日本が27年間続いたデフレを脱し、インフレに突入してから1年以上が経過しました。これまでのところ消費は好調ですが、今後も恒常的に物価上昇が続くとみられるなか、日本経済にはデフレ時代からの発想の転換が求められています。本稿では、岡崎良介氏の著書『野生の経済学で読み解く投資の最適解 日本株で勝ちたい人へのフォワードガイダンス』(日本実業出版社)より一部を抜粋し、インフレが日本経済にもたらす変化について解説します。
金・人・モノが集めにくい時代へ
現代の日本人の場合、27年間もデフレの時代が続いたものですから、いわば一世代分はインフレも利息も知らないわけです。知らないものを想像してみろと言われても無理な話ですから、それを考えるのが本書の仕事です。
漠然と、“あらゆるものの値段が上がるのだから、生活がより一層厳しくなる”と身構えたのが、おそらくは国民としての最初の反応だったでしょう。多くの人が消費の低迷を心配しましたが、そうした予想とは裏腹に、すでにインフレ時代が始まって1年以上が経過していますが、消費はいまのところ順調です。
インフレの時代になったから価格転嫁が進みやすい企業の業績が好調であろう、と考えたのが投資家の最初の反応であったと思いますが、これは正解でした。
ただ問題はこの後の展開です。
今回のインフレが一過性のものであり、それこそこれまでも見てきたような、2~3年たてばまた価格が低迷する時代に戻るのであれば、とりあえずは価格転嫁をして業績の拡大を図るだけで済んだ話ですが、ここから先は恒常的に物価が上がっていく時代なのですから、価格転嫁も恒常的に行なう必要があります。
果たしてそうした構造変化に企業は耐えていけるのか。
多角的な発想の展開が必要となる時代です。ヒントとなるのは価値の上昇が見込まれる3つのアイテム、「金利」と「賃金」と「物価」です。インフレは、それぞれ、金、人、モノを集めるのがむずかしくなっていくという現象を生み出します。
世直しが始まる日本経済
商売はやりやすくなったが、賃金上昇に苦しめられる
「金利」が上がっていくのですから、お金を集めるのはむずかしくなっていきます。
金集めが簡単なデフレの時代が終わり、金集めがむずかしいインフレの時代が始まったのですが、これは反対に、商売がやりにくいデフレの時代が終わり、商売がやりやすいインフレの時代が始まったのだと考えるべきでしょう。
同時に、お金が集めにくいのですから、お金を大切に扱わなければなりません。これまでのように現預金のままほったらかしていればいい、という時代ではないのです。
ましてや金利が上がっていく時代になったのですから、資産運用のやり方も、これまでのような一獲千金を狙うやり方はむずかしくなるでしょうし、運頼みのトレーディング型では命取りとなるケースにも遭遇することでしょう。基本に立ち返り、ポートフォリオ(複数資産の組み合わせ)が必要になってくると思います。
「賃金」が上がっていくのですから、経営に不安のある企業は淘汰を余儀なくされます。
「代わりはいくらでもいる」時代は終焉を迎えている
人集めが簡単だったデフレの時代が終わり、人の確保がむずかしいインフレの時代が始まったのですから、経営者は従来よりも、もっと人を大切に扱わなければなりません。
これまでのように代わりとなる人はいくらでも集められる、という時代ではないのです。この意味では新興企業の競争はよりむずかしいものになるはずです。これまでは賃金が毎年上がる世界など誰も想像しませんでしたから、それこそここでも一獲千金狙いのベンチャー企業が魅力的に見えたはずです。
ですがこれからは、確実に賃金が増えていく企業への就職希望が増えてくるはずですから、どの企業も優秀な人材の確保に躍起になることでしょう。
消費者の行動が変化、高騰する材料費
「物価」が上がっていくのですから、消費者も生産者も行動の転換を迫られます。単純に考えれば、モノが集めにくいのですから、モノを大切に扱わなければなりません。これまでのようにまた買えばいい、という時代ではないのです。
頻繁に買い替えていてはコストが増すばかりですから、良いものをしっかり選んで長く使うという、商品の耐用年数が長期化する時代となるでしょう。
同時に企業側にしてみれば、これまでのように材料をいつでも安く集めることができる時代ではなくなりましたから、ある程度の在庫を確保しながら生産を続けていかねばならないという、経営戦略の転換が迫られています。
しかしこうしてあらためて考えてみれば、「金」、「人」、「モノ」を大切にするなんてことは至極当たり前の話のように思えてきます。
逆に言えば、これらを粗末に扱ってきたデフレの時代がおかしな時代であったわけです。
日本の潜在成長率を上昇させるには、中央銀行がカギとなる
とはいえ、人間の行動や社会の構造を変えるのには相当の時間とコストがかかるものです。それでもそこに「理」があり、そこから「利」が生まれるのであれば、人々はその時代についていくはずです。
このとき、大事な仕事をするのが、経済のかじ取りを行なう中央銀行です。
我が国の中央銀行である日本銀行が、市場と国民にしっかりと「理」を説き、市場と国民がそこに「利」を見つければ、最大の課題である日本の「0%前半にある潜在成長率」も、少しずつ上昇してくることになるでしょう(私は政府が主導する成長戦略ではなく、自然に生まれる潜在成長に期待しています)。