AI時代を生き抜くために必要な「人づくり・組織づくり」とは?『日本橋サステナブルサミット2023』レポート

一般社団法人日本橋室町エリアマネジメントとサステナブル・ブランド ジャパンは、9月28日、『第3回日本橋SUSTAINABLE SUMMIT2023』を東京・日本橋で開催した。テーマは、AI時代を生き抜く「人づくり・組織づくり」。経営者から、人事・CSR担当者、そして若手ビジネスパーソンまでが集まり、Myパーパス・ウェルビーイング経営・企業発の次世代教育の3つの議題で展開された。パネルディスカッションのほか、会場に集まった全員が参加できるワークショップの時間も設けられ、能動的な“人とのつながり”が巻き起こる会場はまさに、テーマである「人づくり・組織づくり」を体現したような盛り上がりとなった。(取材・構成=FM中西)

日本橋は江戸時代より、全国から人が集まり、新たなビジネスが生み出されてきた場所だ。現在も、単に地域と都市をつなぐだけでなく、人々がもたらす新しい知見や技術、ビジョンといった人的資本を循環させ、地域同士の交流や異業種間での共創を促す「日本のハブ」の役割を担っている。
そんな日本橋で、日本橋室町エリアマネジメントは、昨年までは「日本橋サステナブルWeek」を開催し、今年は「日本橋サステナブルプロジェクト」と題して、持続可能なまちづくりと情報発信を行ってきた。

黒田氏

開幕のあいさつに立った主催の日本橋室町エリアマネジメントの黒田誠事務局長は「イノベーション、人の知恵や熱意、仲間たちの思いによって生み出された各社の事例を共有することで、今回のテーマである“人づくり・組織づくり”にアプローチしていきたい」と話し、イベントは幕を開けた。

Myパーパスセッション~「自分」と「働く」の重なりが、成長の加速につながる~
にんべん 代表取締役社長:髙津伊兵衛氏

髙津氏

最初のセッションテーマは「My パーパス」。これは一人ひとりの志を意味し、企業が社員に自分のパーパスを見つけるよう促す動きが、昨今の組織変革において注目されている。
このテーマを受けて登壇したのが、1699年創業のかつお節専門店「にんべん」の13代目当主・髙津伊兵衛氏。老舗ののれんを守りつつ、「日本橋だし場」の出店など数々のチャレンジをしてきた髙津氏が、時代を超えて顧客から信頼され続けるために重視した「人づくり・組織づくり」について語った。

「時代の変化を見極めて、どの時代でも挑戦を繰り返す。その中で変わり続けたからこそ、今のにんべんがある」という髙津氏は、1996年の入社以降、さまざまな取り組みを行ってきた。時には店前の交通量調査や新商品のサンプル配布を自ら行い、カツオ漁の漁船に乗ることもあったという。また2008年には飲食事業「一汁旬菜」で現場指揮も担当した。

「どの経験でも、人々とのつながりを通して事業の構想や次の挑戦へのヒントを得ることが多かった。正解のない世の中だからこそ、その積み重ねの先にMy パーパスが見つかるのではないか」と髙津氏は熱を込めた。

Myパーパスセッション~My パーパスづくり~
THINK AND DIALOGUE 代表取締役:富岡洋平氏

富岡氏

続いては、2023年2月のサステナブル・ブランド国際会議で92.9%の満足度を記録した組織変革のプロ・富岡洋平氏を迎え、参加者によるワークショップが行われた。

富岡氏は、世界で起こる戦争や飢餓、経済情勢の悪化などの不安解決には、人とのつながりと対話が必要不可欠であるとし、予測不能な未来への答えは「My パーパス」を通じて知る事ができると語った。

まず、自分にとっての上半期を振り返って漢字一文字で表現するというテーマのもと、参加者たちによるディスカッションが行われた。会場では育児と仕事に忙しかったことから「忙」を選ぶ人、新しい挑戦に踏み出したことから「挑」を1文字にした人などさまざま。初めは静かだった会場は1分も経たないうちに参加者たちの声であふれた。

続いて富岡氏は「My パーパス」について、「自身が喜びを感じる瞬間を問うWANT、解決したい社会課題を問うMUST、そのために活かせる保有能力を問うCANの3つを自問自答することで見つけることができる」と紹介。これを受けて、各自の「WANT」を明らかにしていくワークショップが行われた。

参加者は、自身のこれまでを振り返り、なぜその感情が動いたのか、なぜうれしかったのか等の問いを通し、自分の行動や思考、価値観から原体験を探った。まさに富岡氏が冒頭で語った“対話とつながり”を通し、おのおのが「My パーパス」を見つけるきっかけを得る時間となった。

午前の部を終えると、参加者と登壇者を交えたランチ交流会の時間へ。ランチには、にんべんの弁当『だしわっぱ飯』が振舞われ、ワークショップで盛り上がった会場の熱気そのままに、各テーブルが意見交換や雑談に花を咲かせた。

基調講演「人を育てるコミュニケーション」
Deportare Partners 代表:為末大氏

為末氏

基調講演に立ったのは、元陸上日本代表選手の為末大氏。現在はスポーツ・教育事業などを行っており、講演では選手や指導者としての経験を基に、サステナブルへの見解やイノベーションを起こすために必要なことについて解説した。

まずは「日本橋サステナブルサミット2023」というイベント名にちなみ、サステナブルな社会を作るためには「誰にとってのサステナブルを実現するか」という問いを必ず立てるべきだと話した。主体によって価値観や時間軸が異なり、施策が独善的になりがちなのを危惧するからだ。

その上で、「未来は予測できない」という大前提に立つことが重要だと本題に切り込んだ。外的環境は常に変化するからで、そうした中でイノベーションを起こすには、無理に最適解を求めるのではなく、日常の中に余白をつくり、その中で遊び続けるしかないと断言。遊びとは無意味にただ楽しくてやるもので、そのように意図せずに行われるものからイノベーションは起こりやすいからだ。

しかし、今の日本では、無駄なことや失敗することに対する脅迫観念から、遊ぶ機会が失われつつあると嘆く。特に仕事の中で遊びを促すにはどうすればいいか。為末氏は「部下の挑戦へのハードルをなるべく低くし、失敗しても責めず、そこから何を学んだか、今後どうするのかを、自ら学ぶ機会を与えてやることだ」と独自の処方箋を披露。それをチーム内でシェアすることでコミュニケーションが活性化する効能もあると説明した。

ウェルビーイング経営セッション
ウェルビーイング経営のノウハウと勘所を掴む~知っておくべきステークホルダー別の実践例~
カゴメ 健康事業部 課長:湯地高廣氏
エール 代表取締役:櫻井将氏
三井不動産 法人営業統括一部 統括:上柿愛夕氏
ファシリテーター:新生インパクト投資 代表取締役:高塚清佳氏

2つ目のセッションテーマは「ウェルビーイング経営」。ウェルビーイング経営とは、自社の利益のみならず、社員・顧客・地域それぞれの幸福度(ウェルビーイング)を重視する経営手法のこと。先進的な取り組みで知られるカゴメ、エール、三井不動産のウェルビーイング経営の事例をパネルディスカッション形式で紹介した。

高塚氏
湯地氏

ファシリテーターを務めた新生インパクト投資の高塚清佳氏は、今回のセッションについて「人材の流動性、価値観の多様性、生産性、創造性が重視される現代では、組織と個人が一体となってウェルビーイングを高めることで、人材獲得や定着などの効果を生み、企業価値向上につなげられる」と語った。

カゴメの湯地高廣氏は、従業員一人一人の健康が、健康サービスを展開する同社の事業に説得力を持たせることになると語り、受動喫煙の防止対策や食生活改善アプリ「ベジチェック」といった社内の取り組み事例を紹介。自社に落とし込む施策のポイントとして「日々の生活に取り込めること」「誰かに話したくなる、共有したい欲を刺激すること」の2点が重要であると述べた。

上柿氏
櫻井氏

三井不動産の上柿愛夕氏は、新しい価値を創造し続けるための原動力は“人財”であると考え、従業員一人一人に向き合うことを大事にしてきた。同社は自社開発アプリ「&well」を活用した生活習慣の改善や、ウォーキングイベントを通したコミュニケーション活性化、また社外に向けた健康経営イベントも紹介。社内外への施策により、日本橋という街全体のウェルビーイング向上に今後も取り組んでいくという。

オンライン1on1サービスを提供するエールの櫻井将氏によれば、自分の話をすることがウェルビーイング経営につながるという。対話を通し幸福度のスコアが向上したアンケート結果を紹介した後、社外人材による1on1サービス「YeLL」を通し、従業員に内発的動機を促すことができると説明した。

企業発の次世代教育セッション
CSR・インナーブランディングとしての次世代教育
~子供・社員・まちの三方良しを実現~
企業が次世代教育に本気で取り組むべき理由とは
ライフイズテック 取締役 CEAIO(最高教育AI責任者):讃井康智氏
前さいたま市教育長 うらわ美術館館長:細田眞由美氏

3つ目のセッションテーマは「企業発の次世代教育」。次世代教育はこれまで早期採用活動の促進として実施されることが多かったが、社員のエンゲージメント向上、地域共生など新たな可能性が生まれてきている。

讃井氏
細田氏

まずは、教育系スタートアップ・ライフイズテックの讃井康智氏と、今年6月まで6年間さいたま市教育長を務め、複数の機関で教鞭をとる細田眞由美氏によるトークが行われた。

讃井氏は「変化する社会情勢に相反し、教育現場に変化がないことから、このギャップをいかに埋めるかという視点を持つことが、今後の企業・教育機関ともに求められる姿勢である」と持論を展開。

細田氏は、さいたま市教育長として取り組んだ、地域、企業、学校の3者が参加するプログラム「さいたまエンジン」の事例を紹介した。中学2年生を対象に課外活動を通して学生たちが主体的に学ぶというもので、子どもたちは授業の中で自ら発信することで自信をつけ、企業は夢中になる子どもたちを見て自社の存在意義を実感、教員は実際の経済や企業の現場を理解することができたという。

企業発の次世代教育セッション
~子供・社員・まちの三方良しを実現~ 子供・社員・まちの三方良しを実現した日本橋の事例
三井住友信託銀行 日本橋営業部財務相談室兼プライベートバンキング室 調査役:平岡祥一氏
中外製薬 総務部 社会貢献グループ:辰巳皓哉氏
コネル プロデューサー/エディター/ライター:丑田美奈子氏
ライフイズテック 取締役 CEAIO(最高教育AI責任者):讃井康智氏
前さいたま市教育長 うらわ美術館館長:細田眞由美氏
ファシリテーター:日本橋室町エリアマネジメント 兼 三井不動産 日本橋街づくり推進部 主任:小芝俊輔

続いては子供・社員・まちの三方良しを実現した日本橋の事例を紹介するパネルディスカッションが行われた。ファシリテーターの小芝俊輔を中心に、子ども視点、企業視点、まち視点の3つの視点から「企業発の次世代教育」を考えるセッションである。

日本橋室町エリアマネジメントでは、日本橋エリアの持続可能な発展のため地域の企業・商店との連携・共創を重視する活動として日本橋キッズサマーキャンプを開催している。「〜日本橋が“こどもたちの未来”にできること〜」というサブタイトルのもと実施されたワークショップについて、当日の写真を基に事例が紹介された。

小芝氏
平岡氏

三井住友信託銀行は、中・高校生向けに金融知識を分かりやすく教える「ミライ研」の事例を紹介。2022年の高校家庭科学習指導要領の改訂で新たに「金融」のカリキュラムが加えられたのに伴い、中高生を対象にした金融教育教材・授業を無償で提供。これは「信託の力で、新たな価値を創造し、お客さまや社会の豊かな未来を花開かせる」という同社のパーパスに基づいている。

辰巳氏
丑田氏

中外製薬では、次世代に科学や医薬への興味・関心を高めてもらうため、バイオ実験教室の開催、中高生の会社訪問受け入れ、Webサイトを通じた情報発信などを進めている。対象は小学生から大学生までと幅広く、実験から就職相談まで内容もバラエティ豊かである。

ブランドデザインやアート制作を行うコネルは、AI画像生成ツールを使った「Hello! Future」の事例を紹介。20年後の夢を叶えた自分からメッセージが届くというユニークな仕掛けだ。また、子どもたちと理想のおやつの時間を作るプロジェクト「オノマトペのおやつたち」の中から、子どもたちと一緒に開発した商品「遊べるおやつ くうねるあそぶ」を紹介する動画を会場に流すと、子どもたちのほのぼのとした姿に会場は温かい雰囲気に包まれた。

クロージングセッション
新生インパクト投資 代表取締役:高塚清佳氏
ライフイズテック 取締役 CEAIO(最高教育AI責任者):讃井康智氏
日本橋室町エリアマネジメント 事務局長:黒田誠
博展 執行役員 CSuO:鈴木紳介

左から、鈴木、高塚氏、讃井氏、黒田

本イベントの最後には、共催したサステナブル・ブランド ジャパンを運営する博展の執行役員CSuO、鈴木紳介を中心に、これまでのセッションを振り返った。

まずは今回のテーマである「人づくり・組織づくり」について、主催した日本橋室町エリアマネジメントの黒田事務局長は、日本橋という場所が人との交流によってイノベーションを生み出した歴史があることを踏まえ、「どのように新しいものを生み出し、そのためにどんな仲間が必要なのかを考えるためにテーマに据えた」と語った。

ウェルビーイング経営のセッションを担当した高塚氏は、企業が施策を取り入れるポイントは“動機付け”と“習慣化”だと語った。また一口にウェルビーイングと言ってもその範囲は広いため、「コミュニケーション創出など具体的な施策まで落とし込むことが重要」と強調した。

企業発の次世代教育セッションを担当した讃井氏は、効果の高い教育の例として「実社会の社会問題をテーマにした創作活動」を挙げた。また子どもたちを幼い存在と考えるのではなく、真剣に向き合うことの価値を説いた。

全てのステージセッション終了後には、会場後方のスペースで参加者と登壇者が集う交流会が行われた。対話に熱中する姿がいくつも見受けられ、新しいつながりがあちこちで生まれていた。AI時代を生き抜く人づくり・組織づくりの風は、間違いなくここ日本橋で巻き起こっていると実感した。

《日本橋サステナブルサミット2023概要》
タイトル:日本橋SUSTAINABLE SUMMIT2023
日程:2023年9月28日(木)10:00〜19:00
会場:室町三井ホール&カンファレンス
主催:一般社団法人日本橋室町エリアマネジメント
共催:サステナブル・ブランド ジャパン(博展)
後援:株式会社月刊総務
企画:アティーク

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