デジタル技術と持続可能性への思いが形づくる、酪農経営の新しい姿

この数年、日本の酪農業は苦境に立たされている。新型コロナウイルス感染症の拡大による牛乳の需要減少によって、2021年末および2022年末に生乳の大量廃棄が懸念される事態が起きた。また、輸入飼料の価格や燃料費・光熱費の上昇が経営を圧迫している。日本の酪農家の85%が赤字経営となり、酪農家の6割が離農を検討しているという調査結果もある。

この課題に対して、国や業界もさまざまな対応をとってきたが、「酪農家が経営を理解し、生産性の向上を目指すことが重要」と語るのが、ファームノートホールディングスの代表取締役、小林晋也氏だ。

ファームノート https://farmnote.jp

酪農業の抱える課題を、テクノロジーによって解決する

小林氏は、2004年にITベンチャー企業を立ち上げたが、その事業を通じて酪農家と話をする中で、乳牛を一頭ずつ管理することの苦労を知ったという。

「酪農家は朝から晩まで乳牛に目を配り、搾乳し、牛を管理するためたくさんの紙の書類を用いていました。また、繁殖のタイミングなども経験則に頼っている部分が大きかった。これらをクラウドシステムで管理し、データを蓄積することで、生産効率を向上させ、酪農家の経営を改善できると考えました」

こうした課題解決を目指して、2013年にはファームノートを立ち上げ、2014年には酪農・肉牛農家向けスマートフォンアプリ「Farmnote Cloud」をリリースした。さらに、牛向けウェアラブルデバイス「Farmnote Color」を発表。牛の首にセンサーデバイスを装着することで24時間牛の活動を見守り、体調変化や発情・分娩の兆候を検知できるようになるだけでなく、人工知能によって個体差を学習・解析し、牛舎にいなくても牛の管理ができるこの仕組みは、酪農家の生産性向上・時間の有効活用に寄与するものとなった。

「牛1頭当たりの生産性を上げるということは、飼養に必要な水・エネルギーの削減はもちろん、牛のストレスを減らすことにもつながり、相対的にGHGも削減できます。さまざまなデータを一元管理し、注意が必要な牛を自動的にリスト化することで、酪農家の働きやすさの向上も実現できます」

自社牧場で模索する、持続可能な酪農のあり方

ファームノートグループでは、2019年に「ファームノートデーリィプラットフォーム」を設立。北海道中標津町に牧場を設け、自社開発のシステムを導入した酪農DXによって、高収益性と持続可能性を両立する仕組みづくりに取り組んでいる。

「自分たちで牧場を経営することで、技術やノウハウをより実践的なものにできます。例えば、私たちの牧場ではマネージャーを置かず、日々のミーティングで牛のデータを確認した上で作業分担を行います。誰かが休んでも他のメンバーがカバーしますし、新卒のメンバーでも迷うことなく現場に入っていけるなど、一般企業と同じような働きやすさが実現できています」

また、牛舎では日射や温度に合わせて稼働するカーテンや換気扇を設置したり、搾乳ロボットを導入することで1日に120頭の搾乳を可能とするなど、自動化・機械化も進んでいる。飼養にあたって人の介在が少ないことは、牛に与えるストレスを減らすことにもつながるという。実際、牛舎内の牛が穏やかに寝そべったり餌を食んだりしている様子が印象的だった。

社会課題解決に貢献するリーダーを世の中に増やしたい

酪農の生産性向上には、牛の遺伝的な特徴を見極め、生産性の高い牛を増やすことも重要だ。そこでファームノートでは遺伝子検査を行い、検査結果をわかりやすく表示して次のアクションにつなげるサービス「Farmnote Gene」や、凍結受精卵を全国に流通させるジェネティクスサービスも提供している。このように多岐にわたるサービスすべての根幹には、酪農家に対して「見える化」のツールを提供し、意志決定をサポートしようという思いがある。

さらに、酪農分野におけるGHG排出削減を目指したソリューション開発も始まっている。例えば、1頭ごとの GHGを測定するセンサー、酪農では日本ではじめてのクレジット制度登録となるスラリー処理でのJクレジットなどだ。2023年8月には明治ホールディングスと資本業務提携を締結。両社の持つ知見や牛個体のデータを取得する技術を活用して、酪農家のGHG削減を両社で支え、持続可能な酪農産業への貢献を目指している。

ファームノートグループが掲げるビジョンは「『生きる」を、つなぐ。』= Be connected」だ。「酪農はひとつの切り口。技術革新を通じて課題解決を行い、サステナビリティに貢献できるリーダーを増やしていきたい」と小林氏は語る。牛以外の畜産や畑作への進出、グローバル展開も視野に入れるとともに、関わる人々がお互いに学び合うことで、人・動物・自然の持続可能な豊かさを実現する生態系の創出に向けて、これからも挑戦は続く。

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