JR倉敷駅から南に延びる倉敷中央通りの起点となる駅前に、この地では珍しいスタイルの店が誕生しました。椅子がない、立ち呑みのみの「立ち呑みura」です。駅から徒歩約1分の好立地で、地元客にも観光客にも便利な店。
外から店を眺めるとなんとなく異質さを感じます。建物の形、窓から見えるむき出しの土壁。のれんはなく、扉横のメニュー看板を見て初めて飲食店とわかります。
一見、なんの店だろうと思ってしまう店構えは、建物を設計した建築家の想いを大切にしているから。
偶然の出会いから生まれ、そして交流の場となっている立ち呑み屋を取材しました。
建物にも注目したい立ち呑み屋
JR倉敷駅の南口より西ビルの前を通り、歩道橋を降りてすぐ右手にある「立ち呑みura(以下、ura)」。倉敷の顔ともいえる好立地な場所にあります。
ちなみにuraの発音は鬼を意味し、岡山に馴染みのある「温羅(うら)」かと思いきや「裏」のほうです。倉敷の表にあるのに、裏とする理由は後半のインタビューで紹介します。
飲食店なので、メニューの話をしたいところですが、まずは建物に注目しましょう。黒みがかった壁に扉と大きな窓があります。窓の向こうに見えるものに、きっと違和感を覚えることでしょう。むき出しの土壁が見えるのです。
窓には特殊加工がしてあり、夜でも光を反射せず、なかがしっかり見えます。近づいてみると、竹が組まれているようすも捉えられ、建物のなかなのに、外を見ているような気持ちに。そう、窓から見える壁は、隣の建物の外壁なのです。
uraは隣の増築によって生まれた建物で、店を改装する際にあえてこの外壁を見せるようにしたのだとか。店内に入り、天井を見るとさらに不思議な気持ちになります。まるで工事現場にいるような天井です。
複雑に組まれた柱、むき出しの壁や天井。実はこれらは工事中ではなく、完成品で、スキーマ建築計画の建築家 長坂常(ながさか じょう)さんが改装を手掛けました。長坂さんは「半建築」という概念をもとに、建物や土地の素材を生かした建築を手掛けています。
増築によって生まれた、壁の出っ張りもそのまま。柱に残っている文字も見え、たしかに建物から歴史を感じます。
店内は不思議な形の建物にそって、カウンターが設けられています。立ち呑み屋なので椅子はなし。
地元食材をふんだんに使った料理
uraを運営するのは株式会社クラビズ。ハンバーガーやチキンオーバーライスなどを提供する姉妹店のCafe&Bar KAG(カフェ・アンド・バー・カグ)も運営している会社です。
uraでは、地元食材をふんだんに使った料理や地酒を味わえます。
魚春の魚
倉敷市茶屋町にある1898年創業の老舗魚屋の魚春(うおはる)の魚を使ったメニューが目玉です。魚春はすぐ傷む鰆(さわら)を生のまま流通できる方法を、日本で初めて編み出し伝授したのだとか。岡山で新鮮な鰆が食べられるのは魚春のおかげですね。
岡山の食文化に大きな影響を与えた魚屋の鰆やしめ鯖を、倉敷駅前で味わるのはありがたい。
「魚春の鰆たたき」は注文後に表面をバーナーで炙ります。
魚編に春と書く鰆は、春がもっともおいしいと思われがちですが、実は冬になると脂がのって美味。ぶ厚い切り身は醤油ではなく、柚子胡椒や岩塩を付けて食べました。
風味を消さず、旨みを引き立たせる塩で食べられるのは新鮮な証拠。口溶けしそうなほど柔らかく、脂がのった鰆をゆっくりと噛み締めました。
鰆同様、しめ鯖もおすすめです。しっかりと鯖を堪能したい場合は「魚春の特製しめ鯖」の注文を。魚春が調理したしめ鯖は、酢で身が引き締まっているものの、鰆同様柔らかい。ご飯にもお酒にも合う仕上がりです。
ずっと口のなかで味わいたいほど、感動しました。
しめ鯖の変わり種もあり、それは「名物しめ鯖サンド」です。しめ鯖がパンに合うなんて、と衝撃を受ける一品。
魚メニューにはフライも。訪れた日の「瀬戸内の白身魚フライ」は岡山県産の黒鯛でした。魚の種類は日によって変わるそうです。岩塩とタルタルソースと一緒に食べました。
表面はカリっと揚げられ、なかみは驚くほどふわふわ。こちらも満足度の高いメニューでした。
阪本鶏卵の卵
1966年創業で倉敷市水島にある卵屋、阪本鶏卵のメニューも紹介しましょう。
卵そのものを味わうなら「阪本鶏卵のウフマヨ」です。ウフマヨはフランス料理「ウフマヨネーズ」の略で、卵とマヨネーズを意味します。
筆者がウフマヨを食べたときは「阪本鶏卵の芝麻ウフマヨ」というメニュー名で、ゴマ風味のソースがかかっていました。少し中華風味のするウフマヨでした。
卵はとろとろの半熟状態です。卵好きにはたまらない一品です。
日本人のソウルフード、卵かけごはんもあります。たっぷりのカツオ節とねぎがかかった「卵かけごはん黄ニラ醤油がけ」です。醤油に黄ニラ醤油を使うのは、岡山愛を感じます。カツオ、ねぎ、黄ニラの香りが脳を刺激します。食べる前からおいしいに違いないと確信しました。
卵黄だけなので、ごはんにねっとりと卵が絡みます。〆のごはんと思って食べたのに、食欲がわくという罪深い料理です。
岡山の酒
岡山の地酒もあります。メニューは日によって変わるのでお店のひとに聞きましょう。日本酒は壁のメニュー板に書かれています。
注目すべきは岡山のクラフトビールもある点です。「OKAYAMA JIMOTO BEER 086」というブランドで、岡山県早島町で醸造されています。ラインナップは以下の5つです。
- #2 OKAYAMA PALE ALE
- #4 KURASHIKI HAZY IPA
- #6 KIBIJI AMBER ALE
- #8 TSUYAMA CHOCOLATE STOUT
- #48 HAYASHIMA IGUSA PILSNER
ブランド名の「086」は岡山の市外局番で、ラベルにある数字は県内各地の電話番号の頭数字です。筆者は「#8 TSUYAMA CHOCOLATE STOUT」を飲みました。
津山をイメージして作られたスタウトビール。甘くはなく、ダークチョコレートのような香りがします。見た目以上にフルーティーで、料理にぴったりのビールでした。
建造物としても興味深く、岡山県産の食材をたっぷりと使用した「立ち吞みura」。社長の秋葉優一(あきば ゆういち)さんと店長の田川秀虎(たがわ ひでとら)さんに話を聞きました。
JR倉敷駅より徒歩約1分の、倉敷の玄関口にある「立ち呑みura」。倉敷では珍しい立ち呑みのみの店です。社長の秋葉優一(あきば ゆういち)さんと店長の田川秀虎(たがわ ひでとら)さんに話を聞きました。
出会い・つながりから生まれた店
──なぜ駅前に店を構えたのですか?
秋葉(敬称略)──
我々は駅前でKAGを経営していて、隣はエステの店でした。その場所はすごくいい場所だなってずっと思っていて。もし店が空くことがあれば教えてほしいとお願いしていました。すると空くとのご連絡をいただき、その時点ではノーアイデアでしたが、借りることに。
長坂常さんとの出会い
秋葉──
駅前で店をするなら、みんなのためになって、ワクワクするような企画をしなくては、という使命感もありました。
立ち呑みをしようと決まった後に、たまたま知り合いから長坂常(ながさか じょう)さんを紹介してもらったんですよ。長坂さんは僕が一番大好きな建築家です。
世界的に有名なかたなので、絶対に断られると思いながら、「お仕事を受けてくれませんか?」と聞きました。すると「いいよ。一回現場を見てみよう」と言ってくれて。
エステ店のときは、きれいにされていて、2階まであって、壁もちゃんとありました。でも長坂さんは「これではおもしろくないから、一度壁を全部はがして、それからどうするか考える」って。
長坂さんは「半建築」という、もともとあるものをいかに美しく見せていくかを表現する建築家です。きれいにするのは逆にかっこ悪いという長坂さんの意見を受けて、店にのれんは付けていません。
本当はのれんがあったほうが、呑み屋だとわかりやすくていいんですけどね。
uraの建物は隣の増築部分のようです。なおかつ駅前の開発で道路を確保するためのセットバックがあったので、建物が切られているんですよ。だから変な三角形の形をした建物になりました。
壁を取ったときに大正時代の土壁が出てきました。天井もむき出しです。
田川(敬称略)──
僕が初めて長坂さんを知ったときは「こういう見せかたをする建築家がいるんだ」と、とても驚きました。お客さまからはよく「工事中ですか?」と聞かれます。そういうときは建物の説明をすると納得されますし、長坂さんのことも知ってもらえます。
店長の田川さんとの出会い
──田川さんはオープン当時から働いているのですか?
田川──
uraに関わり始めたのは、2023年8月オープンの2か月ほど前からですね。レシピを考えるなどしていました。
僕はもともと全然違うところで働いていたんですけど、ご縁があって社長(秋葉さん)に声をかけてもらったんです。何気ない会話のなかで「立ち呑み屋をするんだけど」っていう話があって。僕は食に興味があったので、これも経験のひとつだなと思い、やらせてもらいました。
店長になったのは2024年1月からですね。
前職は、ふつうの会社員でした。製造業をしていまして。そこから飲食の道に進もうと思い、ピザ屋で修業しました。修業が終わって、息抜きの期間にたまたまKAGへハンバーガーを食べに来て。そこで秋葉社長に会いました。
秋葉──
uraの立ち上げは誰が何をするかって決める前に、とにかくバッと動いていて。そのなかで誰かに会いそうな気がしていたら、たまたま出会って声をかけました。
食材は秋葉さんの知り合いから仕入れる
──地元の食材を使われていますが、魚春や阪本鶏卵ともともとつながりがあるのですか?
秋葉──
もともと僕のつながりですね。魚春さんは知り合いの後輩でつながっていたのと、阪本鶏卵の阪本くんは10年以上前からの顔見知りです。岡山の食材を使おうって思ったときに、知り合いから声をかけました。
魚春さんが本当にいい仕事をされていまして。メニューにお店の紹介を書いています。僕たちが駅前でお店をして、少しでも魚春さんのPRになればいいと思いますし、逆に名前をお借りした僕らのほうも信頼度が上がるじゃないですか。
お酒も地元のものを置いています。たとえば児島の三冠酒造(さんかんしゅぞう)さんにみんなで行って、社長にレクチャーしてもらったことも。地元の酒屋さんからアドバイスももらっていますね。
岡山のクラフトビール「OKAYAMA JIMOTO BEER 086」を作っている一倉(いちくら)の社長さんとも個人的にとても仲がいいので、こちらも店に置いています。地元のかたがたにご協力いただきながら、僕たちはPRを。ちょっとでも地元のビールやお酒、魚を知ってもらえたらいいなと思っています。
交流が生まれる場所
秋葉──
「ura」は「裏」のイントネーションでして、画一的な社会に疑問を感じているなかで名付けました。たとえば授業中は座らないとダメで、じっとしていられない子どもが悪いかと言ったらそうではない。わざとしているのではなくて、その子たちの個性なんですよね。
uraは倉敷の表にありながら、ura(裏)という名前にします。要は表だけではなく、裏の大切さがあると思うんですよ。何かの体裁に対して批判があってもよくて、それがなくなるとみんなが同じ方向に突き進むだけじゃないですか。
いろいろな生きかたがあって、それは自分で選んでいます。毎日仕事をして、貯金してという暮らしだけでなく、飲んだくれる生きかたがあってもいいと思っています。ちょっとみんなから外れているひとたちを受け入れられるのが本当の多様性かと。駅前でuraが持つ意味を伝えることで、街が少しでもよくなればいいなと思います。
uraが年齢や性別、国籍とか全部取っ払って、みんながいろいろな話をしてつながる裏の場所になればうれしいですね。
──立ち呑みだけのスタイルは珍しいですよね。
秋葉──
席に着いたら、ずっとそこにいて動けないじゃないですか。遠くの席のひとと仲良くなれないですよ。立ち呑みだったら、動けるんですよ。飲食店をしたいというより、そういう交流の場を作りたいという想いが一番ですね。
田川──
僕らは、お客さま同士をつなげる楽しさも感じています。見ず知らずのひと同士が仲良くなるのがすごくうれしいですね。お客さまの話を聞いて、共通点を探し出して、話を振ってつなげる。「uraに行ったらまたあのひとに会えるかも」と思ってもらえるなら幸せですね。
お酒を飲んで、オープンな気持ちで、初めて会ったひとと友だちになれるって、すごくすてきなことだと僕は思います。
「楽しい」思い出を残してほしい
──どのようなかたが利用されていますか?
田川──
地元のかたも多いですし、県外からも来られます。
仕事の仲間との飲みで、早く着いたときに時間つぶしに利用されることも。立地がいいので、最終電車のぎりぎりまで飲むかたもいらっしゃいますね。
土日になると海外からのお客さまも増えていて、先日は韓国から来られました。店にいるみんなと仲良くなって、とっても楽しくてね。国境を越えて来られるかたにも、この店が楽しかったという思い出になるとすごく幸せだなって思いました。
「トモダチ、トモダチ」と言って、何度も乾杯していましたね。言葉の壁があると思うんですけど、日本語で「トモダチ」と言ってくれるのはうれしいですし、そういう空間はとてもすてきですよね。
おわりに
取材を通し、倉敷の印象に直結しかねない駅前で営業するのは、大きなプレッシャーもあるはずと感じました。
店そのものだけではなく、町の印象としても記憶に残るからです。そのため楽しい交流を重視しているのでしょう。楽しい会話は「また行こう」とか「あの町って良かったな」という記憶として残ります。
少し変わった形の建物のuraは、カウンターも緩く曲がっています。そのためどの席に立っても客同士がよく見え、交流しやすい雰囲気です。椅子がないので自由に移動でき、隣と距離を詰めるのも空けるのも自由自在。
実際にuraで食事をすると、隣のひとと会話がしやすく、初めてのかたとも自然とおしゃべりを楽しんでいました。
この先もuraでは偶然の出会いが生まれ、何か奇跡が起こるかもしれません。倉敷の玄関口で岡山の食材・お酒を味わい、交流する。またふらりと立ち寄ろうと思います。