サステナブル・オフィサーズ 第62回 原点は“素の自分”にマーケティング 『感じ良い暮らしと社会』をどうつくっていくか――金井政明・良品計画 代表取締役会長

Interviewee
金井 政明 良品計画 代表取締役会長
Interviewer
廣末 智子 サステナブル・ブランド ジャパン

品質と使い勝手にこだわった商品とシンプルで簡潔なデザインの包装。1980年代に登場した「無印良品」は、日本の生活者にとって、日常生活に身近なブランドとして浸透している。人々が高級ブランドに踊らされ、消費がバブルに向かう時代、あえて企業名やデザイナー名を冠しない商品は、新鮮に受け止められたが、サステナビリティが当たり前のいま、あらためて、その先見性と普遍性に光が当たっていると言えるだろう。その企画開発・製造から流通販売までを行う良品計画は、真に心豊かな社会とコミュニティの共創に向け、「感じ良い暮らしと社会」を企業理念に掲げる。同社の言う、その理念とはどのようなもので、同社は何を拠り所に国内外でビジネスを拡大させているのか。「無印良品」の初期から商品開発に携わり、会社を拡大発展させてきた金井政明会長に聞いた。

――サステナブル・ブランド ジャパンが独自に調査している"生活者のSDGsに対する企業ブランド調査”『Japan Sustainable Brands Index(JSBI)』 において、貴社は2020年の調査開始時から2位、2022年は1位となっています。 これは、生活者に貴社の企業価値がしっかりと伝わっていることの証左と思いますが、この結果をどう受け止めておられますか。

金井:生活者の皆さまにご評価いただけていることは大変に嬉しいことですし、私ども全員の励みになります。改めてありがとうございます。

――そもそも貴社では、生活者に商品価値を伝える「コミュニケーション」や「マーケティング」をどのように行ってきたのでしょうか。

金井:良品計画での広告宣伝費は売上対比1.5%前後で推移しています。ほとんどが店内ツールやWeb、新店の紹介などで、テレビCMなどのマスマーケティングは基本的に行っておりません。店舗が、商品が、Webがメディアであるといった構造です。

――生活者とのコミュニケーションもシンプルな形で行ってきたのですね。

金井:そうですね。ポスターなども再生紙に弁柄色一色で、イラストやメッセージと「わけあって、安い。」「しゃけは全身しゃけなんだ。」など短いコピーを置いただけのシンプルなものでした。また、商品には商品開発の視点を「素材」「工程」「包装」の無駄をどう省き、工夫したかといった理由(わけ)を添えました。決して商品を商品以上に謳(うた)いあげてはならないというルールの元で。これを43年間、変わらないデザインで継続してきました。それらを含め、無印良品のメッセージは商品、店舗空間、コミュニケーションの3つを一気通貫でデザインすることで、一般的な広告、宣伝とは違う次元でのマーケティングを行ってきました。それが生活者の皆さまに共感を持っていただけたのだと思います。

ファウンダーの堤清二氏、田中一光氏らが訴えた理想的な消費社会とは

――「無印良品」の創業の背景についてお聞かせください。当時、セゾングループの代表であり、オーナーであった堤清二氏や、日本を代表する昭和のデザイナーである田中一光氏、小池一子氏らによって立ち上げられた「無印良品」には、“消費社会へのアンチテーゼ”という意味合いが込められていたと聞きますが、それはどういうことでしょうか。

金井:少し分かりづらい表現になりますが、ファウンダーの中心にいらした堤清二さんは「反体制商品」と言っていました。また、同じくファウンダーの田中一光さんは「望ましい生活者の探求」とおっしゃっていました。当時の日本はバブル期であり、1920年頃から始まった米国型の過剰消費社会が日本でも顕著でした。海外のブランドショップが人気を博す一方で、大量消費、大量廃棄の時代でもありました。同時に2回のオイルショックも経験しました。そのような空気感の中で、世界では過剰な消費社会に警笛を鳴らす経済学者の方々もいて、彼らは次の3つの主張を論文や書籍で訴えていました。それは第一に、「過剰な消費社会とは『人々のニーズを決して満たさせないための計画的陳腐化を行うマーケティング』である」ということ、第二に、「消費社会は個人主義化に向かい共同体を弱体化させる」ということ、そして第三に、「資源の枯渇と環境への影響」です。「無印良品」はそれらと同じ懸念を持ち、さらに古来の日本の精神文化でもある余白、引き算、簡素といった美意識から商品を見つめ直したのです。実態として商品をつくり、店舗空間もコミュニケーションも同軸的にデザインすることで、デザインが付加価値ではなく生活価値を創造するといった想いと活動でした。論文でも書籍でもない、まさに街の中に実店舗として事業化したということです。これは堤清二さんとその周りに集まったクリエイターたちの理想的な消費社会であったのだと思います。

――商品開発とマーケティングでポイントとなった手法と、サステナブルな時代との関係はどのように考えていらっしゃいますか。

金井:「素の自分にマーケティング」することが無印良品の商品開発とマーケティングにおける唯一無二の手法です。私たちは過剰な消費社会の中で生き、暮らしていますが、人間は常に他人と比べ、自慢したり見せびらかしたり、反対にうらやましがったり、ねたんだりしながら、もっともっとと欲求を追い求めます。これは過剰な消費社会を作る側からすれば非常に肥沃な市場となるわけです。一方で、そのような空間から離れ、自分一人や家族だけになった時間には「もっとホッとしたい」「過剰な主張やデザインはいらない」「自由になりたい」「押し付けられたくない」と考えます。無印良品はまさにそこにマーケティングしてきました。素の自分が環境問題やサステナブルな社会について考える現代は、「これがいい」といった一般的な企業からのメッセージに対して「これでいい」と判断できる、素の自分の価値判断の時代ではないかと考えています。さらにこの自立した考え方は成熟と同義語であり、皆さんが社会の当事者へと向かうことになるのだと思います。

常に変化する社会の中で、品の良いさまざまな事業を創り出す

――一方で、貴社は2021年を「第二創業」と位置付け、中期経営計画では経営方針として「公益人本主義経営」を掲げています。持株会などを積極的に運用し、社員がオーナーシップを発揮して自ら考え行動する組織づくりを目指されているということですが、この意味について教えてください。

金井:従来から当社は、「役に立つ」を大戦略として想いを共有した良い会社だと思いますが、感じ良い暮らしと社会に向けて「少ない方が豊かである」と考える生活美学を世界の多くのお客さまと共有するためには、より実行力や事業推進力のある“強くて良い超小売業”としての会社に創り直さなければと考えました。まず掲げたのが「公益人本主義経営」という考え方です。公益とは、環境は地域社会、社員などを重視する企業の意志であり、公益に寄与する事業は結果として資本の論理も満たすと考えました。そして、その事業モデルを実現させる資源は「人」です。すべてのステークホルダーの皆さまと共創・協業することで達成できるのです。そのためには社員が会社の株式を保有し、株主としてオーナーシップを持つことだと考えました。自立分散型の組織は、個店経営を含めた経営者であり、地域コミュニティの中でプレイヤーであり、ガバナンス機能を持つといった構造の企業体です。もともと良品計画という社名は1989年につくられましたが、無印良品社にはしませんでした。常に変化する社会の中で「自ら考えれば無限の可能性がある」といった合言葉と共に、品の良いさまざまな事業を創り出すという想いを込めた社名です。

――日本社会の構造はこれからどのように変わり、良品計画として、そこにどう対応していくのでしょうか。

金井:2100年の日本の人口は6000万人、高齢化率は45%程度との予測があります。過去に経験したことのない人口構成になるということです。それ以外にも、地球規模のリスクや地政学的リスクもあります。このような時代だからこそ、皆が感じ良く暮らせる社会を今、目指さなくてはと考えています。それは「経済」と「環境」と「文化」がバランス良く支え合う社会ではないかと想定しています。さらに、「経済」「環境」「文化」の間には、「産業」と「医療」、「教育」といった実態があり、それらの中心には「共同体」という意識を取り戻す社会であると思います。そのように考えながら5つのテーマを決めています。

――それはどんなテーマでしょうか。

金井:「食と農」「健康と安心」「空き家利用」「現代的コミュニティ」「文化とアート」の5つです。

――現代的コミュニティとはどういうことですか。

金井:地域の皆さまが課題に向き合い、共通の目的に向かってさまざまな意見や立場を乗り越えて協力関係を築くことで共同体が再興できるのではと考えています。例えば地域のエネルギーは地域でつくって地域で使うといった再生エネルギー構想。また地域からごみを出さないといった「ゴミゼロ運動」を想定しています。他にも、高齢化社会の中で「健康と安心」をテーマとして、社会的処方という病院とは違った処方で未病や予防、心豊かな社会を目指すことも共同体の再考でありコミュニティだと考えます。

――5大テーマと、従来の無印良品の店舗のあり方とはどう関係しているのでしょう。

金井:無印良品の二つある使命のうち、一つ目は「日常生活の基本商品群を誠実な品質と倫理的な視点から開発し、使うことで、社会を良くする商品を手に取りやすい価格で提供する」と定義しています。これは可能な限り自然素材を活用し、従来はごみとして扱われていた素材を新しい技術で商品の素材として再活用し、さらには使わなくなった商品の回収と利活用といった資源循環型の事業へと進化させていくことです。そして、もう一つの使命は「店舗は各地域のコミュニティセンターとしての役割を持ち、無印良品が大切にしている価値観と地域の皆さまが大切にしている価値観から共感の輪を広げ、共に地域課題に取り組み、地域への良いインパクトを実現する」としています。これは現段階では「つながる市」という名称で無印良品の売り場の一部を地域の皆さまの小商いのスペースとし、さまざまな人の出会いやつながりを創出しようとする試みですが、ほぼすべての世界の無印良品の店舗で実施しています。また「まちの保健室」は現在国内3店舗で展開がスタートしています。この取り組みは、先ほど申し上げた未病や予防の観点から社会的処方の視点も含め、各地域の行政や医療と連携し、処方箋を扱う薬局にも出店いただいている空間です。お客さまが健康を意識できるよう、「まちの保健室」では相談や勉強会なども実施しています。これからも健康データの活用など、さらに進化させながら地域に貢献できる業態を目指していきます。

他者の役に立てる実感と仲間の存在が私たちの幸せ

――良品計画としてそうした事業を展開されていく上で、どういう体制で臨まれていますか。

金井:体制というよりは「共創」と「ガバナンス」という視点で考えています。「公益人本主義経営」や二つの使命も、当社だけでできることではなく、すべてのステークホルダーの皆さまとの協業であり「一緒に!」ということだと思っています。「無印良品に言ったらやってくれるんじゃないの?」「一緒にやってくれそう!」といった関係や、「これじゃ駄目だ!」「ここができていない!」のご指摘を皆さまから頂戴するなど、ガバナンスとしても重要な関係性が築ければと願っています。そのために、もっともっと無印良品を知っていただき、理解していただきたいと思っており、私たちは社員との対話、株主さまとの対話、お客さまとの対話、お取引先さまとの対話、そして地域社会の皆さまとの対話を積極的に進め始めているところです。 

――5つのテーマに対してもどんどん具体化されていくのでしょうか。

金井:はい。店舗ではまず一つ目の使命を徹底的に磨く段階ですが、二つ目の使命については本部にあるソーシャルグッド事業部のメンバーが中心となってどんどん開拓し、営業本部内にある各地域事業部のメンバーやコミュニティマネージャーが連携しながら進めています。二つ目の使命の主役となるコミュニティマネージャーは全世界で1000人育成するという目標を持っています。「他者の役に立てる実感と仲間の存在が私たちの幸せなのではないでしょうか」と社内外で話をしています。「役に立つ」を大戦略に、社員一人ひとりが感じ良い暮らしと社会を目指して活動をしていければと思います。

写真・高橋慎一

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