吉田美月喜、実在人物を演じる覚悟と責任 改めて感じた「気持ちの大切さ」:映画『カムイのうた』で主演

吉田美月喜

吉田美月喜が映画『カムイのうた』(公開中)で主演を務めている。映画『パラダイス/半島』や映画『あつい胸さわぎ』、主演舞台『モグラが三千あつまって』など様々な作品で迫真の演技を見せる吉田。本作では、北海道登別市出身のアイヌ文化伝承者、知里幸惠さんをモデルにしたテル役に挑んだ。知里さんは19年という短い生涯の中で、言語学者金田一京助の協力のもと「アイヌ神謡集」を完成させ、口語伝承のアイヌ伝統文化を後世に残した。くしくも撮影時は19歳だった吉田。世間にさいなまれながらも必死に自分らしく生きようとしたテルを心身を削り熱演した。【取材・撮影=木村武雄】

内側に宿る強さ

――極寒の北海道で行われた撮影はどうでしたか?

大変でした。衣裳の下に保温性のある肌着を着て、靴が藁でできたブーツのようなものだったので防水の靴下を履いてましたが、それでもすごく寒かったです。耳は無防備だったので真っ赤になって痛かったです。テルの時代は化学繊維を使った温かいものはないですし大変だったんだろうなと身をもって感じました。でも、びっくりしたのが、藁の靴で雪の上を歩いているのに水が入ってこなかったんです。昔の方の知恵ってすごいなって驚きました。

――撮影は季節をまたいだ?

冬の撮影は、一三四とモトと一緒にまきを運んでいるシーンと、一三四におぶられて歩くシーンなどでした。それ以外は夏に撮りました。映画そのものは冬の撮影がありますが、私の撮影では冬はない予定でした。でも追加で一三四とのシーンを撮りたいと監督が要望されて急遽参加させていただくことになりました。テルは壮絶な人生を歩んでいるキャラクターなので演じている時は精神的につらいところもありました。私のシーンは夏に撮り終えましたが、翌年1月に再び撮影が必要となり、少し間が空いて再びテルと向き合わなければならないのは大変でした。でも私にとっては非日常でもあって、衣装は普段は着ない服ですし、北海道という場所に行ったらあまり身構えなくてもすっとあの時の気持ちが分かった気がしてやりやすかったです。

――アイヌのことについては勉強しましたか。

しました。アイヌ文化はすごく素敵ですが、センシティブな内容でもあるので、ちゃんと勉強をしないと失礼にあたりますし、納得してもらえないと思ったので。東京で出来ることに加えて、北海道で制作発表会見をやった時に、ウポポイというアイヌ文化に触れられる施設とか、今回モデルとなった知里幸惠さんの記念館などがある銀のしずく記念館でお話を聞きながら資料を見て勉強しました。

――知里幸惠さんの半生は重苦しく悲しいですよね。

本当ですよね。私は19歳の若さで決断ができる強い方だと思いました。この作品だけではなく当時の方は精神年齢が高く、知里さんには私にはない覚悟がある。とても19歳には見えないんです。でも銀のしずく記念館に行ったときに、恋人に宛てた手紙とかいろんな話を聞いて年頃の女の子だなと。恋をして、家族にお願いをするためにいろいろ考えてお父さんに納得してもらおうと可愛らしいことをしたり、そういう一面を知ることができたのは演じる上ですごく大きかったです。

――19歳の等身大の気持ちという部分は演じる上で大切にされたんですね。

そうです。でも根っこの部分は本当に強い女性です。始めは差別されて虐げられていくんだって思っているんですけど、兼田教授に出会って自分を誇ってもいいんだと。それが分かってからのテルはものすごく強い女性になる。その本人がずっと前からもっていた強さというのは絶対に忘れないで演じたいと思いました。

――強さを出すためにやったことはありますか。

普段の作品と比べてセリフ量は少ないんです。一日の撮影でもセリフが一言しかない日もありました。セリフがない分、目や体全体の雰囲気で伝えなきゃいけないという思いが強くなってきました。だからと言って意識したわけではないんですけど、必然的に思いを伝えようという気持ちが私自身を強くしたのかなと思います。

――でもそれは吉田さんの得意とするところですよね。

褒めていただいてありがとうございます(笑)

報われた瞬間

――壮絶な人生を歩まれた実在した人物を演じるのはつらかったと思います。覚悟も必要でしたよね。

撮影自体は楽しかったんですが、精神的につらい撮影期間でした。北海道にずっと滞在しているので、アイヌ文化やテルのこととかをずっと考えていました。驚いたのは、テルが亡くなるシーンの時、私のイメージでは、望月歩さん演じる一三四が駆け付けてくれた時に演じている私は内心ぐっとくるのかなって思っていたんですけど、一番ぐっときたのが、兼田教授(加藤雅也)の奥さんの静さん(清水美砂)が声をかけてくれた時でした。私自身びっくりして、それはなんだろうと思ったら、自分の家族や一番近しい人だけではなく、教授の奥さんという少し離れた方からもこんなにも泣かれるくらいテルはいろんな人に愛されていたんだって思えてすごく救われた気がしたんです。その時がテルを演じていて私の中で一番ぐっときました。でも意識を失っているシーンなので、涙をこらえるのに必死でした。

――舞台の経験が活かされているなと思いました。感情を爆発させるところはさせるし、言葉ではなく顔で語る表現もしっかりされているし。

感情を爆発させるというのは、監督いわくアイヌ民族の方の表現がすごくストレートなんだそうです。だから感情のままにやっていいと仰って。「オーバーにするのとは違うけど、素直なんだよね」って。でもなかなか大声で「わー」って泣く役とかあまりやったことがなかったので、人ってこんなふうになるのかなって思いながら泣く演技をしました。

――迫力がありました。今回大変な役をやって、芝居を超越したものがきっとあったと思うんです。ご自身でも大事な作品でいい経験になったと仰ってましたけど、改めて役者として自分自身のアイデンティティを考えさせられる機会になりましたか。

実在人物を演じるのが初めてでしたので、それに対する挑み方とかも経験になりましたし、監督がこの映画を作る上での責任感をすごく感じていたので、一つの作品に関わることへの責任感をこんなに重く感じたのはたぶん初めて。それはアイヌ文化というテーマを扱っているからでもあるんですけど、その気持ちはすごく大切なことなんだということを今回の映画で気づかせてくれました。

――大人っぽくなったというのは、責任を背負ったからなのかな。

そうだったらいいなと思います(笑) (おわり)

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