『罪と悪』齊藤勇起監督 オリジナルにこだわったデビュー作【Director’s Interview Vol.383】

重厚なミステリー・ノワール。映画『罪と悪』は、『ミスティック・リバー』(03)や『殺人の追憶』(03)、『ヒート』(95)などを彷彿とさせるオリジナル作品。脚本・監督を手掛けたのは、本作が長編映画デビューとなる齊藤勇起氏。その骨太な演出が、デビュー作とは思えないほどの完成度を生み出した。助監督出身の齊藤監督は、この映画を作るために企画段階から自身で動き、資金集めから始めたという。デビュー作でオリジナルは難しいと言われる日本映画界で、齊藤監督はいかにして本作を作り上げたのか? 話を伺った。

『罪と悪』あらすじ

何者かに殺された14歳の少年、正樹。彼の遺体は町の中心のある橋の下で発見された。同級生の春・晃・朔は、正樹を殺した犯人と確信した男の家に押しかけ、もみあいになる。そして、男は1人の少年に殺される。彼は家に火を放ち、事件は幕を閉じたはずだったー。時が過ぎ、刑事になった晃(大東駿介)は父の死をきっかけに町に戻り、朔(石田卓也)と再会する。ほどなく、ある少年の死体が橋の下で見つかる。20年前と同じようにー。晃は少年の殺害事件の捜査の中で、春(高良健吾)と再会し、それぞれが心の奥にしまっていた過去の事件の扉が再び開き始める。かつての事件の真相は、そして罪と向き合うということとはー。

高良健吾さん出演の影響


Q:完成した作品をご覧になっていかがでしたか。

齊藤:しばらく実感が湧きませんでした。一生懸命やりすぎたのか、自分のものじゃない感覚もありました。でもおかげで客観的に観ることが出来たので、逆に良かったかもしれません。編集ではいろんなパターンにトライして本当に苦しかったのですが、最後は原点回帰で脚本どおりのものが出来た。自分としては満足がいく結果になったかなと。我ながら良く出来たと思います。

今はもう僕の手を離れて、観客の皆さんのものになろうとしている。観た人の心に残り、10年後にでも思い出してくれるような映画になると嬉しいですね。

『罪と悪』©2023「罪と悪」製作委員会

Q:オリジナル脚本にこだわられたそうですが、企画はどのように進められたのでしょうか。

齊藤:プロットの段階で、業界の方から業界とは全く関係ない方まで色んな人に相談して回りました。内容的にすぐにGOサインが出る企画ではないと分かっていましたが、一番大きかったのは高良健吾さんが「やる!」と言ってくれたこと。監督経験のない僕が「映画を撮りたいから、お金を出してください」なんて言っても、「なんだ、こいつは⁉」となるだけ(笑)。高良健吾さんが出演してくださるという事で、信頼してもらえた部分がありました。

デビュー作でもオリジナルにこだわる


Q:映画関連の会社だけではなく、一般企業にも出資を募って回ったと聞きました。

齊藤:そうですね。一般企業にとどまらず福井県にも相談に行きました。実際に県庁に行って議員さんの前で話もしました。自治体が出資して映画が作られるパターンとして「ご当地ムービー」みたいなものがありますが、自己満足に終わってしまって、自治体のためにはならないのではないか。自分の映画では観光地は出てきませんが、その代わり世界に通用する本格的な映画の撮影が福井県では出来る。そのことが伝わればと。映画を観てもらえれば分かりますが、廃屋を燃やすシーンがあったり、国道で車の走行シーンがあったりと、他の地域では難しい撮影が福井県では出来た。福井県が撮影に適した場所だと感じていただけると思います。それによって映画業界内で評判になり、多くの撮影隊が来るようになる。それが地域の宣伝になるんだと、福井県の皆さんの前で必死に説明しました。現に富山県などは撮影のメッカのようになっていて、僕も助監督時代に何度も行きましたし、同時期に撮影隊が2〜3つ被ったりもしていました。

僕が相談に行った時の福井県はちょうど県知事さんが変わった時期で、新しいことに挑戦しようという土壌が出来つつあった。それで皆さんも乗り気になってくれて、助成をしてもらえることになりました。そうやってアクティブに行動した一つの結果として、県の協力が得られたことはかなり大きかったと思います。

『罪と悪』©2023「罪と悪」製作委員会

Q:やっていることは完全にプロデューサーですね。

齊藤:それに近いかもしれません。だからクレジットはしませんでした。監督/脚本/編集/プロデューサーとなると、ちょっと怪しくないですか(笑)。デビュー作だからこそ、自分でここまで出来たのかなと思います。

Q:映画業界からの出資は難しかったのでしょうか。

齊藤:そうですね。プロットを見せると「いいね」とは言ってくれるのですが、じゃあ実際に撮らせてくれるのかといったら、なかなかそうはいかない。それが現実でした。デビュー作でオリジナルを撮るのは、日本映画界ではハードルが高すぎますね。CMをたくさん撮っていたような“箔”があれば可能だったかもしれませんが、僕は助監督ですから自分で監督した作品がない。誰かを頼っても時間がかかるので、自分で動くしかなかった。

今の時代に「オリジナルでデビュー作をやってみろよ!」と言ってお金を出してくれるような気概のある人は僕の周りではいませんでした。ただ、そんなリスクを負えないのも理解できます。だからそこには期待していなかったので、まずは自分でプロットを作りお金を集めに動き始めた。でもスタッフも役者もそれだけでついてきてくれた。そこは本当に感謝しています。逆にこっちが聞きたくなるんです「オリジナルのデビュー作にも関わらず、なんでこの人はここまでやってくれたんだろう」って。本当に驚きますし感謝しかありません。最終的にはプロデューサーの古賀さんが手助けしてくれましたし、こんなに嬉しいことはないですね。

海外経験がもたらすルックとフットワーク


Q:予告編から感じていたのですが、とにかく画に重厚感がある。撮影の大西健之さんをスタッフィングした経緯を教えてください。

齊藤:大西さんはニューヨークで撮影を学び、今はフィリピンで仕事をしているカメラマンです。知り合いの逢坂芳郎監督に紹介してもらいました。今回の撮影でやりたかったことは、海外で撮影経験のある方が日本の田舎をどう捉えるか。日本で撮影しているカメラマンが撮る画は何となく想像がつくので、この映画では僕が予想出来ない画を撮って欲しかった。それで、海外で仕事もされていた逢坂監督に相談し、大西さんを紹介していただきました。

大西さんとは実際に会って話をし、その流れでカメラテストまでやりました。大西さんの撮る画はルックを含めてとても良かった。海外でやられていたせいか一味違う仕上がりで、フットワークも軽かったので、大満足でした。予算も潤沢ではないし時間も限られているから、フットワーク良く撮るのは必須。ラストの祭りのシーンは6時間半で撮りきったのですが、あれは大西さんじゃなかったら絶対無理だったと思います。

大西さんのルックに応える照明部の大堀治樹さんも、同じようにニューヨークで学びロスでの仕事経験がある方でした。大堀さんの照明もすごく良かったですね。今回は画の中に電飾がいっぱい映り込んでいるんです。日本では画の中に入ってくる照明や電飾を排除する傾向があるのですが、僕はそれがやりたかった。アメリカって照明や電飾が画面の中にバシバシ入っている。その話を二人にすると「やりましょう!むしろ僕らもそれをやりたいです」って言ってくれました。でもだんだん度が過ぎて、高良さんの頭の上から後光が差しているみたいになってました(笑)。それはさすがにやめましたけどね。ただし、それは引き算だから良いんです。足し算よりも引き算の方が現場はフレキシブルに動ける。引くことに関してはパッと判断が出来るので、それも有り難かったですね。

『罪と悪』©2023「罪と悪」製作委員会

Q:物語は『ミスティック・リバー』や『スリーパーズ』(96)、画作りや演出からは『殺人の追憶』、『ヒート』、『セブン』(95)などの影響を感じましたが、意識している部分はありますか。

齊藤:『セブン』と『殺人の追憶』は撮る前に観直しました。『ヒート』は定期的に観ていて『ミスティック・リバー』も久々に観直しましたね。『セブン』で、モーガン・フリーマンが図書館に来て「G線上のアリア」が流れるシーンがあるのですが、あれがすごく好きで、今回は同じことをやりたかった。あのシーンでは、図書館の机の上に緑のランプが並んでいて、それがすごく綺麗なんです。先ほど言った、照明を画の中に入れ込むというのは、まさにそういうことですね。

Q:本作からは重厚なエンターテイメント性を感じますが、今後撮ってみたいジャンルなどはありますか。

齊藤:ノワールやケイパー、完全犯罪モノに興味があります。それにロードムービーを掛け合わせたいですね。今回はノワールとミステリーを掛け合わせましたが、ロードムービーだけど恋愛に繋がっていったり、ロードムービーからノワールになったりと、ジャンルを混ぜることで良いバランスになるような、そんな映画を作っていきたいです。

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監督/脚本:齊藤勇起

1983年生まれ。福井県出身。日活芸術学院で映像制作を学んだ後、井筒和幸監督、武正晴監督、廣木隆一監督、入江悠監督などの作品で助監督として参加する。主な助監督しての参加作品 『ヒーローショー』(10)、『黄金を抱いて翔べ』(12)[井筒和幸監督]、『娚の一生』(14)[廣木隆一監督]、『リップヴァンウィンクルの花嫁』(16)[岩井俊二監督]、『22年目の告白』(17)[入江悠監督]、『ホテルローヤル』(20)[武正晴監督]など。

取材・文:香田史生

CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。

撮影:中野建太

『罪と悪』

2月2日(金)公開

配給:ナカチカピクチャーズ

©2023「罪と悪」製作委員会

© 太陽企画株式会社