【アーヤ藍 コラム】第5回 猫の日に見て考えたい、動物と経済的困窮

社会課題への関心をより深く長く“サステナブル”なものにする鍵は「自ら出会い、心が動くこと」。そんな「出会える機会」や「心のひだに触れるもの」になるような映画や書籍等を紹介する本コラム。

愛猫家の方はご存知でしょう、2月22日は「にゃんにゃんにゃん」で猫の日です。
今回はある猫との出会いによって人生が大きく変わった男性の実話に基づく映画『ボブという名の猫 幸せのハイタッチ』の紹介からスタートしましょう。

男性の名前はジェームズ。ロンドンでプロのミュージシャンを目指すも夢破れ、路上で演奏して日銭を稼ぐ日々。家もなく路上で生活しています。もう一つ彼が抱えている問題は薬物依存症。ソーシャルワーカーのヴァルの助けを得て、中毒から抜け出すための代用薬を服用していますが、未来に希望を持てない中で"後戻り”してしまうことも。

そんな彼に、ヴァルが変わるきっかけとして住居を用意してくれます。そこで暮らし始めてほどなく、一匹の野良猫が居着くようになります。自分の食料を買うお金さえギリギリでありながら、ジェームズはその猫にご飯をあげ、ケガの薬代まで支払います。

ボブと名付けられたその猫は、ジェームズが路上演奏に行く時も、雑誌『ビッグイシュー』の販売[^undefined]に行く時も、必ず付いていき、肩に乗ったりして、「相棒」として彼と共に過ごします。そんなボブの姿は道ゆく人たちの注目を集め、ジェームズの売り上げは日々の食事に困らないほどにまで伸びていくことに。

※雑誌販売という仕事を提供しホームレスの人の自立を応援する事業。住まいを失った人がすぐにできる仕事としてロンドンで生まれ、日本を含めた世界各国に広がっている取り組み

その後も紆余曲折、山あり谷ありですが、ジェームズは、ボブのおかげで完全断薬する苦しいプログラムに立ち向かうことを決意。ボブがきっかけで会話する「友達」も増え、未来に向けて歩んでいけるようになります。そんなジェームズとボブのストーリーをつづった本はイギリスで150万部以上売れ、世界30カ国で翻訳出版されるベストセラーとなりました。そして映画化されたのが本作です。

Image credit:Selcuk S

ホームレス状態となる時、往々にして、経済的困窮だけでなく、「関係性の貧困」にも直面しているという話をよく聞きます。職を失い、経済的に困窮するほど、家族や友人から距離を自ら取ってしまう人もいれば、相手から距離を取られてしまうこともあります。逆に、そもそも家族と疎遠であるなど、相談したり助けを求める相手がいないために、自分ですべてを抱え込んでしまい、どんどん困窮していってしまうケースも……。

お金や物資などの物理的な助けだけでなく、「誰かとつながりがあること」「誰かが自分のことを気にかけてくれているということ」が、生きようとする支えになるはずです。そのことは、この映画においても、ソーシャルワーカーのヴァルや、言葉は交わせずともそばに居続けてくれる猫のボブの存在などからも感じます。

ちなみに、ビッグイシュー日本の東京事務所・所長、佐野未来さんが以前お話しされていたことで印象的だったことがあります。ビッグイシュー日本は昨年9月で20周年を迎えましたが、販売者となる、住まいを失った方々から感じる変化があるとのこと。一昔前は、バブルが弾けたあおりを受けて職を失った人たちが多く、その人たちは高度経済成長期に「社会に必要とされた経験」があった。一方、リーマン・ショックの頃から増え始めた若年層の人たちは、社会から必要とされた経験がない人が多いと……。これも「社会との関係性の貧困」と言えるかもしれません。

さて、関係性という「支え」において、大事な存在になりうる動物の家族たちですが、一緒に居続けることが難しい実情もあるようです。例えば、生活が困窮されている方の支援に長年携わっている認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい理事長の大西連さんが、現場での経験談をもとに著した書籍『絶望しないための貧困学 ルポ 自己責任と向き合う支援の現場』(ポプラ新書)に、脳梗塞で倒れて職を失い、職場が借り上げていた物件からも、一緒に暮らしていた猫たちと出なければならなくなった「サイトウさん(仮名)」が登場します。

サイトウさんは、しばらくは猫たちと河川敷でテント暮らしをしていましたが、ホームレスへの暴力事件が増えたことを機に、生活保護を受けようと決意します。しかし、生活保護を受けるにあたって、まず保護シェルターに入る必要があり、そのシェルターには動物は一緒に入れないという壁にぶつかります。

同じようにコロナ禍、ペットと暮らしていた人が仕事と家を突然失うという事態が少なからず起きていたようです。公的な支援を求めて役場に相談すると、まずはペットを処分するように言われたケースもあるのだとか……。

このように飼い主さんが経済的困窮に直面した犬猫たちの支援(宿泊費、フード代、医療費など)を一般社団法人反貧困ネットワークの「反貧困犬猫部」で行っています。映画のボブにちなんだ「ボブハウス」というペットと泊まれる個室シェルターも運営されています(つくろい東京ファンドと協働)。

最後に、日本におけるホームレス状態にある方々の実情についても押さえておきましょう。時代・社会の移り変わりとともに「ホームレスの現状」が変化していることをご存知でしょうか。

厚生労働省「ホームレスの実態に関する全国調査」の結果によれば、「全国のホームレス人数」は減少し続けています。2008年と15年後の2023年を比較すると約5分の1です。

厚生労働省のホームレス実態調査に基づき筆者作成

大幅に削減しているように見えますが、この調査における「ホームレス」は「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」。ですが、実は今はこうした「外」の空間ではなく、ネットカフェや24時間開いている飲食店などを寝床にしている「ホームレス状態」の人が増えているそうです。東京都が2018年に行った「住居喪失不安定就労者等の実態に関する調査」では、インターネットカフェ等をオールナイト利用する「住居喪失者」は東京都全体で1日あたり約4000人という結果が出ています。分かりやすく路上等で生活しているわけではないため、以前より生活困窮状態にある人が「見えにくくなっている」とも言われます。

経済的困窮に陥る背景には、不安定な雇用形態や職場のハラスメント、差別、家族との問題や病気などさまざまな要因が絡んでいて、一括りにして語ることはできません。そして、いろいろな人のエピソードを知るほどに、自分や自分の身近な人にも起きることかもしれないと感じます。

自分自身や自分の家族・友人などが困窮状態に陥った時、具体的にどんな問題が起きうるか知っていますか?
その対策としてどんな制度があるか、どんなところへ頼れるか、思い浮かびますか?

「まずは知る」こと、そして何かあった時に相談したり助けを求めたりしあえるような関係性を育んでおくことが、あなた自身やあなたの「つながり」の先にいる誰かの未来を支えることに、きっとなるはずです。

映画『ボブという名の猫』に関連した記事が載っている『ビッグイシュー』
316号(PDF版の購入可能) https://www.bigissue.jp/2017/12/4083/
422号(オンラインで取り寄せ可能) https://www.bigissue.jp/backnumber/422/

上記号の在庫は持っていない可能性が高いですが、都市部エリアでは販売者さんが販売を行っています。ぜひ販売者さんから最近の号などを直接手にしていただければ!
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▼映画『ボブという名の猫 幸せのハイタッチ』
(2016年製作/103分/イギリス)

アーヤ 藍(あーや・あい)

1990年生。慶応義塾大学総合政策学部卒業。在学中、農業、討論型世論調査、アラブイスラーム圏の地域研究など、計5つのゼミに所属しながら学ぶ。在学中に訪れたシリアが帰国直後に内戦状態になったことをきっかけに、社会問題をテーマにした映画の配給宣伝を手がけるユナイテッドピープル会社に入社。約3年間、環境問題や人権問題など、社会的イシューをテーマとした映画の配給・宣伝に携わる。同社取締役副社長も務める。2018年より独立し、社会問題に関わる映画イベントの企画運営や記事執筆等で活動中。2020年より大丸有SDGs映画祭アンバサダーも務める。

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