1人の相続人だけ多額の生前贈与を受けていた……。この事実が寝耳に水だった場合、納得し難い事態といえるでしょう。生前贈与は税金対策のほか、特定の相続人に確実に資産を渡す目的で行われることもあります。では、財産のほとんどが生前贈与されていた場合に、生前贈与を受けられなかった相続人が対抗する手段はあるのでしょうか。ベリーベスト法律事務所の代表・萩原達也弁護士が解説します。
そもそも、生前贈与とは?
そもそも、生前贈与とはどのような制度なのでしょうか。まずは、生前贈与の基本について説明します。
(1)生前贈与とは
生前贈与とは、生前に自分以外の第三者に財産を無償で渡すことをいいます。財産を贈与する人を「贈与者」、贈与を受ける人を「受贈者」と呼びます。生前贈与は、相続税対策や遺産分割におけるトラブルを回避する目的で行われることが多いです。
なお、生前贈与は金額に応じて贈与税が課税されますが、1月1日から12月31日までに贈与を受けた合計額が110万円までであれば、基礎控除の範囲内ですので贈与税は課税されません。
(2)生前贈与ができる相手
生前贈与をする相手に、特に制限はありません。そのため、相続人以外の第三者に対しても生前贈与をすることができますし、個人ではなく法人に対する生前贈与も可能です。
(3)生前贈与の方法
生前贈与は、「財産をあげます」、「財産をもらいます」という贈与者との受贈者との合意によって成立します。口頭の合意だけで成立しますので、契約書を作成しなくても生前贈与の効力には影響はありません。
生前贈与した分を取り返したい!実現可能?
相続開始後に、1人の相続人だけに多額の生前贈与がなされていたと知ったら、生前贈与を受けられなかった相続人は不満を覚えるでしょう。このようなケースにおいて、まず確認したいのは、「生前贈与が特別受益にあたるか」という点です。では、詳しくみていきましょう。
(1)特別受益とは
特別受益とは、相続人が被相続人から受けた特別な利益を指します。生前贈与のうち、次のいずれかに該当するものについては、特別受益の対象です。
・婚姻のための贈与
・養子縁組のための贈与
・生計の資本としての贈与
生前に、被相続人から多額の生前贈与を受けていた相続人がいる場合には、遺産相続の場面で相続人間に不公平が生じてしまいます。そこで、特別受益に該当する生前贈与があった場合には、特別受益を受けた相続人の相続分からその利益を差し引くことで、相続人間の公平を図ることが認められています。これを「特別受益の持ち戻し」といいます。
生前贈与された財産全額を取り戻すのは難しいこともありますが、遺産分割において、特別受益の持ち戻しを主張することで、生前贈与の額を前提とした遺産分割を実現できる可能性があります。
(2)生前贈与が特別受益に該当する場合の遺産分割の例
特別受益に該当する生前贈与がある場合、次のような計算式によって各相続人の具体的相続分を決定します。
・特別受益を受けた相続人(相続財産+生前贈与額)×法定相続分-生前贈与額
・特別受益を受けていない相続人(相続財産+生前贈与額)×法定相続分
では、具体的にどの程度の遺産を取り戻すことができるのか、「父が亡くなり、長男と長女の2人が相続人」という事案を例に説明します。
このケースにおいて、相続財産(亡くなった時点で父のものだった財産)は4,000万円あったとします。父は生前、長女に1000万円の生前贈与をしていました。この1,000万円が特別受益に該当する場合、前述の式に当てはめて計算すると、各相続人の具体的相続分が算出できます。
長男:(4,000万円+1,000万円)×1/2=2,500万円
長女:(4,000万円+1,000万円)×1/2-1,000万円=1,500万円
特別受益の持ち戻しがなければ、長男と長女の具体的相続分は、それぞれ2,000万円でしたので、特別受益の持ち戻しにより公平に遺産分割ができることがわかります。
(3)特別受益の持ち戻しをする際の注意点
特別受益の持ち戻しをする際には、注意するべき点があります。
①持ち戻し免除の意思表示があるケース
被相続人が特別受益の持ち戻しを免除する意思表示をしていた場合には、特別受益の持ち戻しは行われません。持ち戻しの免除とは、「生前贈与は加味せずに遺産分割をしてほしい」と被相続人が意思表示することです。
持ち戻しの免除の意思表示は、遺言書などにより明示的に表示されるのが一般的ですが、持ち戻し免除の意思があったと推測する、黙示の意思表示も認められています。たとえば、家業を継ぐために必要だった場合などに認められる可能性があります。
なお、相続法改正により、婚姻期間が20年以上の配偶者に居住用不動産が贈与・遺贈された場合には、原則として特別受益を受けたとものとしては取り扱わなくて良いことになっています。この点も、注意する必要があるでしょう。
②生前贈与を受けた財産が手元に残っていないケース
特別受益の持ち戻しは、現実に残された相続財産を公平に分割するための制度です。そのため、持ち戻しの結果、具体的相続分がマイナスになるケースでは、相続人個人の財産から支払いを求めることはできません。
前述した例において、父の相続財産200万円だったとすると、各相続人の具体的相続分は次のとおりです。
長男:(200万円+1,000万円)×1/2=600万円
長女:(200万円+1,000万円)×1/2-1,000万円=-400万円
長女の具体的相続分はマイナスになっているので、長女が遺産分割で受け取れる金額は0円です。長男は、残っている財産である200万(600万-400万)を受け取ることはできますが、長女に対して差分の400万円の支払いを求めることはできません。つまり、長男は遺産分割によっては、相続財産の200万円を受け取ることしかできないのです。
侵害された遺留分を請求することは可能
特別受益の持ち戻しができない場合でも、遺留分侵害額請求により侵害された遺留分を取り戻せる可能性はあります。
(1)遺留分侵害額請求とは
遺留分侵害額請求とは、遺言や生前贈与により遺留分を侵害された相続人が、遺言により相続や遺贈を受けた人または生前贈与を受けた人に対して、侵害された遺留分に相当する金額の支払いを求めることをいいます。
相続人には、最低限の遺産の取得割合である「遺留分」が保障されています。特定の相続人にすべての遺産を相続させる旨の遺言も有効ですが、そのままでは他の相続人は何も得ることはできません。
そのような場合、遺留分侵害額請求権を行使することで最低限の遺産を確保することができますので、遺留分侵害額請求は、相続人の遺産相続への期待を保護する制度といえるでしょう。
(2)遺留分侵害額請求の流れ
遺留分侵害額請求を行う場合には、一般的に次のような流れになります。
①遺留分侵害額請求権の行使
遺留分の侵害が明らかになった場合には、遺贈または生前贈与を受けた人に対して、遺留分侵害額請求権を行使して、侵害された遺留分に相当する金銭の支払いを求めます。
遺留分侵害額請求権の行使は、特別な方法が定められているわけではありませんので、口頭の意思表示でも足ります。しかし、後から時効の点で争われる可能性がありますので、配達証明付きの内容証明郵便を利用して行うのが一般的です。
なお、遺留分侵害額請求は、相続開始および遺留分の侵害があったことを知ったときから1年以内に行使しなければなりません。
②遺留分侵害者との話し合い
遺留分侵害額請求権の行使をした後は、遺留分侵害者との話し合いにより解決を図ります。話し合いの結果、合意に至った場合には、合意書の取り交わしを行いましょう。
③遺留分侵害額請求調停の申し立て
当事者同士の話し合いで解決できない場合には、家庭裁判所に遺留分侵害額請求調停の申し立てを行います。調停は、話し合いの手続きのため、合意が成立しない場合には、調停は不成立となります。遺留分侵害額請求を行う場合、調停は行わずに、すぐに訴訟をすることが多いです。
④遺留分侵害請求訴訟の提起
調停が不成立になった場合には、裁判所に遺留分侵害額請求訴訟を提起します。訴訟では、被相続人の財産や遺留分の侵害があったことを証拠によって立証しなければなりませんので、専門家である弁護士のサポートが必要になるでしょう。
黙って生前贈与がなされていたケースでは、さまざまな思いが渦巻き、感情的になりやすい事態でもあります。だからこそ、弁護士という第三者の意見を取り入れて、対応策を検討することも一案です。
※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています。
萩原 達也
ベリーベスト法律事務所
代表弁護士