中国で逮捕された邦人の救出に全力を尽くせ|矢板明夫 数カ月もすると、拘束される人は精神状態がおかしくなり、外に出て太陽の光を浴びるため、すべてのでっち上げられた罪を自白する人もいる。中国当局のやり方が深刻な人権侵害であることは言うまでもない。

「スパイ行為」を行ったとして今年3月に北京で中国当局に拘束された日本の大手製薬会社の50代の男性幹部が今月中旬、正式に逮捕された。これから起訴され、非公開の裁判が行われるとみられるが、有罪判決が下される可能性が極めて高い。

この幹部は北京に20年以上駐在した経験があり、中国の貧しい地域に定期的に薬品を寄付するなど、思いやりのある人物だ。筆者の大切な友人でもある。北京空港で中国当局に連行されて以来、筆者はその安否を気にかけていた。拘束から刑事事件に発展するまで半年を要したことは、この間、厳しい取り調べを受けたに違いない。過去に同じような事件を取材した経験からすれば、この幹部はすでに中国当局から言われた罪状を認めた可能性がある。

日光の当たらない地下室で監禁

中国の法律では、正式な逮捕前の勾留は「居住監視」と呼ばれ、通常は招待所と呼ばれる施設の地下室に監禁される。窓はなく、寝室のドアは外され、居間は複数の警察官によって24時間監視され、電気は消すこともできない。 何より辛いのは、日光が当たらないことだ。数カ月もすると、拘束される人は精神状態がおかしくなり、外に出て太陽の光を浴びるため、すべてのでっち上げられた罪を自白する人もいる。中国当局のやり方が深刻な人権侵害であることは言うまでもない。

この幹部はどんな罪を犯したのか。中国側は今のところ、全く明らかにしていない。今月初め、「国家機密漏洩」の容疑で中国政府に3年間拘束された中国系オーストラリア人女性ジャーナリストの成蕾(チェン・レイ)氏が釈放された。成氏は豪メディアのインタビューで、公表解禁時刻の指定を受けて提供された情報を、解禁の数分前に第三者と共有したことが拘束の理由だったと説明した。

解禁情報が事前に流出することはメディア業界では時折起こる。ルール違反をしたとして抗議を受けることがあっても、犯罪ではない。3年間も投獄されるというのは、間違いなく過剰反応である。成氏の逮捕は、豪政府がコロナウイルスの情報統制問題で中国を批判した時期と重なり、豪州に対する政治的報復の一環だと一般には考えられている。今回、成氏が釈放されたのは、11月に控える豪首相の訪中と関係があるといわれる。

日本人の拘束者なお5人

近年、中国がスパイなどの容疑で外国人を拘束するケースは急増している。報道されただけで、米国人、カナダ人、スウェーデン人などがいる。ここ数年、政治的理由で拘束された日本人は17人を数えた。そのうち少なくとも5人は中国に拘束されたままだ。

日本政府はこれら邦人を救出するために、各国政府と連携を強化しながら、中国当局に抗議し、粘り強く交渉すべきだ。(2023.10.23国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)

矢板明夫

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