ロケットに乗ったネコ「フェリセット」 宇宙開発に貢献したネコのお話

高度約400kmの地球低軌道を周回する国際宇宙ステーション(ISS)に宇宙飛行士が常駐するようになってから今年で24年。今でこそ“いつも誰かが宇宙飛行している時代”になりましたが、宇宙飛行の人体への影響がまだまだ未知の領域だった宇宙開発の草創期には、人間の代わりに動物による宇宙飛行が行われました。

たとえば、旧ソ連が1957年11月に打ち上げた人工衛星「スプートニク2号」に搭乗したイヌ「ライカ(Laika)」の名前を聞いたことがある人は多いのではないでしょうか。動物による宇宙飛行を行ったのは旧ソ連だけではなく、アメリカも1961年1月にチンパンジー「ハム(Ham)」による準軌道飛行などを行い、長時間の微小重力状態に人間が耐えられるのかどうかを探ったのです。

人類の宇宙開発に貢献した動物の中には、私たちにとってイヌと並んで身近な動物である1匹のネコの姿があります。その名は「フェリセット(Felicette)」。彼女は1963年10月にフランスの観測ロケット「ヴェロニク(Veronique)」で準軌道飛行を行い、宇宙空間に到達して貴重なデータをもたらしました。

そんな彼女の貢献について、在日フランス大使館でCNES参事官補佐を務めるガブリエル・ギシュ(Gabrielle Guicheux)さんにお話を伺いました。インタビューにはCNESで宇宙生物学顧問を務めていたミシェル・ヴィーゾ(Michel Viso)さんにもご協力いただきました(CNES=フランス国立宇宙研究センター)。

【▲ 1963年10月に宇宙飛行(準軌道飛行)を行ったネコ「フェリセット」。耳と耳の間には頭部に埋め込まれた電極と繋がる端子が見えている(Credit: CNES/CERMA)】

■同期のネコたちのなかでも一番穏やかな性格だった

──フェリセットはどのようなネコだったのでしょうか。

1960年代に、フランスの航空医学研究教育センター(CERMA)が主導する宇宙生物学プログラムのためにパリのペットショップで14匹のネコが購入されました。当時はオスよりもメスのほうが穏やかな性格をしていると考えられていたため、14匹はすべてメスでした。そのうちの1匹がフェリセットです。彼女は体重2.5kgの小さなネコで、とても穏やかな性格をしていたことから、ロケットに搭乗させるネコの有力な候補になりました。

──フェリセットたちはどのような訓練や宇宙飛行を行ったのでしょうか。

14匹のネコたちは人間の宇宙飛行士と同じように様々な訓練を受けました。フライトシミュレーション、拘束具、遠心機での耐G訓練、ロケット発射時の音を聞く訓練などです。彼女たちの頭には電極が埋め込まれていて、実際の飛行時と比較するために訓練中もデータが取得されました。

飛行の前日には最終候補として6匹のネコが選び出され、その中でも最も穏やかだったフェリセットが最終的に選ばれました。彼女を乗せたヴェロニクロケットの打ち上げは1963年10月18日にアルジェリアのアマギールで行われ、高度157kmに到達することに成功してフェリセットも無事回収されました。飛行時間は5分間の微小重力状態を含む13分間でした。続く1963年10月24日には別のネコが打ち上げられましたが、この時は残念ながらロケットが墜落してしまいました。

飛行中に得られたデータを分析するため、生還したフェリセットはパリへと戻されました。残念なことに、電極が脳内の正しい位置に埋め込まれていたことを実証するために、彼女は飛行から2か月ほど後に永遠の眠りにつくことになりました。

■最初からフェリセットと名付けられてはいなかった

──フェリセットという名前は最初から付けられていたのでしょうか。

いいえ、14匹のネコはすべてコードネームで呼ばれていました。訓練中や飛行中に起こり得る事態を考慮して、ネコたちと一緒に働くスタッフが愛着を抱きすぎないようにするためです。フェリセットも当初は「C341」と呼ばれていました。

しかし、C341の宇宙飛行を伝えたフランスのメディアは彼女がメスであることを知らないうちに、そっくりな漫画のキャラクターにちなんで男性名の「フェリックス(Felix)」と呼び始めました。そこで、CERMAはC341の名前をフェリックスの女性名であるフェリセットに正式に改めたのです。

──フェリセットの他に名前が付けられたネコはいなかったのでしょうか。

他にも1匹「スクービドゥー(Scoubidou)」と名付けられたネコがいました。彼女は実験にあまり反応しなかったためプログラムから外されて、代わりにマスコットになったネコです。スクービドゥーはプラスチックの紐で三つ編みを作る手芸のことで、1960年代当時とても人気がありました。彼女は首にスクービドゥーの三つ編みを着けていたので、この名前が付けられました。

■微小重力状態での神経機能の研究に貢献

──CERMA主導のプログラムについて詳しく教えて下さい。

プログラムの目的は宇宙における動物の行動、特に空間定位と平衡に関連した神経機能の研究でした。当時は人間における同様の神経機能が宇宙飛行では阻害され、宇宙進出の障害になると考えられていたからです。フェリセットの飛行は哺乳類の空間定位と平衡が微小重力の影響を受けないことを証明するのに役立ち、科学的な成功をもたらしました。

プログラムに携わったチームはまず3匹のネズミによる飛行を行いました。そのうちの1匹は1961年2月22日の飛行で生還して「ヘクター(Hector、フランス語読みではエクトール)」と名付けられています。次により大きな哺乳類としてチームがネコを選んだのは、当時の神経学的な実験ではネコがよく用いられていて、比較するための記録が豊富に存在していたからでした。

また、フェリセットの飛行で得られたデータを分析した研究者は、微小重力環境下で感覚の手がかりを失った彼女の脳が休眠状態に入ったことを確認したとされています。人間ではそのような状態が観察されることはありませんでしたが、1990年代末にアメリカとロシアの共同で実施された実験(Biocosmos)ではアカゲザルで同様の特性が記録されています。

【▲ フェリセットとともに訓練を受けたネコの1匹(Credit: CNES/CERMA)】

──現在のフランスではフェリセットの貢献はどのように受け止められていますか?

残念ながら、フランスではフェリセットの物語はまだあまり知られていません。彼女の宇宙飛行の後、1965年3月に旧ソ連の宇宙飛行士アレクセイ・レオーノフによる世界初の宇宙遊泳、1965年11月にフランス初の人工衛星打ち上げ、1969年7月にアポロ11号による世界初の有人月面着陸といった大きな成果が続いたためです。イヌのライカやチンパンジーのハムとは違い、フェリセットには宇宙飛行の記念碑もありませんでした。

最近になってフェリセットの記憶を呼び覚まそうと動いたのはイギリス人のマシュー・ガイ(Matthew Guy)氏でした。彼は2017年にクラウドファンディングで約5万ユーロを集め、2019年12月にはストラスブールにある国際宇宙大学(ISU)のホールでフェリセットの銅像をガガーリンの胸像の隣に設置しています。

この他にも、2018年にトゥールーズ大学の学生団体が100パーセント学生によって運営される天文台の建設を目指してフェリセットの名を冠したプロジェクトを立ち上げました。また、フェリセットの宇宙飛行から60周年を迎えた2023年10月には、彼女に敬意を表して宇宙のネコについてのSF小説集が出版されています。

■忘れてはならない犠牲、語り継ぎたい貢献

宇宙開発に限らず、医学や生物学などの分野でも人間に代わって動物を用いた実験や研究が行われてきました。私たちの文明社会は人間自身はもちろん、少なからぬ動物たちの犠牲の上にも成り立っているということを改めて感じさせられました。ギシュさんはインタビューの中で「宇宙機関として私たちはいつも未来に目を向けていますが、宇宙進出のために払われた過去の犠牲を忘れてはいけません」と語っています。

その一方で、ギシュさんは「フェリセットの記念、追悼に日本の人々が貢献したいと考えていることを私たちは嬉しく思います。ネコがとても大切にされ愛されている日本、そんな日本の宇宙ファンの心にフェリセットの物語が響くことを願っています!」とも語ってくれました。宇宙進出に貢献したネコ、彼女とその仲間たちのことも忘れずに語り継いでいきたいと思います。

■sorae発「にゃんたい観測」スタート!

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文/sorae編集部

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