「進撃の超新星」女子プロレスラーのエチカ・ミヤビが性別適合手術を決意するまで。

昨年9月、新興プロレス団体「PPPTOKYO」から、「進撃の超新星」のキャッチコピーを持つエチカ・ミヤビが女子プロレスラーとしてデビューした。期待の新人として注目されていたエチカだが、デビューから1年が過ぎた今年11月、所属団体主催の試合イベント『BaysideParty2023-希望の轍』にて、2024年1月から性別適合手術を受けるため、休養に入ることを発表。

“トランスジェンダーの女子プロレスラー”として、この1年プロレスの自由な世界を発信し続けたエチカ。彼女のこれまでの道のり、手術を控える今のリアルな心境、そして復帰後の夢について伺った。

ーー女の子になれないのなら、男の子として生きていかなくちゃいけない。

就学前から「スカートを履きたい。なんでズボンを履かなきゃいけないんだろう」という思いは抱いていましたが、小学校入学を機に自身が“男の子”じゃなきゃいけないことを理解し始めて、ナヨナヨしたりオカマっぽかったりすることでイジメられないために、身を潜めるように引っ込み思案になっていきました。

スポーツに関心が向き始めたのは、小学校高学年のとき。友人に誘われて始めたソフトボールが楽しかったし、男の子も女の子も関係なく、スポーツをしているとクラスで人気者になれたから(笑)。その流れで中学、高校と野球部に入部したんですけど、非効率な練習方法や軍隊みたいな空気感がすごく嫌で、高校1年生の冬に辞めてしまいました。男らしいスポーツをしたら男の子に目が向くことも、女の子になりたいという願望も無くなっていくんじゃないかって思っていたんですよ。

だから、その後も町道場へ入門して柔道を始めたんですけど…男の子っぽいスポーツをしたからといって、男らしくなることはほぼありませんでした。もちろん人によって違うと思うけど、野球をしようが、柔道をしようが、私は私だった。ただ、スポーツの楽しさをもう一度気づかせてくれたのは柔道かもしれません。

トランスジェンダーであることを自覚し始めたのも、その頃です。ただ、当時はイカつい雰囲気だったので、可愛くなりたいけど、その変化を目の当たりにした親はどんな反応を示すのか気になってしまい、行動に移すことはできませんでした。当時は女の子になれないなら、男の子として生きていかなきゃいけないって思っていたんです。

ーー「女の子になって何がしたいの?」。その答えとなった女子プロレスラーという道

転機となったのは大学進学後、留学で訪れたオーストラリアで様々な人や文化に触れたことでした。私にとって幸せってなんだろう。そう考えたとき、大学を卒業して、女性と結婚して、子供を授かって…というようなものではないと思ったんです。家族は喜ぶだろうけど、私は幸せじゃない。だったら、女の子になることを選んでもいいんじゃないかって。その矢先に世界がコロナ禍に入り帰国を余儀なくされた訳ですが、思いもよらず与えられた多くの時間を自分と向き合うことに費やした結果、女性になる決意が固まっていきました。

それから、池袋にあるガールズバー「マッスルガールズ」で働き始めて出会ったのが、女子プロレスラーのちゃんよたさん。彼女に「プロレスやらない?」と誘われたことが、女子プロレスとの出会いでした。
物は試し。そんな気持ちで試合を観に行ったのですが、衝撃を受けました。テレビで観るのとは訳が違くて「人をこんなにも熱狂させられるものがあるんだ!」と感動したんですよ。

同時に、地元の友達から言われた「女の子になって何がしたいの?」という言葉が頭を過りました。その時は、女の子になりたいというところまでしか考えていなかったけど、改めてどんなふうに生きていこうか考えていたタイミングだったこともあって、これかもしれない。そう思い、プロレスの道を歩み始めました。
デビューしてから1年経った今、たくさんの喜びを感じています。有名選手と同じステージに立つ高揚感もその一つですが、魂を込めて女子プロレスと向き合うことを続けていると、それがお客さんにも伝わって時折メッセージをもらえることがあるんです。

「初めて観て、超感動してファンになりました!」と伝えてもらったときは、私はこのためにプロレスをやってるんだなって感じます。厄介なプロレスファンもいるけど、純粋な気持ちで私を応援してくれるファンの声を聞くと、全ての悩みがどうでもよくなるほど嬉しい気持ちでいっぱいになる。この気持ちは永遠に忘れないようにしたいです。

ーー希望を与えられる女子プロレスラーになる。大きな夢を抱いて踏み出す、新たな一歩。

私が在籍しているプロレス団体「PPPTOKYO」では性別適合手術を受けることを前提として活動していたので、急な話ではなく何度も相談を重ねた結果、来年1月に手術を受けることが決まったという経緯があります。
既に睾丸摘出手術および女性ホルモン治療を行っているので見た目は女の子ですが、まだ一部分が残っている罪悪感、違和感…どちらとも形容し難い気持ちを抱いたまま、歳を重ねることには耐えられなくて。

小さい頃からずっと嫌だと思っていた身体の部分を手術で摘出できるのであれば、いち早く摘出して少しでも自分が望む姿で長く生きたいんです。もちろん、女の子になったとしても、正解の人生が約束されるわけではないので、正直不安もあります。ただ、やっとここまで来れたんだという楽しみな気持ちの方が大きいんです。

手術後は約2ヶ月間の休養を経て、来年秋頃を目処に復帰を目指しています。復帰後の目標は、まず一勝。デビューしてから一度も勝利を飾れず悔しい思いをしているので、一生懸命頑張りたいです。
それからはメジャーな団体のリングに上がったり、名だたる選手と対戦したりもしたい。一勝を超えた先にある、大きな夢をどんどん追いかけていきます。

女子プロレスラーとして活動を始めたときから、性別適合手術を終えた後の姿をずっと想像してました。自分で考えて行動すれば、可能性は無限大。自分の意思でリングに立つ私の姿から、一生懸命努力すれば思い描いた未来は必ず掴めるということを、同じような性の悩みを抱えている人を含めてたくさんの人に希望を与えられる存在になりたいです。

ーー自身の性のあり方、これまでの苦悩、そしてこれからの希望をまっすぐに伝えてくれるエチカの姿は、トランスジェンダーを含む、性のあり方に悩んだり、自分の生きていく未来を描けずに苦しんだりしている人たちに大きな力を与えてくれる。彼女は、ただの女子プロレスラーではない。
多くの希望を背負い、あらゆる選択肢を自らが広げていく、開拓者だ。そんなエチカの休養前最後の試合が2024年1月9日に行われる。彼女の夢を掴む決意と勇姿を、この目に焼き付けたい。

エチカ・ミヤビ
2001年神奈川県生まれ。新興プロレス団体「PPPTOKYO」に所属する女子プロレスラー。キャッチコピーは「進撃の超新星」、トランスジェンダー女性であることをオープンにして、プロレス界に新たな風を吹かせる。
X@ECHIKA_MIYABI

取材・文・写真/Kotetsu Nakazato
編集/芳賀たかし
記事制作/newTOKYO

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