「高齢者の免許返納」は要介護老人を増やすだけ、といえるワケ【医師が解説】

(※写真はイメージです/PIXTA)

高齢者の交通事故が報道されるたびに「免許返納」が叫ばれます。しかし、本当に高齢者の免許返納はメリットばかりなのでしょうか。本稿では医師の和田秀樹氏の著書である『70代で死ぬ人、80代でも元気な人』(マガジンハウス)より一部を抜粋し、高齢者の免許返納の必要性について解説します。

高齢者の「免許返納」による弊害

コロナ禍の始まる前から日本の高齢者は自粛を強いられてきましたが、私がいちばんひどいと思っているのは「免許返納」です。

高齢者の運転する車が事故を起こすたびに、在京のテレビ局は免許返納を訴えました。「私は返納した」「親を説得して返納させた」という人たちが、大威張りでコメントしました。でも在京のテレビ局は、地方で暮らす高齢者が免許を返納すればどれだけ不便になるのかまったく想像できていません。

旅行や気晴らしのドライブに出かけられないだけでなく、買い物にも病院にも行けないのです。行政のさまざまな手続きもできないし、地域の行事にも参加できません。

これでは閉じこもって暮らすしかありません。しかも小さな用事でも子ども夫婦などに頼るしかないのですから、遠慮ばかりしていじけて暮らすことになります。まだまだ身体は元気なのに、意欲も気力もどんどん衰えていくのです。

実際、免許返納した高齢者のその後の調査をしてみると、6年後には介護が必要になる人の数は2.2倍に増えているという筑波大の研究データがあります。また、国立長寿医療研究センターの調査では、なんと8倍になるというデータもあります。

つまり、高齢者の免許返納は要介護老人を増やす効果しかないのです。その費用をテレビ局が負担してくれるのでしょうか。

高齢者が自分から免許を返納すれば、周囲の人から「偉いね」「前向きだね」と褒められます。中には「車で移動ばかりしているより、歩いたり自転車に乗ったりしたほうが老化の予防になる」と考える人がいるかもしれません。

しかし、ふだん車に乗っている高齢者が自転車に乗るというのはとても危険です。うっかり転んでしまって骨折して寝たきりになってしまった、というケースを私も何件か知っています。そして、歩行者が事故に遭うケースでも、高齢者が圧倒的に多いのです。

それでも免許返納キャンペーンをテレビ局は続けるつもりなのでしょうか。

日本の「街」は高齢者を拒んでいる!?

たしかに高齢者、とくに75歳以上の事故は多いのですが、それでも16~24歳のほうがずっと多いのです。死亡事故に関しても75歳以上と16~24歳は同じくらいです。しかも高齢者の事故は自爆が多く、人を撥ねている割合はそれまでの世代の半分でしかありません。

つまり、高齢者が免許を持ち続けても自分が危ないだけで、加害者になってしまう確率は、他の年代よりむしろ低い。ところが高齢者が人身事故を起こした時だけ全国ニュースで大々的に取り上げられ、危険なイメージが広がってしまいます。

実際には高齢者のほとんどが安全運転です。スピードは控えるし、安全確認も丁寧です。無理な追い越しやあおり運転などもしません。夜間に運転することもないので、交通量の少ない地方の場合は、人身事故の可能性はほとんどありません。慣れた道ばかりですから迷ってパニックを起こすこともなく、買い物や病院に行くぐらいですから高速道路も使いません。

車の安全性能を高めたり、運転できるエリアを限定することで、高齢になっても車を乗りまわして日常生活の質を落とさないようにすることは十分に可能なはずです。

都会に車は必要ない?

都会はどうでしょうか?

電車やバスなどの公共交通に恵まれている都会なら車なしでも暮らせそうですが、現実には違います。電車やバスに乗ってターミナル駅に着いたとしても、そこから先が動けないからです。ホームに降りても、地下街やデパートまでエスカレーターはあまりなくて、階段の昇り降りを繰り返さなければいけません。

そして、ターミナル駅の周囲は歩道橋が張り巡らされています。歩道橋にエスカレーターはほとんど設置されていません。

つまり、高齢者は交差点を渡ることすら難しいのです。歩道橋は信号待ちをしなくて済み、交通事故に遭うこともないでしょうが、高齢者にとっては外出を拒む要塞(ようさい)のようなものなのです。

和田 秀樹
国際医療福祉大学/ヒデキ・ワダ・インスティテュート/一橋大学国際公共政策大学院/川崎幸病院精神科
教授/代表/特任教授/顧問

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