【読書亡羊】安全保障はSFの世界に近づきつつある  長島純『新・宇宙戦争』(PHP新書) その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!

大国が鎬を削る宇宙空間

「月面着陸」

そんな文字が新聞一面に踊ったのはつい先日、1月21日のこと。JAXAが打ち上げた探査機が、月面に降り立つことに成功したという。その後、月から送られて来た画像によると探査機は「逆立ち」の状態になりながらも、確かに月面に到着していたようだ。

その画像を見ると、とても月から送信されたものとは思えないほど鮮明で、往時のアポロ11号による人類初の月面着陸時のモノクロ映像とは雲泥の差と言っていい。

アポロ11号の時代は米ソ冷戦期で、「どちらが先に宇宙へ出るか、月へ人間を送り届けるか」、国家の威信をかけて争っていた時代だ。では現在はどうなのか。

宇宙を巡る大国間の競争は激化しており、アメリカは宇宙を「陸海空に続く第四の戦闘領域」と定義している。しかも宇宙空間での鍔迫り合いは、サイバー空間という実体のない領域での争いとも直結している。

となれば、「逆立ち」着陸した探査機のニュースも、また違った意味を持つことになるだろう。すでに日本でも航空自衛隊に「宇宙作戦群」が発足している。

「宇宙も戦場になる」というスケールの大きな話に面食らってしまうが、こうした最先端の軍事における宇宙政策を学べるのが、長島純『新・宇宙戦争 ミサイル迎撃から人工衛星攻撃まで 』(PHP新書)だ。

著者の長島氏は元航空自衛官で、空自幹部学校の校長を務めた元空将。コンパクトな一冊ながら、宇宙領域の技術的解説から、アメリカとの覇権争いで鎬を削る中国・ロシアの戦略の読み解き、そして「将来起こり得る新しい戦争」までを分かりやすく描き出している。

「未来の戦争の形」とは

「宇宙が戦場に」というと、まず思いつくのはGPSの位置情報を宇宙空間から送信する衛星の破壊だろう。現代社会は軍事も民間も、衛星情報なくしては立ち行かないため、どの国も自前の衛星を飛ばしたがるし、有事となれば他国の「目」である衛星の破壊をもくろむ。

しかしその破壊手段は、地球からミサイルで狙うだけではない。本書ではミサイル攻撃の他に、「共軌道攻撃」という手段を紹介している。レーザーや無線周波数妨害装置を備えた電子攻撃型の衛星を宇宙空間に配置し、狙った衛星に近づいて攻撃する。

さらに米国の宇宙開発庁は「増殖性戦闘宇宙アーキテクチャ(PWSA)」という軍事ネットワークの実現を目指しており、これは何百もの衛星が宇宙に集まり、地球上のミサイルの脅威を追跡する軍事衛星のネットワークを構築するものなのだという。

もちろん、こうした仕組みで収集された情報が地球にも常時送信され、地球上で戦う兵士たちにも高い精度のデータや指示を送ることができるようになるというのだ。

まさに「スターウォーズ(宇宙戦争)」の時代。すでに人類はこうした領域に突入しているのだ。「軍事の話なんてしたくない」と避けていては、こうした新しい事態から置き去りにされてしまうだろう。

進んでいるのは技術であり、それゆえに宇宙空間までもが戦域になっているのだ。

この先、「無人機を人が操縦するのではなく、AIが敵を判別し、自動的に殲滅する」兵器が登場するのは間違いない。すでにドローンや無人機が危険地帯や戦場を飛び回り、兵士は戦場から遠く離れた基地からこれらを操作して任務を遂行する、という状況は現実のものとなっている。
それだけではない、今後は人間の手を離れ、AIが舵取りを行う完全な自律性を持った兵器も一般化していくだろう。

その際、対抗する技術にはどのようなものがあり得るのか。人間はどのように身を守りうるのか。同盟のあり方や国際法にも影響を及ぼすだろう。その時、日本は何をすべきなのか。本書には、こうした「未来の戦争の形」を考えるための種がちりばめられている。

未来予測に必要な「SFプロトタイピング」

未来の戦争の形を考えるヒントの中でも最も重要なのが、「SFプロトタイピング」だろう。SFプロトタイピングとは、フィクションであるSF(空想科学)の思考を用いて、将来必要な技術や、起こりうる未来の予測を立て、試作(プロトタイプ)を作る手法だ。

「未来予測」を立てる際に、SFの発想を使って〈未来を可視化〉し、不測の事態に対応しうる柔軟性を醸成することが重要だとし、長島氏はこのSFプロトタイピングに一章を割いている。

没入感やバックキャスティング(プロトタイプされた未来のある時点から、現在解決すべき課題を考えること)の重要性を説くとともに、多くの人が「『もしそうなった場合、どうするか』というナラティブを共有する」ための一つの方法として、メタバースの有用性にも触れる。

メタバースは一時ブームとなり、投機筋の狩場のようになってしまったことで若干下火になりつつあるが、なるほど確かに「バーチャルに宇宙空間や未来の状況を作り出し、プレイヤーが没入し、我がこととして課題に取り組む」場にはなり得そうだ。

というより、それはオンラインゲームですでに実現されているというべきかもしれない。オンラインゲームについては最終章に収録されている長島氏と、本誌でもおなじみの戦略学の第一人者、奥山真司氏の対談でも触れられている。

奧山氏によれば、ウクライナの戦場から、兵士たちがスマホを通じてオンラインゲームに興じているのだが、これが部隊の連携を高めているというのだ。リアルとバーチャルの融合は、メタバース以前にオンラインゲームで達成されている、と指摘する。

宇宙空間と仮想空間が広がる

念のため整理しておくと、一般的にオンラインゲームとメタバースの違いは「参加者に共通の目的があるかどうか」だという。

だが、現在のオンラインゲームは確かに何らかの課題をクリアする、ゲーム内の物語を先に進めるという目的は用意されてはいるものの、参加者たちはその目的を達成するためだけに参加しているわけではない。

自分のアバター(分身)を作り、他の参加者と会話する、グループを作ってゲーム内の目的地へ移動する、一緒に写真を撮る、イベントを開催して集うなどのコミュニケーションの場にもなっており、この点でメタバースとオンラインゲームは互いに近づきつつある。

となれば、本来は机上で行うウォーゲームをサイバー空間(オンラインゲーム内)で開催し、多くの参加者を募って、例えば台湾有事などの事態を実際に「動かして」みることもできるかもしれない。シミュレーションゲームというジャンルは古くからあるが、これをオンライン・リアルタイムで、大々的に行うことも可能になるだろう。

本書は宇宙という戦闘領域という地球外の空間のみならず、仮想空間においても様々な想像をかきたてるヒントにあふれている。

梶原麻衣子 | Hanadaプラス

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