林哲司の50周年トリビュートアルバム!中森明菜、上坂すみれ、中川翔子らが名曲をカバー  林哲司のキャリア初となるトリビュートアルバムがリリース!

林哲司のキャリア初となるトリビュートアルバムがリリース

1973年にシンガーソングライターとしてデビューしてから、今年で音楽家としてのキャリアが50年を迎える作曲家・林哲司。近年はシティポップの人気で80年代の林作品が俄かに注目を集めており、松原みきの「真夜中のドア〜Stay with me」が世界的なヒットになったことも記憶に新しいが、今年はメモリアルイヤーとあって、各社からキャリアを総括するコンピレーションCDが多数発売され、記念書籍の出版、コンサート、トークイベントなどメディアを横断してのさまざまな企画が注目を集めた。

11月5日には、その集大成ともいうべき『ザ・シティ・ポップ・クロニクル 林哲司の世界 in コンサート』が東京国際フォーラムホールAで開催され、林ゆかりのアーティスト達が集結する。

80年代に林作品でブレイクしたアーティストから、新進気鋭のミュージシャンまで華やかな顔ぶれが揃うが、それに呼応するかのような形で、林のキャリア史上初となる、トリビュートアルバムのリリースが決定した。

『50th Anniversary Special A Tribute of Hayashi Tetsuji-Saudade-』と題されたこのアルバムは、11月8日の発売だが、ひと足先に、本作のレビューをお届けしよう。

中森明菜、久々の歌声「北ウィング」をセルフカバー

まず、発売前から話題を呼んでいるのが、中森明菜の参加だ。現在療養中の明菜だが、今回、林哲司への感謝の気持ちを込めて、「北ウイング」のセルフカバーを「北ウイング-CLASSIC-」として発表した。佐藤えりかと熊谷ヤスマサによる、ジャズピアノと弦楽四重奏のクラシカルなアレンジで、原曲の飛翔感溢れるドラマチックなアレンジから一転、メロディーラインの美しさが際立つ静謐な音作りが施され、柔らかく聴き手に寄り添うボーカルは、シンガー中森明菜の現在地を教えてくれるようである。

オリジナルシンガーによるセルフカバーは、他にも原田知世の「天国にいちばん近い島(2017 version)」と、松本伊代の「信じかたを教えて(2022 New Vocal Version)」を収録。前者は原田が主演した同名の角川映画の主題歌で、林哲司に初のナンバーワンヒットをもたらした楽曲だが、ここでは2017年に発表したデビュー35周年記念アルバム『音楽と私』のバージョンを収録。原曲よりテンポをグッと落としピアノ1本で歌われており、原田の繊細なボーカルは当時と変わらぬ瑞々しさをキープしている。

一方後者は、2022年に配信オンリーで発表されたセルカバーで、個性的な声質で知られる松本伊代の、リリース当時よりも深みと説得力を増したボーカルが魅力的だ。

GOOD BYE APRILがカバーする「SUMMER SUSPICION」

また、新世代のアーティストによる名曲の新たな解釈も聴きどころ。杉山清貴とオメガトライブのデビュー曲「SUMMER SUSPICION」をカバーするのは、ネオ・ニューミュージックの旗手として2011年に登場し、21世紀型シティポップの現在形を提示しているGOOD BYE APRILに。ボーカル倉品翔の歌声が持つ80年代AOR的感性と、林の書くメロディーの相性の良さは抜群で、軽やかでハイセンスなアレンジも耳触りが良い。

こういった新解釈では、竹内まりや初期の秀作「September」も、BIOMANによるアレンジが、原曲のモータウン風味から一転、テン年代に登場したボールルーム・ミュージックに変貌しているのが面白い。ボーカルはAwesome City ClubのPORINのソロプロジェクト、Pii。

アニメ『美味しんぼ』の主題歌として書かれ、中村由真が歌った「Dang Dang 気になる」は、昭和歌謡マニアとしても知られる声優・上坂すみれがカバー。アレンジを手掛けたのは堀内孝雄の実子・堀内孝平。

また、シャンソンの分野で活躍し、2020年に林哲司のプロデュースでファーストアルバムを発表した松城ゆきのが、菊池桃子の「卒業」をカバー。アレンジャーの春川仁志が、フレンチポップスのエッセンスを加えたAORという解釈を施した。

稲垣潤一と小柳ゆきがデュエットで「悲しみがとまらない」をカバー

ベテランアーティストでは、稲垣潤一と小柳ゆきのデュエットによる「悲しみがとまらない」。2008年に発表された稲垣と女性アーティストのデュエットアルバム『男と女-TWO HEARTS TWO VOICES-』に収録されたもの。杏里が歌った原曲は林と角松敏生の共同アレンジによる、モータウン風のサウンドだが、こちらは滑らかな16ビートの上を軽やかに歌う男女のデュエットに変えられており、Bメロで小柳のボーカルに稲垣の追っかけコーラスが加わるのがデュエットならではの醍醐味。

上田正樹の名曲「悲しい色やね」は、こちらもベテランのソウルシンガー中西圭三がカバー。当初、林が英語詞向けに作ったメロディーに、康珍化が関西弁の歌詞を書いてきたところ、”演歌みたいで売れそうもない” と不安に思ったそうだが、小野田享子によるアレンジは、1番がピアノ1本、途中から吉田次郎のギターと中西のボーカルが絡み合い、原曲のソウル・マインドを活かしつつ、男の哀愁を滲ませた洗練のAORへと生まれ変わった。

異色の組み合わせでは、中川翔子とヒャダインによるユニット “中川翔子&ヒャダイントライブ” で、カバーしたのは杉山清貴&オメガトライブの「ガラスのPALM TREE」。しょこたんの父、中川勝彦の曲を林がプロデュースしたという縁もあり、ポップシンガーとして充実度を増しているしょこたんの、真摯な楽曲との向き合い方にも好感が持てる。

林メロディーの品格を見事に体現している「真夜中のドア」

林の名を一躍世界的に広めた「真夜中のドア〜Stay wite me〜」は、さかいゆうが2022年に発表したアルバム『CITY POP LOVER』のバージョンを収録。随所にソウル・フレーバーを感じさせつつ抑えめに歌うさかいのボーカルは、林メロディーの品格を見事に体現している。

そして、林の長年の盟友である杉山清貴は、かねてからカバーを熱望していたという林のソロボーカル作品「悲しみがいっぱい」を、オリジナル音源に乗せ歌っている。

オリジナルに忠実な作品から、新たな解釈で魅力的に聴かせるナンバーまで、どの曲を切り取っても、シンガーたちが林哲司の持つ中間色のグレイシーなメロディーを活かしつつ、丁寧に歌っているのが魅力的だ。メロディーの骨格がくっきりと像を結んでいるのが今回のアルバムの特徴で、それは林哲司の構築した音世界が、数十年の時を経ても古びることなく、今の楽曲として新鮮に響いていることを証明している。

また、このアルバムに参加しているアーティストの中には、東京国際フォーラムでのトリビュートライブに出演する者も。ライブに足を運ばれる方はもちろん、本盤を聴くことで、コンポーザー林哲司のエターナルな魅力を再発見できることは間違いないだろう。

▶︎ Information
「50th Anniversary Special A Tribute of Hayashi Tetsuji – Saudade –」https://store.vap.co.jp/syousai.asp?item=VPCC-86471

カタリベ: 馬飼野元宏

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