米アラバマ州の主要病院、体外受精治療を停止 凍結胚は「子供」との州最高裁判決受け

米アラバマ州の最高裁判所は16日、凍結保存された胚は「子供」とみなされるとし、凍結胚を誤って破棄した者は責任を問われる可能性があるとの判決を出した。これを受け、同州の主要病院が21日、体外受精(IVF)治療を一時停止すると発表した。アメリカの生殖医療をめぐって新たな問題が生じている。

アラバマ州最大の病院であるアラバマ大学バーミンガム校の医療システムは、州最高裁の判決を受け、刑事訴追される恐れがあるとして体外受精治療を一時停止した。

女性の卵巣からの採卵は継続する方針だとしている。しかし、その卵子を子宮に移植する前に行う体外受精における次のステップは中止するという。

「体外受精で赤ちゃんを授かろうとする患者の取り組みに影響が出ることを、私たちは悲しく思う」と、同医療機関は声明で述べた。

「しかし、体外受精の標準的治療を行ったことで、患者や医師が刑事訴追されたり懲罰的損害賠償に直面したりする恐れがあることを検討しなければならない」

医療の専門家や生殖に関する権利を擁護する団体は、今回の判決がアラバマ州内外の不妊治療に悪影響を及ぼす可能性があると警告した。

一方、保守的な団体は判決を歓迎し、最も小さな胚であっても法的保護に値すると主張した。

凍結胚をめぐる訴訟、きっかけと判決

今回の判決は、2020年に不妊治療クリニックで、胚を紛失された3組のカップルが起こした不法死亡訴訟で出された。

胚が保管されている場所に1人の患者が入り込み、胚を誤って落としたという。その結果、胚が破損した。

3組のカップルはアラバマ州の未成年者の不法死亡法に基づき、「生殖医療センター」と「モービル保健医療協会」を訴えた。この州法は胎児にも適用されるが、体外受精の胚も対象になるとは具体的には定められていない。

同州の下級裁判所は凍結胚は人あるいは子供には該当せず、不法死亡訴訟の対象にはならないと判断した。

しかし、州最高裁は、凍結胚は「子供」と見なされると、カップル側の訴えを支持する判決を出した。

そして、不法死亡法は「場所を問わず、まだ生まれていないすべての子供」に適用されるとした。

トム・パーカー裁判長は多数意見に同調し、「すべての人間は、生まれる前から神の似姿であり、神の栄光を消し去ることなくその生命を破壊することはできない」とした。

アラバマ州の不妊治療患者への影響は

アラバマ州最高裁の判決は、体外受精を禁止あるいは制限するものではない。実際、訴えを起こした3組のカップルは前向きに体外受精を模索していた。

それでも、体外受精がアラバマ州法で合法かどうか混乱が生じる可能性があると、複数の専門家は指摘する。もし胚が人とみなされるなら、どのような胚の使用・保管がクリニック側に許されるのか、疑問が生じるかもしれない。

「リプロダクティブ・ライツ(生殖に関する権利)センター」の州政策担当責任者エリザベス・スミス氏はBBCに対し、「すべての(体外受精した)胚が使用されるわけではないし、すべてを使用することもできない」と述べた。

「胚に法的な人格を求める法律を制定すれば、家族をつくるために多くの人が頼りにしている科学技術である体外受精の利用に悲惨な結果をもたらす恐れがある」

この法律をめぐるあいまさは、患者自身にも影響が及ぶ可能性がある。患者は、体外受精の現行の手順がいまも利用可能なのか、あるいは合法なのか不安に思っているかもしれない。

アラバマ州の医師会は、「この判決の重要性は、アラバマ州の全住民に影響を及ぼすだろう。家族を持ちたいと願う人々の不妊治療の選択肢が制限されることで、誰かの子供や孫、めい、おい、いとことなりうる赤ちゃんの数が減少する可能性は高い」との声明を出した。

アメリカの中絶めぐる議論との関係は

米連邦最高裁が2022年6月に、アメリカで長年、女性の人工妊娠中絶権は合憲だとしてきた1973年の「ロー対ウェイド」判決を覆す判断を示した際、それぞれの州が、中絶問題をめぐる独自の法律を制定する道が開かれた。

それ以降、民主党が多数を占める州の議会は中絶へのアクセスを拡大し、共和党が多数派の州は中絶を制限してきた。

アラバマ州はすでに、妊娠の全ての段階における中絶を全面的に禁止している。

ホワイトハウスはアラバマ州最高裁の判決について、「連邦最高裁がロー対ウェイド判決を覆し、政治家が各家庭の最も個人的な判断のいくつかに口を出す道を開いた時点で私たちが予想した混乱そのもの」だとした。

中絶反対派もこの判決を注視している。胚や胎児が法的にどの時点から人とみなされるのかという問題は、多くの州の中絶をめぐる制限の要素となっている。

保守派キリスト教系法律家団体「自由防衛同盟」(ADF)は、アラバマ州最高裁の判決を「生命に対するとてつもない勝利」だと評価した。

「どのような状況であれ、すべての人間の命は受胎の瞬間から価値がある」と、ADFの広報担当デニース・バーク氏はBBC宛ての声明で述べた。「私たちは州最高裁が、アラバマ州法がこの基本的な真実を正しく認識していると判断してくれたことに感謝している」。

ほかの反中絶活動家たちは、体外受精は妊娠中絶に比べて、倫理的にそれほど明確な問題はないとした。

2018年に、中絶に関するアラバマ州法の草案作成に携わったエリック・ジョンストン弁護士はBBCに対し、「概して、反中絶コミュニティは、受精卵には保護が必要だと言うものだ」と述べた。

一方で、中絶反対派にも体外受精で子供を授かったカップルはいると認め、そうした人々を非難するつもりはないとした。

「これはジレンマだ。ジレンマとは、満足のいく答えがないものだ」と、ジョンストン氏は付け加えた。

他州ではどうなる

アメリカの各州は、しばしば他の州の法律を模倣する傾向がある。中絶に関しても、そうした傾向がみられる。多くの場合、どのような州法や政策が州議会を通過したのか、あるいは法的な異議申し立てに抵抗したのか、互いにヒントを得る。

アラバマ州最高裁の判決は同州にしか適用されない。それでも、凍結胚を法的に子供や人とみなすべきだという考えを推進するための法的試みや訴訟が、ほかの州で起きる可能性があると、複数の専門家はみている。

ただ、アラバマ州の判決は州裁判所が出したものであり、連邦法ではなく州法の解釈に関するものだ。そのため、中絶問題のように、この特定のケースが連邦最高裁まで争われる可能性は低いだろうと、専門家は指摘する。

米疾病対策センター(CDC)によると、アメリカで2021年に体外受精で生まれた赤ちゃんは9万7128人に上る。

アメリカ政治への影響

「ロー対ウェイド」裁判で当時の最高裁は、賛成7、反対2で、胎児が子宮外でも生きられるようになるまでは女性に中絶の権利があると認めた。妊娠23〜25週に相当する期間までの中絶の権利が保障されたこの判決が、2022年に覆されて以降、中絶の権利は民主党が共和党に勝利するうえでの争点となってきた。

今回の判決を受け、今年11月の米大統領選に向けた民主党候補者指名争いで、アメリカ全土で不妊治療へのアクセスを保護する公約を掲げる人が出てくる可能性がある。

一方で共和党の政治家は、米国内での中絶の禁止あるいは制限を求める、保守的で信仰心のあつい人々の側に立つことが多い。

ドナルド・トランプ前大統領との共和党の指名争いで唯一残っている有力候補のニッキー・ヘイリー元国連大使は、アラバマ州最高裁の判決を支持した。

「私にとって、胚は赤ちゃんそのものだ」とヘイリー氏は述べた。「胚について語るということは、私にとっては、生命を語るということだ。だからこそ、この問題について人々が語っている時、私には彼らの言いたいことが分かっている」。

(英語記事 Major Alabama hospital pauses IVF after court rules frozen embryos are children

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