマにした映画の配給宣伝を手がけるユナイテッドピープル会社に入社。約3年間、環境問題や人権問題など、社会的イシューをテーマとした映画の配給・宣伝に携わる。同社取締役副社長も務める。2018年より独立し、社会問題に関わる映画イベントの企画運営や記事執筆等で活動中。2020年より大丸有SDGs映画祭アンバサダーも務める。

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