ニック・ファジーカスが感じた日本バスケットボールの目覚ましい成長

2023年9月に開催されたワールドカップでの男子日本代表の活躍とパリオリンピック出場権の獲得は、多くの人々を熱狂の渦に巻き込んだ。映画『THE FIRST SLAM DUNK』の大ヒットもあり、Bリーグ2023-24シーズンの観客数は軒並み増加傾向にあり、バスケットボールに対する世間の関心は着実に高まりつつあると言えるだろう。

川崎ブレイブサンダースの“キング”ことニック・ファジーカス選手は、2012年に来日し、2018年の日本国籍取得後に日本代表の一員として戦った。そんなファジーカス選手に、ワールドカップでのエピソードやバスケットボールの将来についてインタビューした。(取材は2023年11月末に実施)

▲ニック・ファジーカス【WANI BOOKS-“NewsCrunch”-Interview】

日本代表の危機を救う衝撃デビュー

2012年に来日したファジーカスは、初年度から持ち前の得点力を発揮して、得点王のタイトルを獲得。前年度最下位だった東芝ブレイブサンダース(当時)を準優勝に引き上げる活躍で、日本バスケット界に衝撃を与えた。

さまざまな混沌を経て2016年に誕生したBリーグでも、川崎ブレイブサンダースに名称を変えたチームの主力選手として活躍したファジーカスは、Bリーグ初年度の得点王とシーズンMVP(※NBL時代を含めると2度目)を獲得。リーグを代表する選手として、日本バスケットボール界の発展に貢献してきた彼は、2018年4月に日本国籍を取得した。

「日本がすごく好きだったし、日本代表を助けたいという気持ちもあったからトライすることを決めた」と当時の思いを語るファジーカスは、日本国籍取得からわずか2か月後のワールドカップアジア地区1次予選のオーストラリア戦(2018年6月29日・千葉)で、八村塁(現レイカーズ)らとともに男子日本代表に初選出。「圧倒的に不利」と言われていた下馬票を覆し、デビュー戦で25点を挙げる活躍を見せて、大金星(79対78)の獲得に貢献した。

「NBAのロースターがいるレベルの高いチームなので、チームメイトはもちろん、フリオ・ラマス監督(当時)ですらも勝てるとは思っていなかったような気がするけど、僕にとっては“0勝0敗”だからね。勝利を信じて“絶対にチームを負けさせない”という強い覚悟で臨んだんだ。でも、本当に試合に勝てたときは鳥肌ものだったね」

序盤から6連敗を喫して最下位に沈んでいた日本代表は、この勝利によって希望を見出すと、続くチャイニーズ・タイペイ戦にも連勝(108対68)し、崖っぷちからの1次予選突破を掴んだ。

「先日、大阪エヴェッサと試合をしたとき(2023年10月28〜29日)に、竹内譲次選手が試合後に“オーストラリア戦が僕のバスケット人生のベストゲーム。一緒に戦うことができてよかった”と、引退を決めた僕に感謝の気持ちを伝えてくれて、僕もうれしかった。

僕も人々が感動して涙を流す様子や、アリーナの熱気は今でもはっきり覚えているし、困難を乗り越えられたことは、僕にとっても良い経験になっているよ」と6年経った今もなお、多くの人の脳裏に焼きついている熱戦のエピソードを感慨深げに振り返る。

▲日本代表として戦った当時のことを話してくれた

本番では“NBA”の誇りをかけて戦った

ファジーカスらの加入によって息を吹き返した日本代表は、2次予選も8勝4敗の2位で終え、13年ぶりのワールドカップ出場を果たした。中国で行われた本大会ではファジーカスの母国でもあるアメリカ代表との対戦が実現。

「世界最高峰にいる12選手と対戦することを楽しみにしていました。僕が彼らよりも素晴らしいNBA選手だったことを証明する絶好の機会だと思いましたし、僕らがどの程度通用するのかを確かめたかった。

スティーブ・カーをはじめ、僕のことを覚えてくれている人がいてうれしかったけど、試合に目を向けると、彼らはまるで別次元にいるかのようだった。僕にとっては、世界一を目指しているチームと、“なんとか爪痕を残せれば……”というチームの力の差を思い知らされた大会だった」

アメリカ代表との試合結果は45対98で大敗し、5連敗に終わった2019年大会の悔しさを振り返る。今年9月に沖縄などで行われたワールドカップでは、ファジーカスの思いを引き継いだ後輩たちが躍動。大会を通じて3勝を挙げた男子日本代表は、48年ぶりに自力でのオリンピック出場権利を獲得した。

「僕らがプレーした5年前には1勝もできなかったけれど、昨年の大会では3試合に勝つことができた。前進していくことが大切」

世界との壁が着々と埋まりつつある現状を喜んだファジーカス。男子日本代表の躍進は、女子日本代表を東京オリンピックの銀メダル獲得に貢献したトム・ホーバス氏の監督就任に触れずして、語ることはできないだろう。

「現役時代も高いレベルでプレーしてきましたし、日本の特徴やバスケットという競技そのものを理解している。日本のバスケットに精通していますし、結果が残せない時期に直面しても自分のやり方を通そうとする頑固さも備えている。日本人の性質や輝かせ方を知っているホーバス氏だからこそ、結果を残すことができているんじゃないかな」

2012年の来日以降は日本バスケット界の黎明期を支え、競技の成長に尽力してきたファジーカスだが、選手としての勇姿を見られる時間は残りわずかだ。

今季の川崎は、功労者の現役引退に寄せて『NICK THE LAST』をテーマにさまざまな企画を展開しており、かつて川崎や日本代表で共にプレーし、ファジーカスもまた一緒にプレーしたいと語る盟友、辻直人選手(群馬クレインサンダース)とのコラボレーションが実現した「ツジーカス」タオル(販売終了)など、さまざまなグッズも販売されている。

「ファンの前でプレーすることが、僕にとってもすごく楽しいことですし、バスケットボールに対する関心が高まっていることはとてもうれしい。プロ選手ならば、誰でも“できるだけ多くのファンの皆さんの前でプレーしたい”と思いますし、たくさんの方がいてくれるだけで僕らの気持ちの入り方も変わってくる、かけがえのない存在です」

ファジーカスは今季限りでコートを去るが、川崎の親会社であるDeNAは昨年3月に現在の2倍超となる1万2千人を収容可能な新アリーナの建設計画を発表した。2028年の完成が予定されており、「かつてとは比べ物にならないくらいに成長している」という日本バスケット界の勢いをさらに加速させ、未来のスターが新アリーナで観衆を沸かせることになるだろう。

「まだまだ先のことですが、アリーナの完成が今から楽しみです。ファンの皆さんの前でプレーするのは、選手にとっても本当に楽しいことだから、お気に入りの選手を見つけてアリーナでたくさんの声援を送ってほしい。バスケットボールは早い展開なので、点がたくさん入るから見ていても楽しいですよ」

7月からパリオリンピックが開催される今年は、日本バスケットボール界にとって大事な年になるだろう。大舞台で活躍する選手たちにパワーを与えるためにも、まずはBリーグの会場に足を運んでみてはいかがだろうか。

(取材:白鳥 純一)


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