『ナイアド 〜その決意は海を越える〜』アネット・ベニングとジョディ・フォスターが見せる、女同士の友情の物語

『ナイアド 〜その決意は海を越える〜』あらすじ

アスリートのダイアナ・ナイアドは、60歳にして諦めかけていた生涯の夢を実現しようと決意。それは、キューバからフロリダまで、160キロもの外洋を泳いで渡るという壮大な挑戦だった。

60代で長距離水泳に挑戦した女性の驚きの実話


主演のアネット・ベニングと友人役のジョディ・フォスターが揃って2024年のアカデミー賞やゴールデン・グローブ賞の候補となったことで注目されたNetflix作品『ナイアド~その決意は海をこえる〜』(23)。ふたりの演技は、もちろん素晴らしいが、実話をベースにした物語のすごさにも驚かされる。

困難な挑戦に踏み出す人物が主人公だが、これまで映画であまり描かれたことのないジャンルのスポーツが登場する。主人公のダイアナ・ナイアドはアメリカの実在の長距離スイマー。彼女は20代の時、水泳の選手として頭角を現し、28歳の時には<水泳界のエベレスト>といわれるキューバからアメリカのフロリダまでの長距離水泳に挑んだ。

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残念ながら、この時は失敗に終わり、その後はスポーツ・ジャーナリストとなって、テレビ番組にも出演していた。しかし、それから30年後―-。なんと60代になってから、再び<水泳界のエベレスト>に挑む。100%無謀な行為に思えるが、彼女は友人のボニーをコーチに選び、彼女や仲間たちと“チーム・ナイアド”を作って前に進む。この映画はその記録を追ったドキュメンタリータッチの作品で、過酷な水泳場面に圧倒されつつ、ヒロインを応援することになる(「夢をあきらめてはいけない」「夢に挑戦するのに年は関係ない」という彼女の勇気ある言葉が印象に残る)。

1990年代から活躍しているアネット・ベニングはハリウッドの実力派女優のひとりで、これまで『アメリカン・ビューティ』(99)『華麗なる恋の舞台で』(04)『キッズ・オール・ライト』(10)でアカデミー主演女優賞候補となり、この映画で4度目のノミネートをはたす。一方、友人役の大スターのジョディ・フォスターは『告発のゆくえ』(88)『羊たちの沈黙』(91)で2度のアカデミー主演女優賞受賞している。

そんな大物ふたりの初共演ゆえ、映画ファンとしては興味をそそられる。すごく息が合っていて、オスカーも、ゴールデン・グローブ賞も、ふたりがそろって候補になったが、確かにどちらかひとりというのは考えられない。一緒にいることでそれぞれの存在が輝いているからだ。

ドキュメンタリー監督の新たな挑戦


監督は、夫婦でドキュメンタリーを撮り続けるエリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィとジミー・チンで、これまでも困難な状況を乗り越えようとする人々を見つめてきた。ロック・クライマーのアレックス・オノルドがロープや安全装置も使わず、ヨセミテのエル・キャプタンに登る姿を描いた『フリーソロ』(18)ではアカデミー長編ドキュメンタリー賞を受賞。また、『MERU/メルー』(15)ではインドのヒマラヤ山脈メルー峰にある“シャークスフィン”ルートの初めての登頂をテーマにしていて、『THE RESCUE 奇跡を起こした者たち』(21)は、タイの洞窟に閉じ込められたサッカーチームとコーチの救出事件を映像化している。

『ナイアド』のヒロインはフロリダ海峡の横断に挑戦するわけだが、激しい湾流、サメや毒クラゲなど、そこには想像を絶する困難が待ち受けている。サメよけのケージを使うスイマーもいるが、ナイアドはケージなしでその海峡を泳ごうとする。まさに恐れを知らないスイマーのタフな挑戦が描かれていく。

1949年生まれのダイアナ・ナイアドは、元オリンピック選手のジャック・ネルソンに10代の時に出会い、水泳を教えられた。その後、レイクフォレスト大学やニューヨーク大学でも学び、75年にマンハッタン島の周辺を泳いで認められ、79年にはバハマのビミニ島からフロリダまでを泳ぐ。マラソン・スイマーとして認められていくが、キューバからフロリダまでの長距離水泳には失敗し、その後、30才で引退している。

映画の冒頭では実在のナイアドの若い頃の映像(テレビ画面)が使われているが、その後、すぐに60代の彼女が描かれる。そこはアネット・ベニングが演じていて、本物の彼女とは顔立ちが違うはずなのに、不思議と違和感がない。

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今回の映画に関して、監督のヴァサルヘリィは”Entertainment Weekly”(23年9月29日号)の中で、「アネット・ベニングが役を受けてくれて、すごくラッキーだった」と語っている。ベニングは1年かけて水泳を鍛え直し、この役に挑んだそうだが、「最初に彼女の泳ぎを見て、これはすごい!と感動した。本当にぴったりのキャスティングだった。肉体面の厳しさだけではなく、人物の複雑さも見事に表現してくれた」と彼女は語る。

ナイアドの友人であり、コーチとなるのが、ジョディ・フォスター扮するボニー・ストールだが、「ジョディのサポートも大きかった。ふたりは本物のプロフェッショナルだった」と監督はコメントする。そんな素晴らしい女優陣を得ることで、「絶対に失敗は許されない」と思ったそうだ。

海での撮影は機材の問題や太陽の光線などの関係もあって、かなりむずかしいため、多くの場面は巨大タンクで撮られたという。また、ダイアナ役のためにふたりのスタントマンも用意された。

ベニングとフォスターは、実際にダイアナ・ナイアドやボニー・ストールと多くの時間を共にして、役柄についてリサーチした上で役作りをしていった。また、かつてマイク・ニコルズ監督と一緒に仕事をしたこともある監督は、その経験から俳優とリハーサルすることが大切、と考えていたが、今回の俳優たちはリハーサル好きだったので、そのことにも助けられたという。

ベニングの自宅で初めての打合せが実現して、ジョディと顔合わせをしたが、それがふたりの友情のはじまりとなった。「その友情は特別なもので、俳優たちも忠実に再現してくれた」と監督は言う。

アネット・ベニングとジョディ・フォスター、女同士の友情


ジョディ・フォスターは「L.A. Times」(23.12.11)に掲載されたインタビューの中でアネット・ベニングについてこう振り返っている――「彼女には二面性がある。どこか人を不安にし、野心的なところもある人物を演じるのが得意だけれど、すごくストイックで、けっして不満をもらさない。そんな彼女が何時間も水に潜っているのを見て、本当に心配になったわ」

一方、アネットは同紙の中で「最初は役を演じることに不安もあったけれど、すっかり泳ぎに夢中になってしまった」と役について振り返る。「彼女はひとつのストロークのたびに大きく息をついていた。そして、船の上のボニーを見ていたのよ」とその泳ぎについて語る。

実在のナイアドに関しては「彼女のことが大好きで、リスペクトしているわ。彼女は本当に頭が切れるし、オープンな態度で接してくれる。彼女と話して、その目を見ていると、そこに多くのものが潜んでいることに気づかされる。彼女は優しくて、複雑で、どこかもろいところもある」

さらに彼女の初期の泳ぎの中には「痛み」もある、と考えている。それというのも映画でも描かれているように、10代の時にコーチに性的虐待を受けた、という過去があるからだ。コーチのネルソンは水泳界の殿堂入りも果たした人物だが、ナイアドは後に勇気を出して彼の虐待を告発している。過去のそんなトラウマや両親の不幸な関係も描かれている。

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また、彼女も、ボニーも、同性愛者という設定。ふたりは恋人同士ではなく、究極の友人同士として登場する。「友情を描くためには、葛藤の描写も必要だった」とベニングは言う。どこか自己中心的な考え方をするナイアドにボニーが厳しい言葉を投げつける場面もあるが、ナイアドの性格上の欠点をボニーが補い、ふたりの友情は続いていく。「女同士の深い結びつきを見せる映画になっているのが、本当にうれしかった」とベニングは言うが、30代の時に出会って60代まで友情をはぐくんできた熟年女性の関係を自然な語り口で見せている点もこの大きな魅力となっている。

ロサンゼルスに住む人物たちは、お互いに犬を飼い、買い物に一緒に行き、時には卓球をすることもある。「実在のふたりは競争することとゲームが大好きなので、ふたりのダイナミックな部分も映画に取り入れたかった」とベニングは語っている。

映画の脚本を手がけているのは新鋭のジュリア・コックスで、2016年に出たナイアドの手記“Find a Way”が原作となっている。2020年に製作者のテディ・シュワルツマンとアンドリュー・ラザーから映画化の話が持ちかけられたという。

zoomでダイアナ本人と話をしたというコックスは「生命力あふれるパワフルな女性だった」とナイアドを表現している。「友情の物語と自信にあふれた女性の肖像」をめざしていて、俳優たちと読み合わせをしながら、脚本に磨きをかけ、内容を深めていったそうだ。

ナイアドが水の中で聴く音楽


ナイアドは1949年生まれなので、60年代から70年代初頭にかけて青春時代を過ごしている。そんな彼女の心を代弁する選曲が映画の中では行われている。

長年、やめていた水泳をひさしぶりに再開し、プールに飛び込む場面で流れるのが、サイモン&ガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」。「ハロー、暗闇よ、君とまた話にきた」という歌詞だが、これは再び、水の世界と向き合うことになったナイアドの心理を表現している。

そして、海での水泳時間を少しずつ伸ばし始めたナイアドの気持ちを代弁するのが、CSN&Yの「キャリー・オン」。「新しい日がやってくる」という歌詞が彼女の前進に重なる。

61才の2011年60代にして初めて(人生では2度目)のフロリダ海峡横断に挑むが失敗し、同年、62才になったナイアドが60代で2度目の長距離水泳に挑む場面では、軽快なザ・ドリフターズの「ラストダンスは私に」が流れる。ただ、その後、クラゲに襲われてしまう…。

そして、62才の2012年に3度目の挑戦中には、天候不順でひどい嵐が海を襲う。その波が荒れ狂う場面ではジャニス・ジョプリンの「ピース・オブ・マイ・ハート(心のかけら)」が流れる。「私の心のかけらを壊してよ」と歌うジャニスの激しいシャウトと嵐の夜の映像が妙にマッチしていてインパクトのある場面だ(監督も撮影にはすごく苦労したそうだ)。

その後、ボニーも含め、周囲の人々に協力を断られるが、それでもあきらめない主人公は、2013年、64才で4度目(人生では5度目)の挑戦。海での場面にニール・ヤングの「ハート・オブ・ゴールド(孤独の旅路)」が流れる。「年をとっても、私は黄金の心を探してしまう」という歌詞が、主人公の気持ちを代弁する。

そして、順調な水泳が続く場面で流れるのは、「あなたを想って泣いている」という歌詞の明るいメロディのロイ・オービソンの「クライング」。

有名ミュージシャンのヒット曲が中心だが、主人公の置かれた状況や心情をうまく重ねた選曲が行われていく(劇中では、主人公は85曲を水泳のために用意した、という設定)。

映画のテーマ曲としては英国の若手シンガー・ソングライター、ジェイド・バードの新曲「ファインド・ア・ウェイ」(原作本と同じタイトル)が流れる。

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また、アメリカの詩人、メアリー・オリバーの詩「ザ・サマー・デイ」も登場する。亡くなった母親が残した詩集本という設定で、「あなたは一度きりの人生で何をするの?」という言葉が出てくるが、これは60代になって、目的のない人生を送っていた主人公への問いかけであり、新たな決意をうながすためのキーワードにもなっている。

「ナイアド」は人生の残りの時間を意識し始めた女性の勇気ある挑戦を追った作品だが、挑戦を支える仲間たちの大切さにもスポットが当てられる。

そんな中でも船の航海士に扮した英国の男優、リス・エヴァンスの肩の力を抜いた演技も忘れがたい。『ノッティングヒルの恋人』(99)、『スノーデン』(16)などでも好演を見せていたが、時には主人公と対立しつつも、彼女の冒険を支える人物に扮して、いい味を見せる。

アメリカのベテランの評論家、レナード・マルティンはこの映画を23年の特に好きな映画の1本に選び、こんなコメントを寄せている――「アネット・ベニングとジョディ・フォスターがふたりで登場する場面が本当に楽しく、今年の映画の中でも最も印象に残る。ふたりがあまりにも自然で、とても演技とは思えない。さらにリス・エヴァンスを個人的には今年の助演男優賞候補に推薦したい」

ふたりの女優たちが際立つ作品でありながら、ベテラン男優の渋い魅力もこの映画のいいスパイスになっている。

文:大森さわこ

映画ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」(河出書房新社)他、訳書に「ウディ」(D・エヴァニアー著、キネマ旬報社)他。雑誌は「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」等に寄稿。ウエブ連載をもとにした取材本、「ミニシアター再訪」も刊行予定。

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