お湯の〈鮮度〉を落とさず効能を楽しむ!“源泉かけ流し”温泉の〈賢い入浴法〉とは【温泉学者が解説】

(※写真はイメージです/PIXTA)

温泉地に長期間滞在して、病気の治癒や体調の回復を図る「湯治」をご存じでしょうか。こうした療養目的で温泉に入る場合は、たとえぬる目のお湯であっても「長湯は禁物」であると、温泉学者であり、医学博士でもある松田忠徳氏はいいます。松田氏の実際の経験と調査から、「湯治」の効果と賢い入浴法についてみていきましょう。

1日3回、ぬる目のお湯に20分浸かるだけ…驚きの「湯治」効果

私は旅行作家として、温泉学者として、年間150~200泊前後を温泉旅館で過ごす生活を40年以上続けてきました。

最近は1か所の温泉に10日以上滞在しながら調査する機会がふえています。まるで湯治のようですが、仕事で滞在するのと療養を目的とした滞在では心構えがまるで違うため、効果も自ずと異なります。

こんな私がこれまでに1度だけ、夫婦で7泊8日の“予防医学”としての免疫力アップを意識した本格的な温泉療養=湯治を経験しています。場所は山口県の俵山温泉です。

平成17(2005)年に出版した『温泉教授の湯治力――日本人が育んできた驚異の健康法』(祥伝社新書)のなかで、「湯治場番付」を発表し、東の横綱に肘折温泉(山形県)、西の横綱に俵山温泉をランク付けしたほど、療養温泉としての俵山に注目してきました。

肘折は濃厚な成分を有した含重曹食塩泉ですが、対照的に俵山は薄いといわれるアルカリ性単純温泉でした。

俵山温泉のなかで絶大な人気を誇る「町の湯」

俵山では滞在客は昔ながらに外湯(共同湯)に出かけます。40軒ほど湯治宿があった半世紀前も20軒ほどに減った現在も、同じように湯治客は浴衣姿で外湯に向かいます。内湯(風呂)をもつ宿は1、2軒しかないのも昔のままです。

現在、俵山には2軒の外湯があり、湯治客や地元の人に絶大な人気を誇るのは長州藩毛利家の藩営温泉からの歴史をもつ「町の湯」です。俵山は江戸時代前期にすでに40軒余もの宿を抱える長州随一の温泉場でした。

[写真]俵山温泉の街並み 提供:俵山温泉合名会社

私たちがここで7泊の湯治を経験したのは平成16(2004)年のことです。入浴は朝食前、午後、就寝1時間ほど前の3回とも「町の湯」に入りました。

浴槽内で40度程度のややぬる目の湯に20分ほど1度浸かるだけです。単純温泉とは思えない“湯力”は明らかに並の温泉とは異なりました。

長湯は禁物…「湯治の湯」は“ひどく疲れる”

俵山のようなアルカリ性単純温泉は、最近ブームの美肌効果が優先されそうな湯と思い込みがちです。先入観をもたないで他の入浴客の所作を観察していると、そこの入浴法がある程度わかるものです。ぬる目の湯ですから、時折、深く深呼吸なぞして自然体で浸かります。最初は額から汗が出てきたら、「そろそろ上がりの時間」と考えて良いでしょう。

「町の湯」では15~20分程度浸かると十分です。昭和28(1953)年に九州大学温泉治療学研究所(当時)の矢野良一教授(リウマチの専門医)の調査・研究で確認されています。1時間入浴しても効果は変わらないとまで科学的なデータが示されています。

九州大学では戦前から継続的に俵山の研究が行われていました。じつはこのような科学的な研究が行われていた温泉は日本では意外にも珍しいことなのです。

「町の湯」に入っているとひどく疲れがきます。明らかにもう1か所の露天風呂付きの共同浴場「白猿の湯」とは異なります。新陳代謝のスピードの違いです。

一見、何の変哲もない湯と軽く見たのか、長湯していた湯客が浴槽から上がった瞬間、倒れて顎をしこたまタイルの床に打ちつけ、救急車で運ばれるのを、私は目の当たりにしています。温泉に馴れているはずの私でも朝食前に20分も浸かると、体への負担は相当なものでした。

宿に帰り、30分ほど横になった後、朝食です。1日3回の入浴を軸に、食事、散策、読書、そして睡眠だけ。人生の中でこのときほど贅沢に、また幸せを感じたことはなかったものです。「温泉に恵まれた日本に住んでいて良かった」と、素直に思える日々でした。当初期待した以上に、数年分の“免疫力”の蓄えを実感しながら、札幌への帰途についたのでした。

湯治を終えたあとは「病院知らず」

7泊8日の湯治を終えた後、私の体調はいつにも増して健康そのものでした。相変わらず「病院知らず」の生活が現在まで続いており、また俵山湯治後は風邪をひくことはめったになくなったことも事実です。

それはきちんとした湯治を経験して、体調の管理が適切になったからに違いありません。

成分が薄くても、なぜ“効く”のか?

「俵山のような単純温泉がなぜ効くのか?」を、科学的に確認する方法はないものか? 入浴モニターによる実証実験で、俵山という単純温泉の効き目を実証できないものか? 湯治を終えて以来、この2つの課題をぜひともクリアしたいと考えました。

「成分が薄くても効くのはなぜなのか?」この疑問を確認するために、「酸化還元電位(ORP)」による評価法を導入したのはいうまでもありません。

温泉の本質を化学的に一言でいうと、その還元作用にあります。「町の湯」では、湯口から浴槽(一号湯)に注がれた湯はあふれて隣の浴槽(二号湯)に流れ出す仕組みになっています。一号湯は源泉かけ流しで、二号湯は濾過循環されており、湯温は下がります。

[図表]「町の湯」の2つの浴槽(男性用) 出所:『全国温泉大全: 湯めぐりをもっと楽しむ極意』(東京書籍)より抜粋

一号湯の湯口下の酸化還元電位はマイナス218mV(ミリボルト)、pHは9.06、湯温は39.6度。湯が隣の二号湯の浴槽にあふれ出る直前の湯尻で、酸化還元電位はマイナス206mV、pHは9.03、湯温は39.4度でした。酸化還元電位の値は低いほど、とくにマイナスを示すほど「鮮度の高い」、「活性のある」温泉であると考えられます。

どの位置で入っても“湯力”に変化なし…調査してわかった「俵山温泉」の希少価値

浴槽内の湯の酸化還元電位がマイナスの場合、「還元力に優れた温泉」と考えて良いでしょう。なかでも浴槽のどの位置で入浴しても湯力にほとんど変化のない俵山温泉は、極めて希少価値の高い温泉といえます。

湯口下でも湯があふれ出る湯尻でも、浴槽内ではほとんど差がないからです。ただ、温泉は生命力を有する“生きもの”であるため、酸化還元電位も季節や気象条件によって絶えず変化します。

温泉はデリケート…鮮度が落ちない「賢い入浴法」とは?

かつて“名湯”といわれた温泉は、優れた還元系の温泉であったことは間違いないでしょう。ところが温泉源を取り巻く環境の悪化が還元力を弱らせていることもまた事実です。

やむを得ない面もあります。俵山温泉の場合は地域の人々の努力で自然環境が保たれ、主力の「町の湯源泉」は昔ながらの自然湧出が維持されています。

その甲斐もあり、湯口から浴槽に注がれた直後の湯と湯口からもっとも離れた湯尻の湯を比較すると、わずか6%程度しか酸化(「温泉の老化現象」)が進んでいない。じつはこのような風呂は“奇跡的”なレベルといえます。

源泉かけ流しの温泉であっても、私たちの調査ではふつう湯口から湯尻まで流れる間に温泉の“活性”は25%前後にまで落ちます。流れながら瞬く間に酸化されて、湯の鮮度、活性が衰えるわけです。それほど温泉はデリケートな“鮮水”なのです。

活性が半減、50%程度にとどまれば「酸化されにくい温泉」、すなわち「抗酸化作用に優れた温泉」と呼んでも良い、と考えています。

したがって、温泉の本質である還元系を活かした“源泉かけ流し”の風呂の場合、湯尻から浴槽に入り、最終的には湯口付近に浸かることが「賢い入浴法」と記憶してください

松田 忠徳
温泉学者、医学博士

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