チャイナ・ドリーム追うスイス企業

(Illustration: Helen James / SWI swissinfo.ch)

2023年、中国は新型コロナウイルス危機を乗り越え、ビジネスの世界に再び門戸を開いた。消費者は支出に慎重で、消費者心理も依然低迷しているものの、スイスの2企業は世界2位の経済大国への進出と成長を目指している。

2019年8月、中国のネット大手アリババ集団の本拠地、浙江省杭州市の高級ウイスキーバーに、スイスの家族経営の飲料会社アッペンツェル・ビールのオーレール・マイヤー最高経営責任者(CEO)の姿があった。中国視察中で、自社製ビールとウイスキーのビジネスパートナーや販売代理店の候補を訪ね歩いていた。

同僚らと飲み交わす中で、マイヤー氏はあるアイデアを思い付いた。中国の高級バーやレストランでニッチなスイスウイスキーを提供するというものだ。そして今日、同社のセンティス・モルト・ウイスキーは、浙江省の省都でジウイン・ホスピタリティグループが運営する高級バー8店舗で提供される初めてかつ唯一のスイスウイスキーとなった。

マイヤー氏は「スイスの製品は、特に上海や北京のような大都市で高い評価を受けている」と話す。「だがスイスのビールとウイスキーの認知度はまだ低い。我々はこの状況を変えたかった」

アッペンツェル・ビールは、スイスのチョコレートブランド「レダラッハ」と同様、巨大な中国市場の一角を占めようと取り組んでいる数あるスイスのメーカーの1つだ。

「新たな時代の幕開け」

世界的なパンデミックが起こる前は、中国市場の魅力は誰の目にも明らかだった。人口14億人、2010~19年の経済成長率は平均約7.7%(スイスは1.7%)、世帯所得も右肩上がりで、この20年で中間所得層は740万人から4億人に増加した。ボストン・コンサルティング・グループの予測では、2030年には5億2500万人に到達する見込みだ。

だがパンデミック中の約3年間に及ぶ厳しい規制とロックダウン(都市封鎖)は、消費者の行動と心理に変化をもたらした。中国政府が規制措置を緩和した2022年末、リベンジ消費によって一時的な盛り上がりを見せたが、旅行、観光、レジャーへの消費が勢いづく一方で商品消費が依然冷え込むなど、以前とは明らかに異なった。

2023年11月に公表されたマッキンゼー・アンド・カンパニーの報告書「中国の消費:新たな時代の幕開け」は、このような背景を踏まえると、高品質の製品とプレミアム・ブランドを持つ消費者志向の企業が最も成功することになると指摘する。これはレダラッハやアッペンツェル・ビールのような購買力の高い富裕層をターゲットとするスイス企業にとって朗報だ。マッキンゼーの共同経営者のダニエル・ジプサー氏は「高所得者層の購買力は今も高いが、2019年と比べると低下している」と言う。「彼らはどこで何を購入するかについて、より慎重になっている」

アッペンツェルからアジアへ

国際通貨基金(IMF)によると、2023年の中国の実質GDP(国内総生産)成長率は5.2%だった。パンデミック中の2020~22年を除く1999年以降では最も弱いペースで、24年は4.6%とさらに減速する見通しだ。そんな中でもアッペンツェル・ビールは中国への進出意欲を失っていない。従業員約200人を抱える同社は、ロヒャー家が5世代にわたって営む家族経営企業で、主製品はビールとウイスキーだ。同社が中国市場に参入したのは2019年。世界的なパンデミックで多くの消費者向けビジネスが行き詰まる直前のことだった。

中国が市場を再び完全に開放した現在、マイヤー氏は中断していた事業を再開した。同社の製品は、北は北京から南は広州市などの主要都市で販売されている。アッペンツェル・ビールは上海だけでも60軒以上のレストラン、ウイスキーバーで提供されている。

意外なことに、同社の看板商品であるラガービール「クヴェルフリッシュ」は中国では普及しなかった。マイヤー氏は「中国市場ではすでにベルギーや米国のおいしいクラフトビールが普及し、それがスタンダードになっている。我々の強みはスイスアルプスの湧き水など、良い原料を使用した高品質なスイスビールだ」と話す。

日本のキリンホールディングスが作成した世界のビール消費量報告書によると、世界最大のビール市場は中国だ。2022年の年間消費量は4200万キロリットルに上り、世界全体の22%を占める。2位は米国で2040万キロリットルだ。だが国民1人当たりの消費量では、中国は上位35カ国にも入っていない。成長の余地はまだ十分ある。

それでも、ベルギーのアンハイザー・ブッシュ・インベブやデンマークのカールスバーグなど欧州の主要ビールブランドにとっても、中国のビール市場でのシェア獲得は困難だ。雪花(スノー)ブランドを持つ華潤創業や青島ビールなど、中国企業との競争も増している。

アッペンツェル・ビールのような国外中小企業が、すでに飽和状態にある市場でブランドを確立することは難しい。そのため、同社の拡大戦略は「ゆっくりだが持続可能な」成長を目指す。

「我々は家族経営企業として長期的なアプローチを取る。他方で、市場開拓のために1000万フランのマーケティング予算は割けない」とマイヤー氏は語る。「社の生産能力もまた限られている。自国内で成長の可能性がある限り、国外に一度に過度の経営資源を投入する意味はない」

中国のチョコレート市場

レダラッハもまた、中国市場で地位を確立しようとするスイス企業の1つだ。1962年設立の家族経営企業で、高級チョコレートに特化した事業を展開し、世界全体で計1700人の従業員を抱える。同社は2020年から中国でオンライン販売を開始した。スイスを訪れてレダラッハのチョコレートを食べた中国人観光客から、自国でも購入したいとの要望が増えたためだ。2021年、コロナ危機の真っ只中、上海に初の店舗をオープンした。

レダラッハ中国のゼネラルマネジャー(GM)、ダニー・チー氏は「戦略上、中国はレダラッハグループにとって重要な市場だ。米国、スイスに並ぶ3大市場の1つとなる」と話す。同氏によると、消費者の嗜好がかなり似ており、「スイスでのベストセラー商品はフリッシュショッギ(フレッシュチョコレート)だ。そしてこの国の消費者も我々の製品ラインに対し、スイスの消費者とほぼ同様の反応を示している」

レダラッハは1月末までに中国で16店舗目をオープンする予定だ。北京や上海のような大都市は依然として最も重要な市場だが、同社はより裕福な消費者層のいる無錫や南京、四川省の成都などの都市にも進出している。「5年以内に店舗数が倍になることも不可能ではない」(チー氏)。レダラッハは現在、世界全体で約170店舗を構える。「我々の戦略が機能しているかを図るためには、1店舗ずつ出店させなくてはならない」

中国の人口は世界2位だが、1人当たりのチョコレート消費量は欧州諸国を下回る。独スタティスタ・マーケット・インサイツのデータによると、中国の1人当たり年間消費量は200グラムだったのに対し、スイスは11.8キログラムだった。また英調査会社ユーロモニター・インターナショナルによると、中国全体のチョコレート市場規模は年間約31億ユーロ(約29億フラン)だ。これに対し、スイスチョコレート製造協会の統計では、パンデミック前のスイス国内年間売上高は約17億9000万フラン(約19億3000万ユーロ)だった。

だが中国でチョコレートは特に高級ギフトとして人気を獲得しつつある。「特に高級チョコレート分野は成長市場だ」とチー氏は話す。「中国人はおいしいものにはお金を払いたいと思っている。ここにチャンスがある」

レダラッハは今後これまでと同様、イタリアの食品会社フェレロやベルギーのゴディバなどの他の高級チョコレートブランドとの競争が続く。中国国内の他分野のギフト事業とも競合している。これは特に国民の購買行動が高まるバレンタインデーや母の日、春節(旧正月)などのイベント時に顕著に表れる。

先行き不透明

パンデミック後に中国が経済を再開させた後の2023年は予想外の低調ぶりだったが、外資系企業や国内企業は中国経済が回復に向け勢いを増す兆候を注視している。マッキンゼーのジプサー氏は2024年の展望について「中国経済が次第に消費主導型へ向かう中、慎重な楽観論は依然として根強い」とする。「回復が予想より遅く、消費者心理が低迷しているため、今後数カ月の成長率が鈍化する可能性はある。ただその一方で中国市場の長期的な見通しは依然として堅調だ」

だがそれでもマイヤー氏は前向きで、今後10年のアッペンツェル・ビールの事業を堅持していく考えだ。「最終的には、安定した顧客と持続可能な評判を築くに尽きる。我々の目標は中国へ旅行してホテルに滞在し、自社商品を提供するレストランで食事をすることだ。そうすればいつでも故郷の味にありつくことができる」

編集: Nerys Aver、英語からの翻訳:吉田公美子、校正:宇田薫

© swissinfo.ch