プロジェクトの現場にはいつも「想定外」「トラブル」と隣り合わせです。危機的状況につぶされることなく、関係部門と調整を図りながら目的を達成するには、どのような視点・行動が必要なのでしょうか。孫正義氏のもとで〈プロマネ〉を務めた三木雄信氏が解説します。※本連載は『孫社長のプロジェクトを最短で達成した 仕事が速いチームのすごい仕組み』(PHP新書)より一部を抜粋・再編集したものです。
プロジェクト現場の「想定外」に悩む、プロマネたち
実際のプロジェクトの現場では、基本の作法だけでは対応しきれない想定外の事態やトラブルが起こることがあります。
いや、むしろ起こらないほうが珍しいでしょう。
経験の浅いプロマネは、下手をしたら心身にダメージを受ける可能性すらあります。
そして、ますます「プロマネは貧乏くじだ」というイメージが広まり、誰もプロマネを引き受けようとしなくなってしまいます。
私はいくつもの案件でプロマネを務めてきました。また、プロジェクト・マネジメントのアドバイザーも数多く引き受けてきました。
プロマネ的な仕事をしている人の相談を受けることも多々あります。
その経験から、プロマネの悩みには一定のパターンがあることはわかっています。
プロジェクト経験が少ない皆さんにとっては「想定外」や「トラブル」かもしれませんが、私にとっては「またか」「あるある」という見慣れた場面だということも多いのです。
そこで本連載では、プロマネの”よくある悩み”にお答えしたいと思います。
プロマネが「鶴の一声」を聞いてばかりでは、現場は大混乱
Q
どんなに注意していても、「鶴の一声」が出てしまうことはある。その時はどう対処したらいい?
A
時にはオーナーと戦うことも必要。私も孫社長とよくケンカしました。
プロマネは、時にはオーナーと戦うことも必要です。
「現場の合理的な判断として、すでにこんな意思決定をしました」
そう言い切れる自信があれば、それをはっきりと伝えるべきです。
もし”鶴の一声”に確たる根拠がない場合は、それで跳ね返せることもあります。
たとえ最終的に相手の言う通りにしなくてはいけなくなっても、「自分はプロマネとして正しい意思決定のプロセスを踏んでいる」という姿勢を見せることが大事です。
もちろん私も、孫社長と何度も戦いました。
ソフトバンク史上、最も多く孫社長と怒鳴り合ったのは、おそらく私だと思います。
「三木、いいことを考えたぞ。今すぐこれをやれ!」
「いやいや、待ってください! 現場はこのあいだ承認いただいた形でもう動いてるんです。どうしても納期までにやれというなら、予算と人員を追加してください!」
こんな場面がしょっちゅう繰り広げられました。
孫社長と戦うと言いましたが、要するに「品質」「コスト」「納期」を改めてすり合わせて、「この3つのバランスを変えないと、孫社長のおっしゃることは実現できませんよ」と交渉する作業だったわけです。
鶴の一声があったからといって、プロマネが「はい、わかりました!」と何でも受け入れていたら、現場は大混乱になってしまいます。
[図表]「鶴の一声」への良い対処法、悪い対処法
もちろん、孫社長のように強い推進力を持ったリーダーがいてこそ、前例のないビジネスや事業が次々と生み出されてきたのは間違いありません。孫社長の鶴の一声が、経営トップとして的確な判断だったことも数えきれないほどあります。
ただし実際のプロジェクトを回すには、「推進する人」だけでなく「止める人」も必要です。
オーナーからの指示が妥当なものか、それとも単なる思いつきなのかを見極め、どうしても無理なことについては相手と対決する姿勢を見せること。
それがプロマネの重要な役割です。
止める役割ができないプロマネは、メンバーからの信頼も失います。
「オーナーが言っているんだから、申し訳ないけど急ぎで頼むよ」
毎回そんなふうに現場に何でも押し付けていたら、「この人とはやっていられない」と次々に人が逃げていきます。
最悪なのは、オーナーと交渉する時に、できない理由をメンバーのせいにすることです。
「情報システムの仕事がいつも遅いので、たぶんその納期では無理です」
こんなふうにメンバーに責任を転嫁するプロマネからは、やはり人が離れていきます。
納期にしろ品質にしろコストにしろ、どうしても実現できないことがあるなら、それは現場を管理するプロマネが責任を持ってオーナーに訴えるべき問題です。
オーナーの鶴の一声と戦う時は、プロマネが自分自身の責任で相手と対決するのだという心構えが必要です。
「プロマネの権限」を超えた範囲まで、自力で解決しないこと
Q
明らかに人員が足りないのに、「どこも人が足りないみたいなんだ。なんとかこれでやってくれないか」とオーナーから言われてしまった。それでも増員を要請すべきか?
A
安請け合いは厳禁。プロマネは、「上に球を投げ返すマインド」を持ちましょう。
この場合、もしオーナーが社内で強力な権限を持つ人物であれば、まずは戦ってみる必要があります。
「これだけの工程をこの人数で回すのは現実的に不可能です。オーナーの力で、各部署にもう1度掛け合ってもらえませんか」
そう言って増員を依頼するのが基本の対処法です。
ただし、オーナーにそれほど権限がない場合もあります。
社長ならすべての機能部門に対して権限を持ちますが、例えばサービス企画部門の部門長がオーナーなら、自分の権限で情報システム部門の人員を動かすことはできません。
その場合、まずはプロマネが情報システム部門の部門長に増員を依頼します。
「今の人数では納期まで6ヶ月かかるが、どうしても4ヶ月で納品しなくてはいけない。工程数から考えると、現在10人でやっている作業を13人にしないと間に合わないので、あと3人出してもらえないか」
このように、プロジェクトの納期や工程などを具体的に示して交渉してください。
それでもダメなら、あとは納期を遅らせるか、品質を調整するしかありません。
これはオーナーの意思決定が必要なので、改めてオーナーであるサービス企画部門の部門長と話し合います。
「情報システムの部門長と交渉しましたが、増員はできないとのことです。現状の人員でやるしかないのであれば、納期を6ヶ月に延ばすか、あるいは4ヶ月後の時点でベータ版を納品し、その後2ヶ月でバージョンアップするか、いずれかの選択肢しかありません。どちらを優先しますか」
このように、サービス企画部門の部門長に判断を委ねます。
つまり、ボールをオーナーに投げ返すわけです。
プロマネの権限でやれることはすべてやったのですから、あとはオーナーの責任です。
オーナーも自分のところに権限が戻ってくれば、「だったら自分が直接、情報システム部門の部門長に交渉してみるか」と考えて、本部長同士で交渉するはずです。
その結果、「やっぱり人員は増やせないから納期は延ばす」という判断になるのか、「納期は絶対守る必要があるので、とりあえずベータ版を出そう」という判断になるのか。
いずれにしても、それはプロマネの責任の範囲ではありません。
プロマネは本部長同士が話し合って決めた意思決定に従い、実行するだけです。
大事なのは、プロマネが自分の権限を超えた範囲まで自力で解決しようとしないこと。
権限を持たないプロマネが権限を持つ相手と戦っても、返り討ちにあうだけです。
自分の権限でやれることをやったら、権限を本来持つべき人に戻し、上の人間の話し合いで意思決定してもらうことが必要です。
「上からふってきたことは何でも言われた通りにやらなければいけない」と思っているかもしれませんが、そんなことはありません。むしろ、安請け合いは絶対にしてはいけません。
またプロマネは、自分では解決できない問題を上に投げ返すマインドや、権限を持つ人たちをうまく使いこなそうとするマインドを持つべきです。
「これはプロマネの権限ではないので、あなたが決めてくださいね」と言って、適所に権限をどんどん投げ返し、相手に意思決定させれば、プロマネは現場を回すことに集中できます。
上の人間に自分で意思決定させれば、あとになって「あのプロマネは俺が思っていたのと違うことをやっている」などとクレームをつけられることもありません。
プロマネが余計な責任を負わされないためにも、また1人で抱え込んでつぶれないためにも、権限の範囲やありかを常に意識して動くことが大切です。
三木 雄信
トライズ株式会社 代表取締役社長