【ハンドボール】ゴールキーパーは砦で起点 | ポジション解説 | JHL名鑑vol.7[終]

JHLで活躍するゴールキーパー。左から木村昌丈、甲斐昭人、瀧澤瞳子、高木エレナ、榎和奏(いずれも久保写す。以下すべて)

ハンドボールの各ポジションの役割、求められる資質について、日本リーグ(JHL)でプレーする選手(プレー経験のある選手も含みます)のプレースタイルとともに紹介します。最終回はゴールキーパー(GK)。ポジションの特殊性ゆえに「GKは個性が強い」と言われますが、尖った個性がないとGKは務まりません。DFでは最後の砦として立ちはだかり、シュートを止めたら速攻の起点となります。 (Pen&Sportsコラムニスト・久保弘毅

【ディスタンスシュートに強い】瀧澤瞳子

DFが間にいるシュートのことをディスタンスシュートと呼びます。6~9mラインの間からはミドルシュート、9mより遠くからはロングシュートとも言います。ディスタンスシュートが入ってしまうと、相手の攻撃の選択肢が広がるので、GKとしてはなんとしても止めたいところです。

瀧澤瞳子(HC名古屋)はサイズがあって、ディスタンスシュートに強いのが特徴。高校まではテニス部で、順天堂大学からハンドボールのGKを始めた超遅咲きの選手です。174㎝の身長を見込まれて日本リーグに進んだものの、1年目はほとんどビデオ係で、たまに試合に出てもボコボコにやられていました。そこから4年目の途中でレギュラーの座を勝ち取り、12年目の今も主力で活躍しているという「奇跡のようなベテラン」です。30歳を過ぎてスライディングが上達するなど、あくなき向上心でゴールに立ち続けます。

花村美香(三重バイオレットアイリス)は、ロングシュートを線で捉える感覚の持ち主。強烈なロングにも体の中心を合わせて、両手でペチペチと叩いて落とします。控えめで自己主張をしない選手ですが、苦手だったサイドシュートやスローイングを克服し、大の字ジャンプを取り入れるなど、粘り強くレベルアップしています。

【ノーマークに強い】大沢アビ直美

DFがいなくて、シューターとGKだけの勝負になることを、ハンドボールでは「ノーマーク」と言います。サッカーでは「1対1」と言ったりしますが、ハンドボールで1対1はコートプレーヤー同士のことを意味するため、ノーマークシュートの場合にはあまり使いません。 

坂井幹(大崎電気)は国際仕様で育てられたGK。ノーマークに強いだけでなく、海外の初見の選手への対応力があるので、代表では欠かせません。いつも同じメンツと対戦する日本リーグではやや苦戦していますが、これから慣れてくるでしょう。ルーキーの矢村裕斗(ジークスター東京)は夏場にあったパリ・サン=ジェルマン戦でノーマークを止めて、存在感を示しました。久保侑生(大同特殊鋼)は、大同伝統の5:1DFで育ったGK。好調時の爆発力は国内有数で、ノーマークをバンバン止めます。ノーマークができやすいプレス系のDFだからこそ、うしろにノーマークに強い久保が控えていると心強いです。

女子では大沢アビ直美(ソニーセミコンダクタマニュファクチャリング)がノーマークに強いGKです。大沢で記憶に残っているのが2021年の世界選手権でのオーストリア戦。馬場敦子(北國銀行)が前半早々に失格になり、急遽巡ってきた出番に対応できず、1人GKの大沢は半ベソ状態でした。ところが後半になると世界レベルのシュートに対応しだし、ノーマークをドカンと止めて大盛り上がり。32-30で日本を勝利に導きました。その後はヒザの手術で遠回りしましたが、昨年末の日本選手権から大沢本来の当たりが出てきました。 

【DFと連携上手】木村昌丈

ノーマークに強いGKとは正反対のタイプです。DFを上手に利用しながら、自分の守りやすいように環境を整備して、シュートを止めます。DFに指示を出せるのは、ハンドボールの理屈がわかっているからです。

木村昌丈(大崎電気)は、DFと連携して捕るのがとても上手なGKです。短期集中でチームを作っていたカルロス・オルテガ監督時代の日本代表では、声でDFを整備できる木村が最も評価されていました。昔は思ったことをそのまま口に出すタイプでしたが、今は自分のなかで咀嚼してから言葉を選ぶようになりました。中野智佳(飛騨高山ブラックブルズ岐阜)は、運動能力はあまり高くありません。その分、DFとの連携など色々と考えながら阻止率を高めています。運動能力が高く、ノーマークに強い邉木薗結衣といい組み合わせです。

【7mスローに強い】藤戸量介

フィールドのシュートを防ぐのとはまた違った、特殊な駆け引きと集中力が、7mスローを止める際には求められます。GKが圧倒的不利なはずの7mスローに出てきて、1本止めれば、会場の空気がガラリと変わります。 

藤戸量介(豊田合成)は7mスロー阻止に特化したGKです。ボクサーのような構えから瞬時に反応し、どんな時にも逆を突かれず、シュートに近づいていきます。サドンデスの7mスローコンテストにまでもつれ込んだ2023年3月のプレーオフファイナルでは、トヨタ車体のエース・吉野樹の7mスローを阻止して、チームを3連覇に導きました。7mスローに藤戸が出てくる。止める。吠える。ここまでがワンセットになっています。家田幹太(ジークスター東京)も7mスローには絶対の自信を持っています。今季はそこまでの数字を残してはいませんが、7mスローに家田が出てくるだけで期待が高まります。

【身体能力が高い】甲斐昭人

昔の高校の名将は「GKは大きくて鈍い方が、早動きしなくてええんや」などと言っていました。現代ハンドボールでは「GKはチームで一番の運動神経の持ち主がやるポジション」という認識に変わっています。一番失点を防げるポジションですし、速攻の起点にもなりますから、一番動ける人を置くのは理にかなっています。

中村匠(豊田合成)は、大きくて動けてスローイングもいい、理想的なGKです。「僕はバタバタしている時が、調子がいい」と言うように、シュートに飛びつき、さらには弾いたシュートをマイボールにするためにもう一度飛びつく動きは、中村にしかできない動きです。DFラインの心を落ち着かせる声かけも絶品です。岩下祐太(トヨタ紡織九州)は運動能力とセンスのよさで、千原台高校時代から評判でした。大きいGKを好む日本代表のダグル・シグルドソン監督ですが、最終的には岩下の爆発的に動ける力を買って、代表のメインGKに岩下を抜擢しています。

身体能力の高いGKの走りとも言えるのが甲斐昭人(ジークスター東京)です。ハイレベルになんでもこなせる甲斐は、若かりしころは「橋本行弘(元HONDAで日本歴代No.1のGK)の再来」とも言われていました。今も円熟の技を見せています。

【ダイナミックに止める】笠野未奈

身体能力とどこまで関連しているかわかりませんが、ダイナミックなキーピングで魅せるGKがいます。同じ1本を止めるにしても、妙に見栄えがして、場の空気を支配できるGKです。

筑波大学からの内定選手・上嶋亜紀(オムロン)は、天性とも言うべき爆発力があります。相手が反撃ののろしを上げてきたタイミングで、ノーマークシュートをバチンと止めて、会場の空気を変えます。笠野未奈(アランマーレ)は大きな体と豊富な駆け引きで、相手に流れを渡しません。シュートが来るまではのんびりと動きながら、いざシュートが来るとなると大胆に詰めたり、足で誘ったりと、キーピングにメリハリがあります。

好調時の高橋海(大崎電気)は、前に出てから下がったりと、極端な駆け引きで相手を考えさせます。日本リーグに入ってからは、べったりと下がりすぎているような……。法政二高校で高校三冠を成し遂げた時の大胆さを、思い出してほしいです。平尾克己(トヨタ車体)は、速攻のパスカットで独自の感性を働かせます。ゴールエリアの外で相手と接触したら失格になるリスクがあるのに、あまり気にせずパスカットに飛び出します。

【地味によく止める】下屋奏香

派手さはないし、大当たりのイメージはあまりないんだけど、なぜかよく止めているGKがいます。コンスタントに止めてくれるGKがいれば、試合が崩れることはありません。地味に重宝されるタイプのGKです。 

下屋奏香(オムロン)は、ライバルの渡辺綾菜がケガで出遅れているうちに、先発のGKに定着しました。何がすごいのかひと言で表しにくい選手ですけど、2月18日時点で阻止率はリーグトップの.450です。正GKだった宮川裕美が引退するなど主力が大幅に入れ替わったのに、今季のオムロンは安定して勝てています。その土台となっているのが下屋のセーブです。鈴木梨美(アランマーレ)はサイズ不足を確かな技術で補い、チームに安定感をもたらします。相手にタイミングを崩されたあとに、もう一度仕掛けられる粘り腰が、鈴木の強みだと言われています。体を操る感覚もよく、ハイコーナーにも1歩踏み出してから手を伸ばして対応します。

【変則的な捕り方】榎和奏

シューターに対して「見慣れない景色を見せる」ことも、GKの仕事のひとつです。「あれっ、いつもと違うな」と思わせるだけでGKの勝ちです。変則型のキーパーは、オーソドックスではない捕り方で主導権を握ります。

岡本大亮(トヨタ車体)は、足を手のように使いこなすGK。顔の高さのボールにも足を上げてセーブしてしまいます。ユニフォームの着こなしもスウェーデンあたりにいそうな感じで、ヨーロピアンな香りを漂わせます。榎和奏(イズミ)は「エースをはめる」特殊な駆け引きで勝負します。通常であれば「エースに打たせない」ようにしますが、榎の場合は「あえてエースに打たせて、相手を迷わせる」戦術を選択します。詳しいことはわかりませんが、これも「見慣れない景色」のひとつなのでしょう。頭脳派の榎が導き出した、オーソドックスではない戦い方です。

【盛り上げ上手】加藤芳規

なんてことのない1本のシュートでも、GKが止めて盛り上がるだけで、チームの雰囲気が変わってきます。盛り上げ上手なGKが1人いてくれると、チームの起爆剤になります。

加藤芳規(トヨタ車体)はよく吠えることで有名です。お世辞にもカッコいいとは言えないガッツポーズですが、それも含めて加藤の味です。一時期は「止めて当たり前の年齢なんだから」と、ガッツポーズ禁止令を出されていました。しかし「やっぱりあれがないと芳規じゃない」と解禁になり、加藤も調子を取り戻しました。

衣笠友貴(コラソン)は見るからに「大阪のあんちゃん」みたいな風貌で、試合中もよくしゃべります。原口宙輝(安芸高田ワクナガ)は闘志を前面に押し出し、喜怒哀楽をストレートに表現します。田口舞(ザ・テラスホテルズ)はガッツポーズ枠というより、穏やかな声かけが特徴のベテランです。飛田季実子(元ソニー)、高森妙子(元イズミ)といった「聖人路線」を歩んでいくであろう人格者。ベンチに下がっても、後輩のセーブにガッツポーズするなど、人柄のよさが伝わってきます。 

【スローイングがいい】伊藤浩太郎

現代のGKは全力でベンチから戻ったり、大遠投でゴールを奪ったり、総合的な能力が求められます。特にスローイングの能力は、ルール改正でエンプティゴールを狙う機会が増えたため、以前よりも重要視されるようになりました。

伊藤浩太郎(ワクナガ)は、その気になればコートの縦40mをライナーで投げられる強肩の持ち主。矢作元(アースフレンズBM)は得意のパス出しで、若手の走力を引き出します。馬場敦子(北國銀行)は運動神経抜群で、速攻のパス出しで起点になれます。須東三友紀GKコーチ(旧姓寺田)の現役時代から、北國はGKのパス出しで勝つチームです。最近は腰のケガなどで苦しんでいますが、齋藤佳織(大阪ラヴィッツ)も素早いパス出しで速攻を後押しします。

【データ重視】宝田希緒

同じ相手と何度も対戦する日本リーグ。対戦するうちにデータが蓄積されていき、それがGKの財産になります。長くやればやるほどGKに情報が集まり、GK有利になるのではないでしょうか。

関口勝志(トヨタ自動車東日本)はデータの活用がうまいと言われているベテランです。年数を重ねるうちに「なんか関口に止められちゃうんだよな」と嘆くチームが増えてきました。相手も関口の特徴や癖をわかっているのに、なぜか勝負どころでは、関口の術中にはまっていくのです。「勝負どころになるほど、データが生きてくるんですよ」と関口は言います。ひと昔前の名GK高木尚(元大同特殊鋼)も、同じようなことを言っていましたね。宝田希緒(ソニー)は若いのにデータの鬼です。水海道二高校で三冠を達成するなど、学生時代から王道を歩んできただけに、同年代の選手のデータはインプット済み。自分が守りやすくなるよう、DFへの指示も的確です。

【勝負の節目を理解】高木エレナ

試合の流れで「ここはやられるとまずい」という場面があります。味方がミスしたり、退場者を出してしまった直後。相手が追い上げてきた場面。そういうところでGKが止めてくれたら、試合の流れは逃げません。いいGKになるほど、勝負の節目を熟知しています。

高木エレナ(三重バイオレットアイリス・旧姓山根)は結婚したシーズン、試合の流れが読めるようになってきました。「ここから超一流のGKになるか」と思われたところで、出産やコロナ禍で5年ほどのブランクができました。感覚が戻るかどうか心配でしたが、久しぶりにリーグ復帰を果たした今季、限られた出番でもしっかりと勝負の節目を押さえています。ここ一番のサイドシュートを止めたり、好セーブから團玲伊奈の速攻へつなげたり、ママになっても勝負勘は失われていません。新人の下馬場燦(香川銀行)は勝負強いキーピングで、1年目からスタメンを確保しています。

【最高の2番手】犀藤菜穂

メーンを張るには少々心許ない。でも2番手で置いておくと、使い勝手がいい。優秀な2番手GKがいると、とても助かります。1番手の調子が悪い時、サッと出てきて、いい仕事をしてくれます。

小峰大知(トヨタ紡織九州)は、ちょうどいい2番手GK。岩下祐太の当たらない日やケガをした日にコートに立ち、ピンチを救います。特筆するような武器はないものの、丁寧なプレースタイルで大崩れしません。犀藤菜穂(北國銀行)は大阪体育大学、北國銀行と、ずっと馬場敦子のあとを追いかけてきました。2番手人生が長い選手ですが、国際試合になるとロングシュートに強い犀藤の出番が増えます。笑ったら三日月になる目もチャームポイントで、チームの雰囲気を和ませてくれます。

渡辺綾菜(オムロン)は「2番手適性」があるGKかもしれません。途中から出てきて止めている印象が強く、特に7mスローでは流れを左右する1本を阻止します。白築麗子(HC名古屋)も優秀な2番手GK。華があるので、白築のセーブは盛り上がります。

【CPと二刀流】小野寺遥輝

GKもやって、CPもやる。日本リーグのレベルで、そういう二刀流の選手が出てくるとは思いませんでした。野球の大谷翔平(ドジャース)ではありませんが、固定観念を覆す起用法です。

小野寺遥輝(富山ドリームス)は、コートプレーヤーのユニフォームでプレーし、ゴールを守る時は、番号のところをくり抜いた穴あきビブスを着ます。7人攻撃のルールが厳しかった時代は、GKと交代する選手はこの穴あきビブスを着ていましたね。ちょっと懐かしい。

吉村晃監督のことですから、単なる奇策ではないはずです。GKの心理を知っている選手が7mスローを打つ強み。GKとの連携を理解している大型ディフェンダーがいるうまみ。その他もろもろのメリットを考慮して、小野寺の二刀流を後押ししたかと思われます。ハンドボールの全体像が理解できれば、GKとしてももう一段上のレベルに行けるでしょう。専門性の高いポジションだからこそ、専門性にとらわれずに色々とチャレンジさせる――。小野寺がどう育っていくのか、今後が楽しみです。

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