トランスジェンダー予備自衛官の本音|小笠原理恵 バイデン大統領は2021年1月25日、トランスジェンダーの米軍入隊を原則禁止したトランプ前大統領の方針を撤廃する大統領令に署名した。米軍では大統領が変わるごとにLGBTの扱いが激変――。だが、自衛隊ではお互いに理解を深めつつ共存している。その一例をご紹介しよう。

トランスジェンダー入隊禁止で揺れた米国

2017年、トランプ大統領(当時)はツイッター上でトランスジェンダーが軍に入隊することを禁止する方針を発表。意見は分かれ、大きな議論となった。この方針に反対する訴訟が複数起こり、この方針が合法であるという判決もあれば、違法とする判断もあった。

米国はもともと英国の清教徒から始まり、キリスト教国家として建国された国で、キリスト教的な戒律主義がいまだに根強く残っている。

共和党の最大支持基盤となっているキリスト教宗派の一部には反同性愛活動家や中絶禁止派が存在し、聖書の文言に基づき、同性愛に否定的な立場をとる。旧約聖書の記述をもとに同性愛を罪と見なす宗派もある。

2021年1月、トランプ大統領の後任であるバイデン大統領は、トランスジェンダーが米軍に入隊できる方針に戻す大統領令に署名した。ここから米軍は大きく変化した。

2022年1月、米国退役軍人省は軍人の医療記録の性別に「トランスジェンダー男性」「トランスジェンダー女性」「ノンバイナリー(従来の区分に当てはまらない性)」の3種類を加えた。このためLGBTはLGBTQと表現されるようになった。Qはジェンダークィア(Genderqueer)で伝統的なジェンダーの境界線にはまらない人々を指す。

米国の2024年会計年度の国防計画の予算の議論では「ブロック20の空軍のF-22戦闘機を退役させるかどうか」という議論以上に、軍人やその家族に対する中絶や性の多様性についての扱いで紛糾した。

これまで米国ではLGBTQ、特にトランスジェンダーの2割近くが医療保険に加入することができず、病院に行けない状態であった。住宅を賃貸するにもLGBTであることを理由に賃貸契約が結べず、ホームレスになることも多かった。

この部分だけでも日本と米国とのLGBTQに対しての温度差は激しいことがわかる。

陸軍退役軍人のK 氏は医療の訓練も受けていないにもかかわらず、麻酔もせず自宅で右睾丸を切除――この手術で動脈を切断してしまい、入院することとなった。医療ケアを受けることはできるが、退役軍人省では性転換手術(性別適合手術)については認められていない。

米国では性転換手術に日本円で約731万円~1902万円の費用が掛かる。Kの事例は医療費を支払うことができず、自暴自棄になって自分で手術してしまった結果だった。

2024年の米国大統領選はトランプ氏が優位と伝えられている。

2016年当時、予備役を含めて約1万人のトランスジェンダーの軍人がいたが、前述のように、2017年、トランプ大統領(当時)はトランスジェンダーの軍への入隊拒否を表明した。

現在、バイデン大統領の政策でトランスジェンダーの隊員への配慮が求められる制度が積み重なっていくなか、大統領選の結果と、その後の米軍のLGBTQに対しての政策がどうなるかは注目したい。

トランスジェンダーを許容する自衛隊

個人情報のため詳細は公表されていないが、自衛隊にも自身がLGBTであることを部隊内でカミングアウトしている隊員がいる。自衛隊では職務に支障がない限りは性的マイノリティであることやカミングアウトを理由に退職を迫る仕組みはない。求められる職務をこなせば、誰もが等しく職業人として扱われる。

諸外国の人々と日本人の間には、異なる歴史観や宗教観がある。LGBTに対して日本人はおおらかだった。2023年6月16日に国会で成立した「LGBT法」が無くともお互いが歩み寄っていたはずだ。

米軍では大統領が変わるごとにLGBTの扱いが激変。だが、自衛隊ではお互いに理解を深めつつ共存している。その一例をご紹介しよう。

元官僚であり、予備自衛官(6期目を更新)の訓練に励むトランスジェンダー「美月氏(仮名)」にインタビューした。

彼(彼女)が予備自衛官となったのは、もともと米軍の軍人の家系で在日米軍の基地内に居住した経験があったからだ。

米国で生まれ育ったため英語も堪能で、公務員時代に様々な資格も取得。これがイザと言うときに自衛隊の力になると考えて美月氏は予備自衛官に志願した。

最初に美月氏に聞いた。
「昨年6月にLGBT法ができたことをどう思いますか?」

即座に答えが返ってきた。
「選挙の人気目当ての法律なんかいらない。そっとしておいてほしい」

彼(彼女)は続ける。
「小中学校や地域でLGBTについてわざわざ時間を割いて教える必要はないと思います。ただ、理解増進には賛成。LGBTと一括りにされてしまうけれどみなそれぞれ違う。一人の人間として理解してほしいです」

美月氏は戸籍上男性だが、性転換手術で女性となった。米軍士官の祖父のもと米国で育ち、母親の勧めで日本に帰国。外資系企業を経て、公務員上級職に合格。その後、民主党政権時に大きな疑念を持ち、中途退職。この時は女性と結婚しており子供もいた。

退職をきっかけに、自らの性の問題に向き合うことに……。彼(彼女)の場合、生まれた時の性と性自認が違うLGBTのT(トランスジェンダー)であった。

美月氏は「クロスドレッサー」

「生まれつきの性(男性)から女性への性転換手術を受けました。女性の体を持ちたがるのなら性対象は男性なのだろうと多くの人はそう考えがちですが、私は男性に全く性的興味はありません」と美月氏はきっぱりと言い切った。

美月氏はトランスジェンダーのなかでも「自分は女性として社会で生きていたい」と考えて性転換した「クロスドレッサー」なのだという。自分が生まれついた男性という性に大きな違和感をもち、男性の体も、スーツにネクタイなどの男性の服装も大きなストレスとなってきた。

この「悩み」を一生抱えて生きていく苦しみより、カミングアウトしてトランスジェンダーとしての「悩み」と共に生きる道を選んだ。女性への性転換をしたからといって、一概に男性が性対象というわけではない。トランスジェンダーのなかでも様々な違いがある。

「そのあたりは一人ひとり違うので、その点を説明しましょう。LGBTの中でも、『T』すなわち『トランスジェンダー』の方々(私も含む)の性的指向は非常に多様です。これには私も正直驚きました。例を挙げてみると次のようになります」

①「MTF:男→女」の場合
A: 男性が好き(性交が有る、無し、を含む)
B: 女性が好き(性交が有る、無し、を含む)
C: トランスジェンダーの男性が好き(性交が有る、無し、を含む)
D: トランスジェンダーの女性が好き(性交が有る、無し、を含む)
E: 性的興味が無い(女性として社会で生きることが目的)

美月氏はEのカテゴリーに該当するという。

②「FTM:女→男」の場合
A: 女性が好き(性交が有る、無し、を含む)
B: 男性が好き(性交が有る、無し、を含む)
C: トランスジェンダーの女性が好き(性交が有る、無し、を含む)
D: トランスジェンダーの男性が好き(性交が有る、無し、を含む)
E: 性的興味が無い(男性として社会で生きることが目的)

美月氏によると、トランスジェンダーには大まかにこのように分けられるという。「女性の外見を持つから男性を好きになるのではないか」という発想も、これを見ると大きな誤解だったようだ。やはり話を聞かないとわからないものだ。

「辞めなくてはいけませんか?」と進退伺い

美月氏は、40歳を超えてから性転換手術に踏み切った。
「私はホルモン注射がとてもよく効くタイプで、整形手術をしなくても、ホルモン療法だけでこれだけ変わる人も少ないってよく言われます。ほんと安上がりでした」

手術後のホルモン療法で女性らしい身体つきになり、胸も膨らんできた。予備自衛官の訓練出頭を前に、その容姿は明らかに変わり、誤魔化しきれないものとなった。

ここで彼(彼女)は正直に、予備自衛官としての担当地域の自衛隊地方協力本部に進退伺いを提出した。
「自分はトランスジェンダーであり、治療のため性転換手術を受けた。予備自衛官としてこれまでどおり訓練を受け勤め上げたいが、辞めなくてはいけませんか?」

元国家公務員であったため、正式な進退伺い書類をつくり、「もしかしたら、首を切られるかもしれない」と覚悟も決めた。

しかし、自衛隊地方協力本部からは「予備自衛官を続けてほしい」という回答がきた。
「性転換で不自由のないように、今後の自衛隊での生活面について話し合いましょう」という提案もあり、その後、出頭する拠点の設備や出頭する部隊等の都合も含めての話し合いがあった。

「自衛隊が引き続き予備自衛官として変わらず、受け入れてくれた。ありがたい」
その後、彼(彼女)は自衛隊側と協議の上、以下のルールを決めた。

「就寝時は男性の宿舎のなかで就寝することになりました。一緒に訓練をしている予備自衛官たちとは仲良く訓練をしている。彼らは最初こそ、男性から女性への変貌に驚いたものの普段と変わらぬ対処をしてくれた。就寝は彼らと一緒で何も問題はありません。

トイレは男性宿舎にあるトイレを使うことになりました。女性の体で男性と一緒に風呂には入ることは、いくら既知の友人たちであっても問題がおきないように共に配慮が必要でしょう。別の階のシャワールームを一人で使わせてもらいます。

予備自衛官の訓練については、性転換をしても身体能力は変わらないので十分にこなせますから、みんなと一緒に行います」と彼(彼女)は説明してくれた。予備自衛官訓練時の生活面のルールに美月氏は自衛隊側の心配りを感じたという。

多数の資格を持つ彼(彼女)は優秀な予備自衛官である。受け入れ先の拠点では女性隊員や男性隊員とも仲良くやっている。性同一性障害を告白し進退伺いまで出した美月氏だったが、その不安を優しく解消して同僚として勤務しやすい職場に調整してくれた自衛隊拠点に心から感謝しているそうだ。

入隊希望者が少なく、さらに途中退職が増えている自衛隊では人材は貴重である。美月氏は遵法精神が強く教養もある。自衛隊にとって、こういう予備自衛官の存在は有難いことだろう。美月氏も仲間と変わらず、訓練ができることを喜んでいる。

このような例をみると、自衛隊が他のLGBTの隊員たちにも丁寧に配慮していることが想像できる。もとより個人情報であり、表立ってそういう例を表明することはないだろうが、自衛隊に「いい仕事したね(GJ!)」と伝えたいものである。

女装を楽しむ男性として生きてきた……

トランスジェンダーの美月氏は既婚者で、別れた妻との間に実子もいる。自らをトランスジェンダーと認めるまでに時間がかかった。その結果、その当時のパートナーには辛い思いをさせたと憂う。

彼(彼女)は米国で生まれたクォーターで家族もみな米国のキリスト教で一番数が多い主流派のプロテスタントだった。宗教上、同性愛者等に対しては強い反発がある家柄だった。

小さいころに誕生日やクリスマスに両親から自動車のオモチャやスポーツ用品等の男の子用のおもちゃをもらうことが多かったが、そのプレゼントにフリルのついたドレスがほしいと思うことがあった。しかし、その妄想は両親には言い出せないものだった。

年齢とともに自分の股間にある男性のシンボルがいつか消えてなくならないものかと期待していたが、そんな奇跡は起きない。彼(彼女)の違和感が思春期を迎えてさらに大きくなり、両親に隠れて女装をしたり、メイクをしたりするような秘密をもった。

最初は女装癖をフェティシズムによるものかと考えていた。だから、誰にも言い出せず、密かに女装を楽しむ男性として生きてきたのだと言う。

米国在住の時に、ROTC(Reserve Officers' Training Corps)のシステムを使ってアメリカ海兵隊の将校を養成する奨学金のようなプログラムで大学に進むことを希望していた。米海兵隊の中佐だった祖父に憧れて、米軍の士官となることを夢見たが、母が米軍への入隊は危険だと言った。

彼(彼女)の祖父は戦場で攻撃機のパイロットとして戦死。軍人は危険だ、日本のほうが安全だという母の勧めもあり日本に帰国した。

公務員をやめた時に当時の妻に告白

若いころの彼は、クォーターでもあり、背が高く端正な顔立ちだった。女性の心がわかるきめ細やかな心遣いのできる男性として彼(彼女)は女性に人気があった。心が女性であったのだから、女性の心が手に取るようにわかるのは、いまとなれば当然のことだった。女装に憧れる部分を封印して、このころ彼は結婚に踏み切り、子供も授かった。

しかし、どうしようもない自己の男性への違和感……。女性になりたい。女性として生きたいという気持ちが募った。国家公務員のうちはそれを言い出せず、公務員をやめた時に当時の妻に告白した。40歳を超えてからの告白だった。

「これだけ男らしい趣味や性格で、身体もがっちりして背も高くて男らしい人が……性同一性障害だなんて? 嘘でしょう?」と妻は絶句した。結果として離婚することになった。

自己の性に違和感を持っていても、それを自覚して性転換手術をするのは圧倒的に男性が多い。生活力がなければ性転換後の自分の経済力に自信が持てないことや、すでに結婚してパートナーがいる場合はその関係性を壊すことに躊躇する。

彼(彼女)の場合も結婚後に明確に自分の女装癖はフェティシズムなどではなく、本当は女性なのだと自覚するのに時間がかかったのだ。

女性として生まれたトランスジェンダーは、これまでの生活環境やパートナーにそのことを告げることがさらに難しい。性自認を肯定すれば、これまでの生活やパートナーとの関係も解消されてしまうかもしれない。その覚悟とそれを支える自己の経済力が必要だ。

だから、トランスジェンダーで性転換手術をする人は元男性が多くなるのだと美月氏は言う。

戸籍上の性別変更をしない理由

離婚後の美月氏にも新たな家族ができた。性的なつながりだけが家族や配偶者との絆のすべてではない。現在の家族は女性パートナーとそのお子さんだ。このお二人は彼(彼女)の理解者であり大事な家族である。この家族を守るためには現状の戸籍法では美月氏が男性である必要がある。

現在の美月氏は身体的特徴では女性だが、戸籍上は男性のままだ。戸籍上は男性の美月氏は、女性パートナーとの婚姻が可能だ。戸籍と家族について、美月さんが抱える問題を聞いた。

「私は現在、女性のパートナーと、その娘と生活しています。いまだ入籍はしていません。しかしながら、将来的には、必ずきちんと籍を入れて『配偶者』として『扶養』したいし、『遺族年金』も受け取れるようにきちんとしたいと思っています。

予備自衛官の身分証明書の写真を男性の写真から女性の写真に切り替えるときに、『戸籍上の性別をどうするのか?』と聞かれました。そこで色々考えましたが、『戸籍上の性別変更はしない』と答えています。

おそらく一般の方は、『せっかく思い切って性転換手術(オペ)したのに……なんで、戸籍上の性別を変更しないのって?』と疑問に思う方が多いのではないでしょうか。ある意味、実にごもっともな意見や感想だと思います。

ただ、安易に戸籍上の性別を変更すると家族との関係が壊れてしまいます。説明しますね。

現在の法律での性別変更要件は、
・性転換手術が終わっていて、さらに「結婚していない」こと、
・未成年の子供がいないこと、
となっています。

性転換手術済みの方がパートナーと婚姻状態であれば、パートナーは法律上の『配偶者』です。いまだに同性婚は法律上認められていませんから、戸籍上の性別変更をすること=パートナーと婚姻解消(離婚)となります。婚姻解消しなければ戸籍上の性別変更はできません。

法律上(戸籍上)の『配偶者』でなくなれば、法律上(戸籍上)の『扶養者』、『被扶養者』、『遺産相続権』等の諸権利を失うことになり、子供がいる場合『親権』も無くなってしまいます。すなわちただの『内縁関係』になります。『法律上の家族を重んじる国家』である日本社会においては、これはかなり『重い選択』ではないでしょうか。

現在の家族といずれ婚姻することを考えているので、私は戸籍上の性別変更をしません。とりあえず、現時点では『遺産相続』については弁護士監修の遺言書を作成して法務局に保管しておりますが……」

お互いがよりよく過ごせる道は必ずある

自衛隊内で静かに起きた、予備自衛官の性転換と進退伺いからの双方の問題解決に向けた歩み寄り。この一連の話を聞き、実際にトランスジェンダーとして生きる人の様々な論点を知ると、まだまだ知らない、気づかないことが多いことがわかる。

そのなかで、優秀な予備自衛官の生活環境を整えるため、自衛隊地域協力本部の丁寧な調整の仕事を知ることができた。これは一人のトランスジェンダーの予備自衛官の話であり、あくまでも個別の一例に過ぎない。

しかし、一人ひとりと向き合ってうまくお互いを知ることで、優秀な人材を有効に活用できるという貴重な実例である。自衛隊に限らず、人材の採用は、その職務を行う能力があるかどうかが重要だ。人材不足の自衛隊では、タトゥー(入れ墨)を入れている人材の採用も検討されていると聞く。

入隊条件に照らし合わせた上で、健康で意欲があり、規律の遵守や秘密保持などができる適正な人材であれば、美月氏のようなLGBT人材の採用も検討してはどうか。

能力の高い人材がたまたまトランスジェンダーだった時にどう対処するのかという答えが、「理解増進」ということなのだろうと思う。

LGBT法の問題点を洗い出すことも必要だが、このような理解増進で得られるものもあるのだと知っておいてほしい。お互いがよりよく過ごせる道は必ずあるものだと筆者は信じている。

著者略歴

小笠原理恵

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