国土交通省はリニア中央新幹線にどう向き合ってきたのか? リニア開業後の静岡県への経済効果を推計・発表【コラム】

山梨リニア実験線(42.8キロ)はリニア中央新幹線の一部に活用される予定です(写真:鉄道チャンネル)

鉄道の世界には「総論賛成、各論反対」がしばしば発生します。新しい鉄道が完成すれば地域を訪れる人が増えて経済効果を期待できますが、自宅の間近に新線が通れば騒音や振動が発生、建設工事で立ち退きが必要になる場合も考えられ、時に政治的対立を呼んだりします。

その典型といえるのが「リニア中央新幹線」。東京(品川)―名古屋間最速40分、東京―大阪間同じく67分のスピードは首都、中部、関西の3都市圏を一体化して、人口6600万人規模の巨大都市圏を生み出す、近年で最大規模のプロジェクトといえるでしょう。

リニア中央新幹線と東海道新幹線の位置関係。2つの新幹線は名古屋でクロスする変形の8の字のように見えます。静岡県内には東海道新幹線駅がバランス良く並びます(資料:国土交通省)

ところが、沿線の静岡県は環境問題などを理由に工事着手を認めず、事業主体のJR東海は「予定していた2027年の名古屋開業は難しくなった」とします。本コラムは、JR東海と静岡県の間に立つ国(国土交通省)がリニア問題にどう向き合ってきたかを極力客観的に検証し、今後の展開を考えます。

リニア開業で東海道新幹線の停車回数を増やせる

本コラムのきっかけは、国交省が2023年10月20日に分析結果を発表した「リニア開業に伴う東海道新幹線利便性向上等のポテンシャル」です。「現在の東海道新幹線は、東京―名古屋―大阪の3大都市圏間の輸送需要に応えるので手いっぱい。静岡をはじめとする沿線都市に、十分な恩恵をもたらしていない」というのが国交省の調査の根拠です。

斉藤鉄夫国土交通大臣は2022年12月末の会見で、「リニア開業後の東海道新幹線の輸送余力を活用した利便性向上、地域にもたらす効果などについて2023年夏ごろに向けて分析を進めていく(以下、発言はいずれも大意)」と発言。

岸田文雄総理も2023年初、三重県伊勢市の伊勢神宮参拝後の年頭会見で、「2023年を、リニア品川―大阪間全線開業に向けて大きな一歩を踏み出す年にしたい」と述べています。当初予定より遅れましたが今回、分析結果が公表されました。

前提は、「リニアが大阪まで開業すれば、東海道新幹線の利用客が現在より3割程度減少する可能性が生まれ、静岡県内駅の停車回数を増加すれば、相応の経済効果がもたらされる」です。

リニア中央新幹線の開業による輸送量の変化のイメージ(資料:国土交通省)

10年間で1679億円の経済効果

分析結果の結論は、「静岡エリア全体では、10年間で1679億円の経済波及効果が期待できる」。静岡県内には熱海、三島、新富士、静岡、掛川、浜松の新幹線6駅があります。現行ダイヤでは1日停車本数(下り、新大阪方面)は33~53本ですが、リニアが開業すれば最大80本程度まで増やせます。

東海道新幹線が利用しやすくなることで、県外から静岡県内への来訪客数が年間67万人程度増え、観光などによる消費額が93億5000万円増えると試算。10年間では1358億円、県内効果を加えると1679億円になります。

国交省が今回の発表に一定の力を入れたことは、発表方法からもうかがえます。同省鉄道局は、一般的な記者レク(記者説明)でなく、大臣会見で斉藤大臣が発表しました。斉藤大臣は「今後、調査結果を沿線関係者にご説明することで、リニア中央新幹線の意義や効果について、一層のご理解を得たい」と述べました。

国交省は直接には言及しませんが、発表の言外に「こう着状態にある〝リニア静岡県問題〟解決のきっかけにしたい」の思いがあるのは確実です。

「お粗末で、あきれている」(川勝静岡県知事)

ここで気になるのは、国交省の発表に対する静岡県の受け止めです。川勝平太知事は2023年10月23日の会見で、国交省のポテンシャル分析に言及。「お粗末で、あきれている」と、かなり厳しい言葉で批判しました。

さらに、「なぜ調査に長時間を要したのか。そもそも民間鉄道事業者(JR東海)のダイヤは国が決めるものではない」と疑問を投げ掛けました。

しかし、川勝知事は調査を全面否定というわけでなく、「調査に感謝する」と一定の理解を示した上で、「今後、国交省から説明があるとのことなので、その際にいろいろと聞きたい」と続けました(発言は静岡県の公式YouTubeチャンネル「ふじのくにメディアチャンネル」から)。

26回にわたる有識者会議を開催

ここで、なぜリニア問題がこれほどこじれてしまったのかを考察します。最初にお断りすれば、本コラムは特定の考えを支持するものでなく、現状を極力客観的に分析するという意図は十分にご理解願いたいと思います。

JR東海と静岡県の考え方の違いが表面化したのは2017年です。大井川の水資源問題に関して、川勝知事が「JR東海にトンネル湧水の全量戻しを求めてきたが、誠意ある回答はない」と発言。生物多様性への影響や大量発生する残土への懸念も加わって、工事がストップしました。

国交省は2020年、両者の仲裁に入る形で有識者会議を提案。同年5月から直近の2023年9月まで、26回の「リニア中央新幹線静岡工区有識者会議」が開催されましたが、双方が納得する形での結論は得られていません。

マスコミ報道の範囲ですが、静岡県がリニア着工を認めないことをめぐり、周辺自治体との見解の相違も発生していると聞きます。〝リニア静岡問題〟が極力円満な形で決着することを願いつつ、本コラムを終えたいと思います。

記事:上里夏生

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