SB国際会議2023サンディエゴ:自然の価値をどう経営に統合させるか

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サステナブル・ブランド国際会議2023サンディエゴでは、「Regenerating Local(リジェネラティブな社会経済の実現はローカルから)」をテーマに多様な企業・個人が意見を交わした。ここでは“生物多様性と経営”について掘り下げた2つのセッションを紹介する。(翻訳・編集=小松はるか)

自然の価値を事業に統合することはリスクではなく機会

ネイチャーポジティブな経済への移行を本気で目指そうとするなら、企業の法務、人事、財務、環境部門などあらゆる人を巻き込んで連携していくことが必要だ。

初日に行われた「自然をビジネスに統合するには」と題したワークショップには、AIを活用した情報収集や計画設計によりネイチャーポジティブを実現する経営を支援するコンテクスト・ネイチャー(Context Nature)エフィ・バナイナル・デラクルーズCEO兼共同創業者が登壇した。同氏はデューデリジェンス、サプライチェーンガバナンスの部門で25年間働いたのちに会社を創業。2時間にわたる刺激的なセッションは報告書やコンプライアンスについてのみならず、自然の価値を取締役会が評価するよう働きかける方法についても、新たな考えやアイデアを得られる機会になった。デラクルーズ氏と共に登壇したのは、同社の共同創業者シルヴィア・バケル氏、アース・ロー・センター(Earth Law Center)の弁護士プージャー・シャルマ氏だ。

そもそも、この数十年間の議論はCO2排出量についての話題がほとんどだった。一方、環境課題や社会的不平等は重視されてこなかった。プラネタリーバウンダリーの9項目のうち6項目はすでに限界値を超えている。世界経済フォーラムのグローバルリスク報告書でも、生物多様性の損失や生態系の崩壊が重大なリスクとして認識されている。

「リスクは増大しており、自然は企業の長期的存続に直接的な影響をおよぼしています」

参加者らはうなずき、ある人は「自然への責任を真っ当に果たそうとしたら、利益を上げられるトップ企業は一社もないでしょう」と話した。ほかには「自然に価格を付けるという考え方は多くの人にとって新しい考えです。しかし、世界のGDPの半分は自然に依存しています。企業が、木材がないから製品を作ることはもう難しいだろうと気づく場面を想像すると恐ろしいです」という声もあった。

規制の強化、報告フレームワークの増加、サプライチェーンの混乱により、リスクは増大している。企業はますます自然への依存度や、自然との関係をどう管理していくのかを説明するよう求められている。しかし、デラクルーズ氏は自然の価値を評価することを「機会」と捉えるよう提案する。「組織の経済的な繁栄は生態系の健全性をどう管理するかによって決まるのです」。

バケル氏はそれを実践する企業の事例を挙げた。例えば、ネスレが導入したコーヒー農家向けの気候変動に対応する保険、パタゴニアやマースなどが支援する森林再生事業だ。

しかし、デラクルーズ氏は、自然を正確に評価するとなると、膨大な数の法律や報告書のフレームワークに従うことは言うまでもないが、まずもって積極的に取り組む方法を見つけることが難しいと考えているようだ。自然の経済的価値を評価するというのは、持続可能なビジネスの実践を促進することであり、人権を守り、透明性を高めることだという。デラクルーズ氏は、「いますぐに負の影響を減らすということです。しかし、害を減らすというのは近視眼的なことです」と話し、「私たちに必要なのは、システムズ・アプローチをとることと、環境・社会的影響の相関性について説明責任を果たすことです」と続けた。

具体的には、最も重要なことを適切に評価し、人々にスキルアップの機会を与えて適正な生活環境を提供すること、先住民の持っている自然管理に関する知恵を認めて公平な参加を保証することだという。

デラクルーズ氏は「企業は自然との関係性を理解することが本当に必要です。それは、企業の自然への依存度や自然への影響を評価する、リスク管理システムを確立するということです。報告書の作成を通して現状や成果をたどるのではなく、それ以前に影響を修復・緩和する方法を見つけることでもあります。多くの人は、影響を報告する必要があるから、報告書のために情報を集めようとします。しかし、求められているのは、まずその他のすべてのことを理解することです」と話す。

Earth Law Centerの弁護士シャルマ氏は、ステークホルダーをよく知り、ステークホルダーにとって重要なことを見極め、コンプライアンスを相関性のあるリスク・機会のシステムとして捉え直すために、企業がどうすれば単なる取引関係を超えた関係を築けるかを掘り下げ、ワークショップを締め括った。

「コーポレートガバナンス(企業統治)に関して言えば、ほとんどのシステムがあまりに曖昧で実効がありません」。そう語るシャルマ氏に参加者は同意する様子で、なかには「報告書は、投資家によるグッドガバナンスの代用となっている」と非難する人もいた。

シャルマ氏は、企業が企業に対して双方の行動と信頼関係に基づく関係的契約を発展させるよう提案する。「企業は契約を通じて関係を結びます。契約の多くは単なる取引であり、恐怖に基づくものです。しかし、相関的な契約は、特定の望ましい結果や紛争解決のための明確なプロセスを備え、支援になりうるのです」

自然を評価することは実に複雑な作業だ。しかし、単にコンプライアンスに焦点を当てるよりも、自社と自然との関係性を理解することによって、企業は長期的なレジリエンスと成功を実現するチャンスを見出すことができる。

生物多様性に関する目標達成に取り組むためのヒントとコツ

Al Iannuzzi, Jane Ewing, Jamie Horst and Sarah Douglis

多くの企業はCO2排出量のことで頭がいっぱいで、それ以外の自然への影響を評価するに至っていない。すでにネイチャーポジティブな経営を行うと公言している企業は、自然を保護、回復、再生させながら、さらなる自然破壊や生物多様性の損失を回避しようと取り組んでいる。

SB国際会議3日目に開かれたセッション「ネイチャーポジティブ宣言と、サステナビリティ目標における生物多様性への注目の高まり」では、ソルタイド・コンサルティングの戦略アドバイザー兼創設者であるサラ・ダグリス氏の進行で、エスティローダーのサステナビリティ部門のバイス・プレジデント(VP)であるアル・イアヌッツィ氏、トラディショナル・メディシナルズのチーフ・パーパス・オフィサーであるジェイミー・ホースト氏、そしてウォルマートでサステナビリティ部門のシニア・バイス・プレジデント(SVP)を務めるジェーン・ユーイング氏が、生物多様性対策に取り組んで得られた教訓について議論した。

規模や産業に関わらず、生物多様性に実際に取り組む企業・ブランドが最初に行うべきことはサプライチェーンの調査だ。サプライヤーのアセスメント、傾向のモニタリング、WWFのツール「生物多様性リスクフィルター」などの一連のツールやフレームワークを活用して、優先すべき重要課題を特定するマテリアリティ視点を持つことで、企業は水や在来の動植物、収穫、地域社会への影響について見通しを立てることが可能になる。

さまざまなサプライヤーを抱える小売大手ウォルマートでは、サステナビリティ認証を持つサプライヤーを調べ、トレーサビリティを向上させ、時に問題を解決するために地域に入り込むなどしてリスク低減に努めている。

ウォルマートのユーイング氏は、「みなさんの調達先のなかから非常にぜい弱な地域をいくつか選び、環境・社会的課題を全体的に見てみてください。もしそうした地域に入ったのなら、去る時には入った時よりも地域を良くしていきましょう」と呼びかけた。

往々にして、こうした仕事は一人でできるものではない。数の力があり、協力や連携が重要になる。競合他社や政府、NGO、地域コミュニティと手を携えて取り組むことで、企業のサステナビリティ目標に生物多様性を加え、さらに前進させるまでの過程を短縮することができるのだ。

化粧品大手エスティローダーは、世界中から数千の商品を調達する複雑なサプライチェーンを有している。また、変化を起こすのに必要なサプライヤーデータを得るために、企業・ブランドや組織と連携するメリットもある。

「連携すること、サプライチェーンに影響をもたらすことの力は非常に大きいものです。私たちは結束することで大きな変化を生み出せるのです」とイアヌッツィ氏は言う。

サプライチェーンに問題が見つかれば、できるだけ速やかにその企業などと取引を停止しようとするかもしれない。しかし、それはその企業などで生計を立てている地域社会に負の影響をもたらす可能性がある。代わりに、ステークホルダーエンゲージメントに力を入れ、サプライヤーとの問題を可能な限り解決し、最初から相手に期待を持ってみよう。

Bコープの食品メーカー米トラディショナル・メディシナルズの場合、最初の発注を行う前に数年から数十年にわたる関係を育むことが同社のけん引力となっているという。「組織間の信頼感と透明性が高ければ高いほど、データの完全性とサプライチェーンにより大きな自信を持つことができます。あなたがどのようにパートナーにアプローチしているか深く考えてみてください」とホースト氏はいう。

生物多様性に取り組むことは多くの企業にとって新しい領域であり、今では地球のためだけでなく企業や企業が事業を行う地域社会のためにも最低限求められることだ。自社が地球や社会にもたらす影響を評価し、ツールを活用し、協力することで、生物多様性の損失を回復に向かわせ、リジェネレーションに向かって進むことができるのだ。

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