西鉄のAI活用型オンデマンドバス「のるーと」が長野塩尻など全国へ!導入事例に見る魅力と強みとは?

西日本鉄道と三菱商事が共同で出資する「ネクスト・モビリティ株式会社」が全国で導入を推進しているAI活用型オンデマンドバス「のるーと」。サービスを展開する全国20カ所のなかでもいち早く導入を決め、運行エリア を次々と拡大しているのが長野県塩尻市だ。

「のるーと」導入の決め手は何だったのか。地域や自治体と伴走しながらサービスを展開する「のるーと」の強みに迫る。

AI活用型オンデマンドバス「のるーと」とは?

長野県塩尻市を走る「のるーと」

「のるーと」とは、西鉄が展開するAI活用型オンデマンドバス。スマートフォンアプリを活用した新しい乗合公共交通サービスで、出発地と目的地を設定すれば、人工知能(AI)が導き出した効率的なルートで、便利に効率よく目的地まで移動することができる。

ポイントは、決まった経路や時刻表はなく予約制のバスであること。路線バスとタクシーの「良いとこ取り」のサービスだ。

事業を担うのは、西日本鉄道と三菱商事が共同で出資する「ネクスト・モビリティ株式会社」。全国の地域・交通事業者を対象に、「のるーと」の導入や運営ノウハウの共有などを進めている。

「のるーと」のこれまでの広がりと現在

2019年4月の福岡市・アイランドシティを皮切りに、これまで「のるーと」は全国20カ所でサービスを展開 。これに加え、さらに全国で11件が運行準備を進めている (2023年11月時点)。

なかでも、他県に先駆けて導入を決めたのが、長野県塩尻市だった。2021年10月から実証実験をスタートし、次々と運行エリアを拡大している。塩尻市はなぜ「のるーと」に決めたのか?

長野県塩尻市に行き、塩尻市役所 建設事業部 都市計画課の主任を務める日野南さん、同部署の犬丸央都さん、塩尻市を担当するネクスト・モビリティ株式会社 運行担当マネージャーの松村啓史さんに話を聞いた。

長野県塩尻市の「のるーと」導入事例

■長野県塩尻市ってどんなまち?

塩尻市は、長野県のほぼ中央に位置する。信州まつもと空港から車で約25分の場所にあり、太平洋側と日本海側の交通が交差する要衝である。

地理的には北アルプスや中央アルプスの山並みに囲まれ、水と緑に恵まれた田園地帯だ。地元産のぶどうからつくるワインは、世界的に有名な特産品。また、奈良井宿のまち並みや木曽漆器などの遺産を数多く有し、古き良き歴史と伝統にも触れることができる。

一方、製造業が基幹産業で、最先端の技術や人財、拠点など集積し、ITやものづくりに強いまちとしても知られている。こうした産業的な背景は、「のるーと」導入にも大きく影響するポイントだ。

■長野・塩尻市が抱えていた地域課題

「ネクスト・モビリティ」と長野県塩尻市。協業が生まれたきっかけは何だったのか。

(日野さん)
背景にあったのは、多様化する移動ニーズに対応するために2020年に始動した「塩尻MaaSプロジェクト」でした。2020年度の経産省「地域新MaaS創出推進事業」の公募の段階で、民間企業とコンソーシアムを形成していくなかで紹介されたのが「ネクスト・モビリティ」だったんです。

塩尻市の人口は約66,000人。東西約18キロメートル、南北約38キロメートル、面積約290平方キロメートルの地域を有する塩尻市。居住地区が点在する市内の公共交通と言えば鉄道と市が運行する地域振興バス「すてっぷくん」だが、住民の移動手段は、今も昔も自家用車がメインとなっている。

塩尻駅前に停車する地域振興バス

そうしたなか、市民の足となっていた地域振興バスの利用者は、ピーク時の2008年の約16.9万人から約9.7万人にまで減少。利用者減による運行委託料の増加に加え、ドライバー不足と高齢化という深刻な問題を抱えていた。

(日野さん)
普通二種免許で運行可能な「のるーと」なら、運転士不足の問題を解決できると考えました。また、予約制のオンデマンドバスであれば、地域の拠点間を効率的かつ柔軟につなぐことができ、利便性の向上も期待できます。

■「のるーと」導入と運行エリアの拡大

塩尻市は、中心市街地で2020年11月1日から30日まで実証運行を実施。さらには2021年10月1日から2022年3月31日までの6カ月間をかけて追加の実証運行を行った。後者の期間中は、既存の地域振興バスとオンデマンドバスを並走させ、利用者の乗車比較や利用実績、評価をもとに本格導入に向けた検証を進めた。

2021年10月1日~2022年3月31日の実証実験時の乗降拠点MAP

実証実験の結果、6カ月間の総乗客数は8,883人。1日当たりの平均乗客数は50.2人で、KPI(重要業績評価指標)であった40人を大きく上回り、「のるーと」の導入が決定。2022年4月1日から本格運用がスタートした。

市内中心部のミーティングポイントに停車中の「のるーと」

さらに、2022年10月1日から2023年3月31日までは、本格運行しているエリアを塩尻東エリアまで拡大して実証運行を開始。総乗客数は13,632人、1日当たりの平均は約80人となり、昨年の実績を大きく上回ったのだ。

(日野さん)
地域振興バスは高齢者の利用が目立ったのですが、「のるーと」導入後は生産年齢人口の利用率が大きく伸び、通勤や通学、子どもの通塾や送迎など、新たな需要を取り込むことができました。
塩尻市内には住民の居住地区が点在しているので、その地区の1人が利用すればまた別の人も「使ってみよう」となる。そうしてクチコミで評判が広がり、利用者が一気に拡大したと考えられます。

長野・塩尻で「のるーと」導入が成功した理由は?

■住民との対話・コミュニケーション

こうして順調に「のるーと」の利用が広がった塩尻市。その理由として、全国の地方都市のなかでもいち早くITやデジタルなどの先端産業を推進してきたことが挙げられる。その上で、導入にあたって要となったのは「ユーザーファースト」の考え方だった。

(日野さん)
私たちがいくら「のるーと」を推進しても、利用する住民のみなさんの理解が得られなければ、サービスは普及できません。そこで、私たちが最も力を入れたのは広報活動につながるマーケティングの領域でした。

塩尻市は、広報誌での情報掲載やSNS発信、折りこみチラシ、地区回覧はもちろん、全戸配布によるPRも実施。その一方で、あくまで対面の「住民説明会」を活動の軸としたのが大きかった。

2021年9月27日から11月16日まで、実に24回の説明会を実施。延べ151名が参加した。続く2022年には、9月26日から11月15日までの間で合計26回実施し、延べ245名の住民が地域の新しい交通について的確な情報を得ることとなった。

「のるーと」はLINEからも予約できる

さらに、意見や疑問など利用者の声を聞く「意見交換会」も開催。アプリの登録や操作方法の説明にも細やかに対応するなど、アナログな広報活動で「のるーと」の魅力を伝えていったのだ。

(日野さん)
利用者のみなさんにどのように知ってもらい、理解してもらえばいいのか。最初はどうすればいいのかわかりませんでしたが、「のるーと」の交通事業者でもあるネクスト・モビリティさんにアドバイスをいただきながらフォローしてもらえたのが大きかったと感じています。

特に松村さんは、西鉄バスの営業所での経験やノウハウもお持ちです。交通事業者の視点で相談に乗ってもらえるので多方面の利害関係にも配慮してくださいますし、提案にも説得力があるんです。

(松村さん)
私個人としてはバス路線担当者の経験があり、ネクスト・モビリティとしては福岡・アイランドシティでの導入事例を引き合いに出すことができる。その分、現場の声をリアルに捉えられますし、いろんな立場の状況が理解できるんです。まさしくそこが、西鉄ならではの強みですね。

■ミーティングポイントの的確な設置

塩尻駅東口のミーティングポイント

「のるーと」運行にあたり、大切な要素のひとつが、バスが停車する「ミーティングポイント」の設置だ。設置場所の決め方は導入案件によって異なるが、一般的には学校や公園などランドマークの近くや大通り沿いなどが多く、その他に自治会などの地域との調整によって決められることも多い。

塩尻市では建設事業部 都市計画課 計画係の犬丸央都さんが、地図情報などのデータをもとに、ミーティングポイントの適切な設置場所を検証している。

(犬丸さん)
わかりやすい場所にミーティングポイントを置いたとしても、そこが実際に利用しやすい場所だとは限りません。居住区から離れていたり、効率的なルートにならなかったり、他にもさまざまな要素を検討する必要があります。

私たちが利用しているシステムを使えば、なぜそこにミーティングポイントを設置するのか、客観的なデータをもとに視覚化してユーザーに伝えることができます。

(日野さん)
この「目に見える」というのは本当に重要です。情報技術に詳しくない方でも直感的に理解できるので、説明会でもすぐに利用者の方々に納得してもらえるんですよ。

各地区のユーザーとの接点となる「住民説明会」と、最先端の情報技術を駆使したルートの検証。塩尻市で急速に「のるーと」の利用が広がった背景には、アナログとデジタルを掛け合わせた戦略的なアプローチが見えてきた。

「のるーと」の強み 地域に寄り添う伴走型

詳細な利用分析や住民説明会などのフォローアップのほか、塩尻市でのプロジェクト全体のデザインを先導したネクスト・モビリティ。地域交通を支える西鉄の経験に裏打ちされた地域伴走型のサポートこそが、「のるーと」のいちばんの強みだ。

(犬丸さん)
交通事業者ならではの経験とノウハウがある点は、同業他社のなかでも唯一無二。福岡や九州の公共交通という視点を、ここ塩尻市でも活かしていただけて、私たちは学ぶことばかりです。

(日野さん)
特に、他の企業だとできないなと思うのは、ドライバーとのコミュニケーションの取り方です。松村さんは現場に同行してくださるとき、いつも積極的にドライバーと対話されています。こうした交流が信頼関係につながるのだと勉強になっています。

(松村さん)
これまでの自動車事業本部での経験が大いに役立っていると思います。福岡や北九州の営業所で長く仕事をしていたので、現場の動きを把握したり運転士の方々とのコミュニケーションを取ったりするのには慣れています。こうした経験やノウハウが得られたのは、西鉄が交通事業者だからこそ。それがネクスト・モビリティの強みにもつながります。

(日野さん)
他にも、西鉄さんという大手企業のバックボーンがありながら、起業家精神が根付いたスタートアップ気質。そのスピード感や柔軟性にもいつも助けられています。

(松村さん)
そんなふうに言っていただけるとは思っていなかったので、すごくうれしく思います。実はネクスト・モビリティに所属して社外や九州外に飛び出してみると、西鉄では当たり前だった知識やノウハウが、けっこう特別なものだったと気づかされることがあります。

運行ルート設定に際した検証や運賃設定、運行管理やシフト編成など、他にもたくさんの交通事業者の知識やノウハウが活きる場所が、社会にはたくさんある。その実感が持てたことは、少なからず自信につながりました。

(日野さん)
「のるーと」の運行はAIの力を借りていますが、実際はシステムやロジックにあてはめられない「人間的な要素」もたくさんあるんですよね。そうした部分をカバーできるのが、交通事業者としての地道な取り組みだったり、他者への共感力だったりするんだと思います。

「のるーと」の今後の展開予定と課題

今年10月1日からは、これまで本格運行している中心市街地エリア及び塩尻東エリアに加え、市内北部にあたる「広丘・吉田エリア」までエリアを拡大して実証運行がスタート。これまでの実証運行と同様に、既存の地域振興バスとのサービス代替の是非を問うためのものだ。

乗降拠点設置個所数は118カ所増え、全エリアで312カ所に。対象人口約2.3万人の「広丘・吉田エリア」にまで運行エリアが広がれば、塩尻市の人口の実に8割を「のるーと」がカバーしたことになる。

さらに2024年度には、市内東部を走る片丘エリアで実証運行を開始する予定。同年度まで実証実験を重ね、実証前10路線あった地域振興バスのうち6路線を「のるーと」に転換する計画だ。

その一方で、解決すべき課題もある。ルート生成の精度の向上や適正な料金体系の構築、登録済の未利用者へのアプローチなどが挙げられる。

(松村さん)
システムによって効率的なルートを提示していますが、時と場合によって現場のドライバーや利用者の視点では非効率と感じられるケースも見受けられます。システムロジックやAI学習による精度向上ももちろん重要ですが、そこにプロのドライバーによる判断を介在させていくことが、さらにレベルの高いシステムを構築するヒントになるのではないかと考えているところです。

また、エリアの拡大によって出てくる議論のひとつに、いかにして適正な料金を設定するかがあります。塩尻市の場合は、以前は乗車料金を一律としていましたが、2023年4月1日から移動距離が7km以下の場合は大人1人200円、7kmを越える場合は400円という基準を設けました。こうした運賃体系の見直しについても、西鉄での経験が大いに役立ちました。

人財や知識の共有・協業でともに成長できる

そして今、塩尻市とネクスト・モビリティの間に、新たな連携が生まれている。

現在、塩尻市の「のるーと」の電話オペレーション業務は、塩尻市振興公社が主導する人財育成・サポート事業「KADO」のスタッフ数名が担っている。

優秀な人財が集まる「KADO」のポテンシャルを見込んだネクスト・モビリティは、他地区のオペレーション業務も「KADO」に依頼することに。全国4カ所での問い合わせの電話は、塩尻市の「KADO」につながるのだ。

KADOのスタッフが運営する「のるーと」のオペレーションセンター

今後「のるーと」の導入案件が拡大していけば、「KADO」が担うオペレーション業務はもっと忙しくなるに違いない。

また、両者の間での知識やノウハウの共有も普段から積極的に行われていると言う。ある時は、地図データ分析と検証という専門知識を持った塩尻市の犬丸さんを講師とした勉強会で、ネクスト・モビリティにない知見を共有してもらう機会に恵まれた。

(松村さん)
「伴走型」という表現をよく使いますが、本当は「伴走している」というより「いっしょに学ばせてもらっている」という感覚です。塩尻市さんの取り組みが先進事例となって、私たちのサービスがより良いものに磨かれるきっかけにもなっている。そうしてお互いにステップアップできるのは、本当にありがたいことだと感じています。

大変なことはもちろんありますが、前向きな改善を続けながら都市が進化していく姿を目の当たりにできる。その結果、利用者のみなさんに便利に使ってもらえるようになれば、すべてが報われて達成感に包まれます。

(日野さん)
そう言っていただけると私たちもうれしく思います。ITやデジタルなどの先端産業を推進してきた塩尻市のこれまでの蓄積が、今ようやく形となり、日常生活のレベルで社会実装されているのだと実感しています。

(犬丸さん)
さらに、これまでのエリア拡大で、住民の方々の「のるーと」への期待値が上がっているのも肌で感じています(笑)。これからも頼れるパートナーとして、私たちと伴走を続けてください!

日野 南さん

塩尻市役所
建設事業部 都市計画課 計画係 主任
東京都立川市、長野県大町市の2自治体で地域創生に従事した後、塩尻市の先進的な取り組みに魅かれて塩尻市役所へ。「のるーと」に関する事業の主担当。

犬丸 央都さん

塩尻市役所
建設事業部 都市計画課 計画係 事務員
名古屋出身。大学在学中は地理学やまちづくりについて学び、就職活動中に塩尻市の魅力を知り、2023年4月に入庁。「のるーと」担当。

松村 啓史さん

ネクスト・モビリティ株式会社
運行担当マネージャー
2012年、西日本鉄道株式会社に入社。自動車事業本部の営業課に所属し、福岡市や北九州市の路線バスを担当した後に未来モビリティ部へ異動。2019年3月からネクスト・モビリティ株式会社に参画。

© 西日本鉄道株式会社