日本製鉄のUSスチール買収攻防劇に漂う「一抹の不安」

日本製鉄のUSスチールは「高値づかみ」となるのか?(Photo By Reuters)

日本製鉄<5401>による米USスチールの買収で、米鉄鋼大手のクリーブランド・クリフスとの激しい入札競争が繰り広げられたことが、米証券取引委員会への委任状提出書類で浮き彫りになった。日鉄は買収の最終局面の24時間で買収価格を大幅に引き上げたことも明らかになり、日本企業が陥りがちな「高値づかみ」のパターンになる懸念もある。

競り合いで買収価格はライバルの2倍に

提出書類によると、2023年12月15日にD社がUSスチールの全発行済み株式を1株当たり27ドル(約3986円)の現金とD社株式で取得するという拘束力のない提案を提出した。取得価額は約70億ドル(約1兆300億円)。このD社こそが、クリーブランド・クリフスだったのだ。

日鉄はこれを受けて同日に提案した現金同48ドル(約7086円)の買収価格を、それから24時間も経たないうちに同55ドル(約8120円)へと15%も引き上げている。日鉄の取得価額は約140億ドル(約2兆668億円)と、クリーブランド・クリフスが提示した金額の2倍に膨れ上がった。

こうした競争相手との入札合戦で熱くなり、「高値づかみ」をするのは日本企業の弱点と言える。その最たるものは2006年の東芝による米ウエスチングハウス(WH)買収だろう。WH買収を巡っては三菱重工業や日立―米ゼネラル・エレクトリック連合も参入して価格が跳ね上がり、当時の同社の企業価値が18億ドル(当時のレートで約2000億円)だったにもかかわらず、東芝は54億ドル(同約6000億円)で落札した。

結局「高値づかみ」だったのに加えて、WHのEPC(エンジニアリング・調達・建設)事業を独占的に請け負っていた米ショー・グループ(現シカゴ・ブリッジ・アンド・アイアン=CB&I)から買収した原発建設子会社CB&Iストーン・アンド・ウェブスター(S&W)の粉飾決算で、2016年12月に7125億円もの「のれん」損失が発生。東芝の屋台骨を揺るがし、2023年12月には上場廃止に追い込まれた。

日本企業によるクロスボーダーM&Aの失敗は枚挙にいとまがない。日本郵政が約6200億円で買収した豪トール・ホールディングスは4003億円、キリンホールディングスが約1988億円で買収したブラジルのビール会社スキンカリオールは約1100億円、楽天が取得金額非公開で買収した動画・音楽のストリーミングサービスを手掛ける米Vikiは214億3400万円と、それぞれ多額の「のれん減損」を計上することになった。


「高値づかみ回避」だけでは世界再編に乗り遅れる

こうしたクロスボーダーM&Aの失敗で対比されるのがニデック<6594>。日本電産時代から「適切な価格で買収する」をモットーに、「高値づかみ」を避けてきた。しかし、同社最大の買収は米エマソン・エレクトリックの産業モーター事業を取得した約1200億円と、日鉄や東芝といった巨大製造業とはスケール感が異なる。

超大型買収となると、ターゲットの社数も限られてくる。少ない売り手に多数の買い手が群がる構造だ。「割高だから手を出さない」では、永遠にM&Aができないことになる。事実、巨額の「のれん」損失を出したターゲット企業のM&Aでは、激しい争奪戦が繰り広げられたケースが多い。

こうした巨大企業のクロスボーダーM&Aでは、あらゆる事態を想定した「逃げ道」を用意するのが最善の危機管理になる。東芝の巨額損失では、その原因を作ったショーグループが2013年1月にWH株を東芝に売却、2015年10月には粉飾決算をやらかしたS&WもWHに売却。巨額損失が発生する前年に逃げ切った。

実はUSスチールも「逃げ道」を用意している。提出書類によると、日鉄が対米外国投資委員会(CFIUS)から買収承認を得る責任を持ち、承認されなかった場合はUSスチールに賠償金を支払うことを約束しているという。もし規制当局によって買収が中止になっても「タダでは起きない」仕掛けを施しているのだ。

こうした外国企業の強(したた)かな戦略構想と交渉術こそ、日本企業がクロスボーダーM&Aで成果を挙げるために必要な資質だと言えるだろう。

文:M&A Online

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