ロアッソ熊本・大木武監督が考える「Jクラブが最も大切にすべきこと」

J2リーグ・ロアッソ熊本の大木武監督は、チームを率いて5年目のシーズンを迎える。2020年に当時J3だったチームの指揮官に就任すると、就任2年目でJ3優勝を達成。J2リーグ昇格後の2022年にはクラブ史上最高の4位と健闘し、J1参入プレーオフに進出。惜しくもクラブ初のJ1昇格は逃したものの、豊富な運動量を武器にしたサッカーで存在感を示した。

昨シーズンは主力選手の相次ぐ移籍などにより勝ち星を伸ばせず、リーグ16位に低迷したものの、天皇杯ではJ1勢を相次いで倒してベスト4入りを果たすなど、指導力の高さを印象づけた1年となった。ロアッソ熊本の強化と発展に力を注ぐ大木監督に、これまでのキャリアやコーチとして挑んだ南アフリカW杯のエピソード、さらには選手を育成するうえでのこだわりについてインタビューした。

▲大木武【WANI BOOKS-“NewsCrunch”-Interview】

強いチームを作るために心がけていること

現在はJ2リーグに属するロアッソ熊本だが、チーム史上最高の4位になった2022年度の人件費は約3億円で、全22チーム中21位。必ずしも資金に恵まれているというわけではない。

ベストイレブンを手にした平川怜がジュビロ磐田へ移籍するなど、主力選手の流出も続いているが、それでも一定の成績を収められているのは、大木氏の目指すサッカースタイルや選手育成の一貫性にあると言ってもいいだろう。

「90分間、休みなくプレーができて、ボールに対して労を惜しまないことが何よりも大切だと思っている」と選手に求める姿勢を語る大木氏。意思を持ちながらボールにアプローチすることに強いこだわりがある。

「Jリーグでも、すぐに選手が倒れてプレイを切ってしまうような場面が多く見られますし、“攻守の切り替え”の大切さが語られているわりには、絶え間ない攻守の展開ができていなかったりもする。なので、日頃から選手たちには“99%ではなく、100%の全力で頑張ってほしい”と伝えているんです」

「100%」は使いやすい数字のように思えるが、大木氏が求めるレベルは高い。

「金銭を払える基準でプレーできる選手が、本当の意味で“プロサッカー選手”であると思っているんです。“プロ”である以上は、世の中にある他の仕事と同じように、調子が良くてもそうでなくても、同じように頑張ることがあるべき姿ですし、90分間、全力で走ることは、その基本だと思ってます。

もし、自分の技量が伴わなかったら全力で努力すべきです。プロである以上は勝つために必死にならないといけない。そこを絶対に忘れてはいけない、という強い気持ちが僕にはあるんです」

運動量の豊富な選手たちによる積極的なプレス、素早い攻守の切り替えを展開するサッカーで、数々のジャイアントキリングを実現させてきた大木氏だが、一方でサッカー界全体に目を向けると、時代ごとの強豪チームの戦術が賞賛され、模倣が繰り返されてきた歴史も存在する。

「サッカーにおけるトレンドは、個人的にはあまり好きな言葉ではありませんが、いつの時代も存在するものです。でも、最近は残念ながら多くの指導者が、それに振り回されすぎているような気がするんです。

たしかに、ジョゼップ・グァルディオラ(現マンチェスター・シティ監督)のやっていることは、最先端で素晴らしいかもしれないですけど、彼のチームと同じレベルの選手を集められるわけではない。勉強するのは良いことですし、僕もマネしてばかりでしたけど、どこかに自分の個性を加えたチーム作りをする必要があると思うんです。

その点では、若い指導者がもう少し自分に自信を持って、自分の考えをピッチに落とし込んでもいいのかなと思うことはありますね」

続けて約1年前のカタールW杯で、サッカー日本代表がドイツ代表やスペイン代表から大金星を収めたことを例に挙げ、「指導者もこれまでのような“世界の背中を追う”スタンスではなく、“世界の強豪国に並び、いずれは追い越していくんだ”という気概を持つことが大切」と意識の改革を訴える。

「競技は違いますが、大谷翔平選手がMLBの本塁打王を手にして、これまで“フィジカルが弱い”と言われていた日本人のイメージを払拭しましたし、サッカー日本代表が使ったロッカールームの丁寧な清掃が世界に賞賛されたりもしている。

日本人ならではの良さに気づいていないのは、じつは日本人だけだったりするので、特に若い指導者は、自分に自信を持って積極的にチャレンジしてもらいたいと思います」

ヴァンフォーレ甲府で始まった監督としてのキャリア

大木氏は2002年のヴァンフォーレ甲府で監督としてのキャリアをスタートさせた。

2005年には、甲府をJ1初昇格に導くなどクラブの発展に貢献。大木氏が最初にチームを指揮してから20年以上の月日が流れたが、甲府は2022年の天皇杯で初タイトルを獲得。昨年秋にはアジアチャンピオンズリーグ(以下、ACL)に挑戦し、J2のチームとしては初の予選突破を成し遂げた。

「最初に監督を引き受けた2002年の甲府は、3年連続最下位に沈んでいて、クラブの経営危機問題の影響もあって、“次の年も最下位だったらチームを無くす”と言われているような状況でした。まさかACLに出られるチームになろうとは、正直まったく想像できませんでしたね。

2002年のシーズンが始まる前、キックオフカンファレンスというイベントに広報の鷹野智裕と2人で行ったんですけど、その帰りがけに彼は僕に向かって“J1に昇格します!”と宣言したんですよ。もちろん、チームを指揮するのは自分なんですけど、クラブの先行きが見えない状況で、3年連続最下位で迎えた開幕前なのに強い思いを持っていることに驚かされました。

今になってみると、クラブを支えるスタッフや、はくばくの長澤重俊社長など、皆さんの熱意のこもった応援が、チームをアジアの舞台に押し上げたんじゃないかなと思います」

2023年の初頭はアジアカップでのサッカー日本代表の戦いぶりに、国民の熱い眼差しが注がれていたが、大木氏も2007年から約3年間にわたり、岡田武史監督が率いる日本代表のコーチとして、2010年の南アフリカW杯を戦い、2大会ぶりのベスト16入りに貢献した経験を持つ。当時の日本代表は、本番直前に不安を露呈するような試合を重ね、数々の批判に晒されていた。

「大会前の岡田武監督に対する風当たりは、凄まじいものがありましたね。日本国民から不満を言われる状況を、少しでも代わってあげられたら……とは思いながら、結局は岡田監督の話し相手になることぐらいしかできなかったことを覚えています」

だが、南アフリカW杯を控えた岡田監督は、大会直前に従来のパスサッカーから守備型の戦術に変更。これが功を奏して、多くの人にとって“予想外”だった予選突破を引き寄せた。

「戦術変更は岡田さんが決めたことですけど、なかなか決断できませんよ。日頃からいろいろなことを考えて、準備を怠らない岡田さんだからこそ取れた選択肢だったと思います」

かく言う大木氏も、代表招集期間以外にも各チームの試合や練習へ視察に出向くなど、代表で活躍が期待される新たな人材の発掘に勤しみ、岡田ジャパンを支えた。

「南アフリカW杯のときには、代表入りできなかった香川真司(現C大阪)、永井謙佑(現名古屋)、酒井高徳(現神戸)、山村和也(現横浜FM)の4名がサポートメンバーとして帯同しました。その後の成長を見ると、“代表に選ばれてもいいくらい高いレベルの選手たちだったんだ”と改めて思いましたし、悔しさを力に変えて活躍につなげてくれたことがうれしかったです」

古橋亨梧を発掘「今の姿は想像できなかった」

その後は京都サンガ、ジュビロ磐田U-18の指揮官を経て、2016年からFC岐阜を3シーズン指揮。2年目の2017年には、当時は中央大学に在籍していたサッカー日本代表の古橋亨梧選手(現・セルティック)に声をかけ、プロのキャリアに導いた実績を持っている。

「彼を探してきたのは、当時、FC岐阜の強化をしていた高本くんです。私はただ彼を練習しただけです。最初に彼のプレーを見たときは、悪い選手ではないものの“特別な選手”とも思いませんでした。それでも“FC岐阜では戦力になる”と思ってオファーしたんですが、海外で活躍する選手になろうとは、そのときは全く予想してませんでしたね」

ルーキー時代の古橋選手の印象を振り返ると、長年の指導を通じて見えた“伸びる選手の特徴”についても言及してくれた。

「たくさんの選手を見てきましたが、活躍の場を広げていく選手の多くは、自分に向き合う力があり、明確な目標を持っているように感じます。対照的に、思い通りの結果が出ないときに他人に矢印を向ける選手は、伸び悩んでしまう傾向がありますね。

これまでも“技術に優れているのに、なかなか殻を破れない”とか“若いときにもう少し練習しておけば……”といった選手もたくさん見てきましたけど、自分がサッカー選手として生きていくためにはどうすべきかを考えながら、目の前の結果に向き合い、少し高めの目標に向けて地道な練習を積み重ねていくことが、一番大切だと思います」

プロサッカークラブが地域にある意義

今年も引き続き大木氏が指揮を取るロアッソ熊本は、一昨年はクラブ史上で最高位のJ2リーグ4位。昨年はリーグでは14位と低迷したものの、天皇杯ではJ1のチームを次々と退け、J2唯一のベスト4入りを果たした。

だが一方では、一昨年のキャプテンを務めた河原創選手(鳥栖)や、昨季のJ2ベストイレブンを手にした平川怜選手(現磐田)など、主力選手が移籍するケースは多い。次のステージに羽ばたく教え子の姿は、チームを率いる指揮官の目にどのように映っているのだろうか。

「いろいろな気持ちがあるんですけど、他の場所でも“しっかり頑張れよ”という思いが一番強いですね。指導者としての喜びは、チームが強くなること、選手が伸びることの2つなんです。上のカテゴリーから選手に声がかかるということは、選手の実績や成長を認めてもらえたから。

チームにとっては痛手なので“うれしさ”はないですが、“良かったな”とポジティブに受け取るようにしています。その選手を送り出したら、そこで頭を切り替えて、自分が預かっているロアッソ熊本に目を向ける。そんな感じで毎シーズン過ごしています」

指揮官の前向きな言葉は、クラブの成長を感じさせる確かな息吹を感じさせた。Jリーグが基本理念に掲げている「地域密着」についても、これまでの経験を交えながら現場目線の独自の理論を展開する。

「プロサッカーの裾野が拡大して、サッカー選手を目指す人も増えましたし、以前とは比べようがないほどレベルも上がったように思います。監督としてチームを強くしていくことも僕の大切な任務ではありますが、地域におけるプロチームの存在意義は、そこにいる人たちが感情を一緒に分かち合えるということにあると思うんです。

“ロアッソの試合を見たら元気になれた”“明日の試合が楽しみ”というワクワク感があることが、プロチームとして大切ですし、地域の皆さんに喜んでもらえるようなサッカーをすることを日々忘れずに心がけています。チームが勝利を積み重ねることも大切ですが、長期的には喜怒哀楽のあるクラブに育てていきたい、そう考えています」

▲J3での優勝を喜ぶ大木監督(2021年) ©AC KUMAMOTO

ロアッソ熊本は2024年シーズンに向けて始動しているが、大木体制5年目を迎える今季は、昨年の悔しさを晴らす勝負の年となる。

「監督を引き受けた2020年の熊本はまだJ3にいて、サポーターの皆さんが“僕らのサッカーを面白いと感じてくれているのかな?”という不安がありました。その年にJ3で優勝して、J2で試合をするようになったあとも、しばらくはその気持ちが消えることはありませんでした。

でも最近になって、熊本でのサッカー熱の高まりや、僕らの頑張り次第で“ロアッソ熊本をもっと素晴らしいクラブにできる”という手応えを感じられるようになってきました。皆さんの応援に感謝しながら、引き続き頑張っていけたらと思っています」

最後に、2024年も引き続きロアッソ熊本の指揮を執ることが決まった大木氏にコメントをもらった。

「昨シーズンは思うように勝利を掴めず、うまくいかないこともたくさんありましたが、選手やスタッフの皆さんは本当によくやってくれましたし、チームが苦しい状況でも応援してくれたサポーターの皆さんには、深い感謝の気持ちしかありません。

2024年も引き続きロアッソ熊本を指揮させていただきますが、“このままでは終われない”という気持ちをピッチで表現するようなシーズンにしたいと思っているので、熱い応援をよろしくお願いします」

2月25日、えがお健康スタジアムで清水エスパルスとの2024シーズン開幕戦を迎えるロアッソ熊本。攻守にわたって躍動するロアッソ熊本イレブンは、再び旋風を巻き起こすことができるのるか? 捲土重来に燃える大木監督の采配から、今季も目が離せない。

(取材:白鳥 純一)


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