中島みゆき「はじめまして」サウンド面の試行錯誤が続く “御乱心の時代” に突入!  “御乱心の時代” に突入した中島みゆきのアルバムを徹底解説!

音楽面で試行錯誤が続いた80年代の中島みゆき

1980年代前半の中島みゆきは、81年冬に発売したシングル「悪女」がオリコンチャート1位を獲得し、82年発売のアルバム『寒水魚』が年間売上1位を記録するなど、人気が頂点に達していた。「ひとり上手」以降の軽快でポップなシングル曲が功を奏し、ファン層が拡大したのだ。翌83年には、名曲「ファイト」を収録した『予感』を発売。ロック系の楽曲も増え、より音が華やかで多彩になってゆく。

この路線が大きく弾けたのが、翌84年発売のアルバム『はじめまして』である。デジタル加工された音が鳴り響くロックな曲が主流となり、アコースティックな曲は影を潜める。そしてこの作品から、音楽面での試行錯誤が続く “御乱心の時代” に突入するのだ。

この表現を使い出したのは本人かファンか定かではない。しかし、失恋ソングをしんみり歌う従来路線を脱して新たなみゆき像を模索するプロセスが、80年代の作品からは確かに伝わってくる。その幕開けを告げる『はじめまして』も、サウンド面の変化はもちろん、歌い放つ歌唱、新世界へ旅立つようなジャケット写真、そして、みゆきさんらしからぬ “ぶっ飛んだ” 歌詞から、御乱心ぶりがよくわかる。

ーーということで、『はじめまして』収録曲の歌詞に着目し、御乱心の一端を紹介したい。

アイロニーの域を超えた ”幸せ2部作”

まず、A面1曲目と2曲目の ”幸せ2部作” から始めたい。

和やかなピアノのイントロで始まる「僕は青い鳥」のモチーフは、もちろんメーテルリンクの名作『青い鳥』。自分の中の幸せに気づかずに幸せを探し求めるアイロニーが、みゆき節では「♪幸せを追いかけて狩人に変わる」と鋭さが加わる。みゆきさん自身が自分探しを宣言しているようで興味深い。

一転してハードなロックンロールの「幸福論」では、”他人の笑顔が悔しい” というドロドロした感情が赤裸々に歌われる。幸福と不幸はプラスマイナスの関係にあり、「♪誰が泣いて暮せば僕は笑うだろう」と、人の笑顔を見るのが嬉しい良い子の価値観を一刀両断。もはやアイロニーの域を超えている。みゆきさんの突き放すような歌い方も聴きどころだ。当時の私はこの曲を聴き、みゆきさんの心境を案じた記憶がある。

3曲目の「ひとり」は、同年発売のシングルの別バージョン。「♪もう恨みごとなら言うのを止めましょう」と始まるこの曲は、さんざん恨みごとを歌ってきた過去の自分との決別宣言にも聴こえる。曲の終わりでは「♪心配なんかしないで 幸せになって」と昔の彼を気遣っているが、「幸福論」を聴いた後では、ドロドロした本音を隠しているように感じてしまう。

4曲目の「生まれた時から」は、みゆきさん定番の「酔いどれソング」。あたしが見る彼は常に酔っ払っているが、昔の彼女の前では素面だったという切なすぎる歌だ。「♪あの娘の魅力のおこぼれで夢を見た」という歌詞からは、どんなに頑張っても追いつけない無力を歌ったシングル「あの娘」との符号を感じる。

A面最後の「彼女によろしく」は、このアルバムでは珍しいアコースティックな曲。「♪明日が見えなくてよかったわ だからあなた信じられたもの」と、失恋を前向きにとらえる努力を、暗に風刺している。サビで繰り返される「♪God bless you 彼女によろしく」からは、恨み節が感じられて恐い。

核戦争を暗示する「僕たちの将来」の恐さ

続いてB面へ。1曲目の「不良」は、ドラムとエレキギターが鳴り響くスローなロックンロール。歌詞は難解だが、「♪抱きしめているのにさ 腕の中の他人」というフレーズは心に残る。不良を演じるような投げやりな歌唱も聴きどころだ。

2曲目の「シニカル・ムーン」は、これもみゆきさん定番の「月」が題材。「♪好きだと言えば不安になる 言われていなきゃ不安になる」と、素直な感情を失ったカップルを風刺している。サビの「♪スィニカルムゥゥゥーンム」と聴こえる歌唱、2番まで歌い終えた途端に曲調が一変するアレンジも素晴らしい。

3曲目「春までなんぼ」は、みゆきさんの投げやりな歌い方が圧巻。真面目に生きても一向に報われない女性の絶望と諦めが、エフェクトが効いたギターの調べに乗せて歌われる。歌詞に乗り移ったような御乱心した歌唱を聴くと、心が締め付けられる。

一転して穏やかなイントロで始まる4曲目の「僕たちの将来」は衝撃作。歌われるのは、24時間レストランで話すカップル。テレビで流れる戦争より切れないステーキに腹を立てる男性は、井上陽水「傘がない」のモチーフと同じだ。男性は、彼女と過ごす今しか興味がない。だから「♪僕たちの将来は良くなっていく筈だね」と楽観している。しかし曲の最後で「♪僕たちの将来は良くなっていくだろうか?」と疑問符を投げかけた後、不気味な男の声で謎のカウントダウンが始まる。これは核戦争の暗示としか思えない。歌詞カードにも「僕たちの将来は めくるめく閃光(ひかり)のなか」と書かれていて恐い。

マイナスの感情が、一筋の希望で上書きされて元気が出る「はじめまして」

アルバムのラストを飾るのが、タイトルにもなった「はじめまして」である。思えばみゆきさんは、アルバムのラストにメッセージ性が強い曲を置くことが多い。『予感』の「ファイト」然り、『寒水魚』の「歌姫」然り、『親愛なるものへ』の「断崖 -親愛なる者へ-」然りである。いくら御乱心しても、このフォーマットだけは外さなかったようだ。

実際に曲を聴けば、これまでさんざん歌われてきた絶望、諦め、恨み、切なさ、やるせなさといったマイナスの感情が、一筋の希望で上書きされて元気が出る。特に、何度も繰り返されるサビの歌詞「♪はじめまして 明日」は、心に刺さる。みゆきさん自身が御乱心しながらも正気を保ち、明日に希望を見出すように歌っているからだ。

『はじめまして』からスタートしたみゆきさんの「御乱心の時代」は、瀬尾一三氏との共同プロデュースが始まる88年発売の『グッバイ ガール』で終わりを告げる。しかし私は、みゆきさんがロックやデジタルな音と格闘した80年代の作品が大好きだ。それは、どんなにサウンドや歌詞で冒険しても、暗くて重い現実から救いを見出す「みゆき節」が根底にあるからに他ならない。

絶望の中にも一筋の光は必ずある。過去に何があっても、明日は誰にもわからない。『はじめまして』を収録順に通しで聴けば、それが心に染みてくる。

<参考文献>
・ アーティストファイル 中島みゆき オフィシャル・データブック[2020年改訂版]/ ヤマハミュージックエンタテイメントホールディングス(2020年)

カタリベ: 松林建

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