“認知症になった後”でも「生前贈与が可能」なケースがある?…〈認知症になった親〉に生前贈与をしてもらう方法

(※写真はイメージです/PIXTA)

生前贈与とは、被相続人が生きている間に家族へ財産を贈与する方法のことです。ですが贈与者が認知症である場合に、生前贈与はできるのでしょうか? 本稿では、生前贈与を行うメリットや、認知症であっても生前贈与が可能となるケース、手続きの方法等について、詳しく解説します。

生前贈与とは? 生前贈与を行うメリットは

生前贈与とは、被相続人が生きている間に家族へ財産を贈与する方法です。

この方法ならば相続財産を徐々に減らせるので、相続が発生(被相続人の死亡)したとき、相続人の相続税負担の軽減が可能です。ただし、生前贈与の際、贈与者(被相続人)にではなく、受贈者(贈与を受けた人)に税金が課せられる可能性もあります。

受贈者には生前贈与も含めた贈与額が年間110万円を超えると「贈与税」が発生します。そのため、贈与者は受贈者1人につき、少なくとも年間の贈与金額を110万円以内に抑える必要があるでしょう。

認知症であっても生前贈与は可能?

生前贈与をしても、意思能力(自己の行為の結果を認識、判断できる精神能力)がなければ贈与は無効となります。

認知症はいろいろな原因で脳の細胞が死滅し、意思能力に重大な影響を与える脳の病気です。そのため、認知症を発症した贈与者の生前贈与は基本的に無効となります。

一方、軽度の認知症であれば、意思能力があると認められる可能性もあります。ただし、贈与当時に贈与者が軽度の認知症だったのかどうかを、家族が勝手に判断することはできません。

贈与当時の贈与者の医療記録、要介護認定等があれば調査結果資料を参考に、意思能力の有無を判断します。

認知症になった後で生前贈与をする際の注意点

贈与者が認知症と診断された後に生前贈与をする場合、次の点に気を付けましょう。

医師に必ず診断してもらう

まずは贈与者の主治医に、本人に生前贈与ができるかどうかを相談します。

主治医から診断してもらい生前贈与は可能と結論が出たら、カルテや診断書にその旨を記録してもらいましょう。この診断書等が贈与当時、贈与者本人に意思能力があった事実を示す有力な証拠となります。

また、主治医とは違う複数の医師から診断(セカンドオピニオン)を受けていれば、更に診断の信憑性は高まります。

診断後に贈与契約書を作成する

主治医からカルテや診断書に「本人に意思能力はある。」と記録してもらった後は、速やかに生前贈与契約書を作成しましょう。当然、本人に意思能力があれば契約書の作成も可能です。

贈与契約書には贈与契約を締結する日付が記録されるので、贈与者本人に意思能力のあるとき生前贈与契約が行われた事実を証明できます。贈与契約書には贈与内容・贈与日時・贈与方法等を明記しましょう。

また、契約に従い贈与が行われた事実を示すため、例えば金銭の贈与は日付・金額が記録される口座振込で行う等、工夫も必要です。

成年後見制度を利用した生前贈与は不可

成年後見制度は認知症となり判断能力が低下した人(被後見人)のために、代わりに財産管理や契約・法律行為を任せる「成年後見人(サポート役)」を選ぶ制度です。

成年後見人は被後見人に代わり契約行為を行えますが、同時に被後見人の財産を管理する役割も担います。

そのため、生前贈与は被後見人の財産を減らす行為に当たり、被後見人に代わり成年後見人が生前贈与を行うことはできませんので注意が必要です。

認知症になった親に生前贈与をしてもらう手続きの流れ

認知症になった後で生前贈与を行う場合は、医師の診断を受けながら、慎重に手続きを進める必要があります。

手続きの流れは次の通りです。

1.主治医に生前贈与が可能かどうかを相談

2.主治医に意思能力の有無を診断してもらう

3.意思能力ありと診断を受ける(さらにセカンドオピニオンを受ければ信憑性は高まる)

4.生前贈与のため契約書を作成

5.生前贈与を実行

生前贈与の際は、いろいろな書類を準備します。

・医師の診断書

・贈与契約書:2通作成し、贈与者・受贈者が1通ずつ保管

・印鑑:実印が好ましい

・収入印紙:不動産の贈与契約のときに必要、無償の贈与ならば200円分

なお、収入印紙が必要な場合、贈与契約書の左上に貼るのが一般的です。

認知症になってしまった後に起こりやすい相続トラブル

遺言書を作成した当時、遺言作成者が認知症を発症した場合、意思能力の有効性が争われ、相続人の間で相続トラブルが発生する可能性もあります。

もちろん、相続人全員が遺言の内容に納得しているなら、有効な遺言書として認められ、それに従い遺産を引き継ぎます。

しかし、相続人の一部が有効な遺言と認めない場合、裁判所に「遺言無効確認請求訴訟」を提起し、相続問題が長引いてしまうおそれもあるでしょう。このような事態とならないよう、生前贈与と同様に医師の診断を受け、意思能力ありと診断を受けてから、遺言の作成に移った方が無難です。

なお、医師の診断を受けた上で「公正証書遺言」を作成すれば、高い証拠能力を有する遺言となります。

公正証書は公務員である公証人が、その権限に基づいて作成する公文書です。そのため、遺言者の意思が直接反映され、遺言作成時に特定の相続人や第三者の意思が反映されるおそれはありません。

認知症患者の生前贈与に関する裁判事例

認知症患者の生前贈与が問題となった判例を2つ取り上げましょう。

生前贈与が認められた判例

認知症を患っていた贈与者(代表取締役)が、受贈者(会社関係者)に数千万円単位の贈与をし、相続人である子が争ったという事案です(東京高等裁判所令和2年9月29日判決)。

【判決】

贈与者には、贈与前から軽度の脳萎縮が認められたものの、高齢化に伴う緩やかなものと考えられると裁判所は判断しました。

そして受贈者へのお金の贈与は、長年自分を支えてくれたことへの感謝であり、贈与者の送金に不自然な点は無く、送金は贈与者の明確な意思に基づくものであると認定します。

よって、受贈者への送金は有効な贈与契約の履行としてなされたものである、と判示しました。

生前贈与が認められなかった判例

認知症を患っていた贈与者(当時80歳)には、相続人が4人いたにもかかわらず、なぜか相続人でない孫1人に全財産を贈与する、という契約書を作成しました。

その契約書の有効性が争われた事案です(松山地方裁判所平成平成18年2月9日判決)。

【判決】

贈与者には入院中、看護記録によれば「犬のように吠える」「自分の病室がわからない」「尿失禁」「突然大声を出したり笑ったりする」等、重い認知症の進行が確認されました。

そのため、裁判所はこのような状況の中、贈与者と受贈者との間で、贈与に関する意思の合致があったとは認められず、本件贈与契約は効力を有しないと判示しました。

認知症になる前に早めにやっておくべき相続対策

自分に判断能力がある内、相続に関する対策を進めておきたいならば、次のような方法を検討しましょう。

遺言書の作成

自分が誰かに財産を相続してもらいたいときは、判断能力が十分なうちに遺言書を作成しておきましょう。相続発生時、相続人は原則として遺言書の内容に従い、遺産の分配を実行します。

遺言書の種類は主に次の3種類があります。

・自筆証書遺言:遺言者が自筆で作成して保管する遺言方式

・秘密証書遺言:遺言の存在は明確にしつつも、内容自体は秘密にできる遺言方式

・公正証書遺言:遺言者の意思を直接確認しつつ、公証人が法律に従って作成する遺言方式

どの遺言方式を選んでも構いませんが、公正証書遺言で作成した方が、遺言書の破棄や改ざん等を防止できるので安心です。

家族信託を利用する

家族信託は子供や孫等、自分の信頼できる家族に財産管理やその運用、処分を任せる方法です。家族信託を利用する場合、自分に判断能力がある内に受託者となってくれる家族と契約する必要があります。

家族信託であれば自分(委託者)が死亡した場合、一次相続の受益者(利益を得る人)の指定が可能な他、二次相続(孫等が受益者となる)以降に遺産を承継する人や、承継財産の内容も契約時に決定できます。

子や孫達が遺産分割協議で揉める事態を避けたいならば、家族信託の利用も検討してみましょう。

認知症の人が生前贈与する場合の相談先は?

認知症の人が生前贈与を行うならば、やはり主治医に相談し、意思能力の有無を判断してもらう必要があります。

もしも、生前贈与の効力が有効か無効かで、争いが生じそうなときは法律の専門家である「弁護士」に相談し、助言を受けながら対策を講じた方が良いでしょう。

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