選手に「運命的…」と感じてもらうため、侍ジャパン前監督・栗山英樹氏が行ったクリスマスの演出<できる上司がやっている、部下を本気にさせる方法>

「(伝える)タイミングで(相手の)受け止め方は変わる」そう話すのは2023年3月、WBCで大谷翔平やダルビッシュ有などのスター選手を招集し見事チームを優勝へと導いた栗山英樹氏。WBCの選考結果を選手に伝えたときの工夫についてお伺いしました。※ 本記事は2023年7月刊行の書籍『栗山ノート2 世界一への軌跡 』(光文社)より一部を抜粋したものです

「各チームのエースを集めればいいわけでは…」

侍ジャパンのメンバーは、23年1月6日に12人を発表し、記者会見にはメジャーリーガーを代表して大谷翔平が同席してくれました。その後、26日に登録予定の30人を発表しました。

二段階に分けて発表したことに大意はなく、ポスターなどの告知用の素材が必要という事務的な理由を含んでいました。同時に、12人を発表した時点で、残りの18人が固まっていたわけではありません。投手を15人、野手を15人と定めましたが、その割合はギリギリまで考えていきます。野手がひとり減れば、役割分担も変わります。つまり、選考そのものが変わってくる。

6日の時点では、まだまだ不確定要素を多く含んでいました。選考に当たっては、いくつかのポイントがありました。過去のWBCでプレーした選手に話を聞くと、メジャーリーグでプレーする選手の言葉の力が大きかったというのです。肌で感じているアメリカ選手の具体策が、安心感につながったと。

第1回大会に西武ライオンズ在籍で出場し、MVPに選ばれた松坂大輔さんも、「第1回大会は、メジャーでやっている大塚晶文さんの言葉が大きかったです」と話してくれました。我々のチームにおいても、メジャーリーガーの参戦が重要になると感じていました。

WBCで勝つために、誰が考えても必要な選手がいます。私が監督でなくても選ばれる選手、という言いかたもできるでしょう。ただ、各チームのエースや強打者ばかりを集めればいいわけではありません。偉大な先輩方が築いてくれた、日本野球の特徴を前面に押し出していく。

具体的にはスモールベースボールと呼ばれるものですが、バントやヒットエンドラン、盗塁などの細かなプレーをきっちりこなすのはもちろん、パワー対パワーの真っ向勝負にも正々堂々と対応できる。どんな状況でも戦える「形」をもつ。そのためのメンバーを選ぶのが、私に課せられた選手選考でした。

侍ジャパンメンバーに、監督自ら選考結果を伝えるワケ

侍ジャパンのメンバーに選ばれた選手には、球団から選手へその旨が伝えられます。それがこれまでのルールだったのですが、私は選手一人ひとりに自分で伝えたいと考えました。球団からの事務的な連絡では、「そうか、選ばれたんだな」といった程度の受け止め方になるかもしれない。それでは困るのです。

なぜその選手を選んだのか、どんな思いで戦ってほしいのかを私から伝えて、いまこの瞬間から侍ジャパンの一員としての意識を持ってほしい。そのためには手紙がいいと思ったのですが、全員に同じタイミングで届けるのは難しい。選手の自宅に一斉に送ったとしても、オフで留守にしているかもしれません。そもそも、手紙を読まない選手がいるかもしれない。どうするべきか悩んだ末に、電話をかけることにしました。

選手に運命を感じてもらうために演出をこらす

大切にしたのはタイミングです。22年12月24日のクリスマスイブに、その時点で決定している15人ほどに電話をかけました。クリスマスプレゼントになるかどうかは分かりませんが、「心に残る形」というものはあります。

タイミングで受け止めかたは変わりますので、選ばれた瞬間の思いを胸に刻んで、やり甲斐に変えてくれるような伝え方をしたい、と考えました。クリスマスイブやお正月は、誰もがゆったりとした気持ちになる。感情がいつも以上に澄んでいる時期というか、その日起こった出来事が運命的に感じられたりします。そして、選手の心に刻まれる物語を作るのは、監督としての私の責任なのです。

ファイターズ時代、大谷に送った密かなメッセージとは

ファイターズの監督当時から、大切なことを伝える際にはタイミングにこだわっていました。たとえば、16年の開幕投手に大谷翔平を指名したのですが、彼には2月6日に伝えました。その日は元祖二刀流ベーブ・ルースの誕生日だったからです。メディアのみなさんには、2月22日の午後2時22分22秒に発表しました。「22」ではなく「2」に意味を持たせました。そう、「二刀流」を貫く翔平へのエールだったのです。

開幕投手が誰になるのかは、メディアのみなさんにとっての関心事です。そこにトピックを織り込むことで、より大きく取り上げてもらうことができます。そうやって周囲を巻き込み、ムーブメントを起こすことが、当事者のためにも、野球界のためにもなると思うのです。

それはちょっと凝り過ぎで恥ずかしいな、と思う方がいるかもしれません。40代や50代の男性は、「自分たちのような年代の男性がそんなことをしたら、相手に引かれちゃうのでは?」と、頭のなかに疑問符が浮かんでいるでしょうか。いえいえ、大丈夫です。60歳を過ぎた私がやっているのですから、どなたでもできるはずです。あとは、やるか、やらないか、だけです。

栗山 英樹

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