借金返済のため、デリヘルで働いていた私へ 傷に向き合い体験つづる

経験を語ったつばきさん

 借金返済のため、デリバリーヘルス(派遣型性風俗業)で働いた経験がある「つばき」さんが、業界に足を踏み入れる前の自分に語りかける「時給7000円のデリヘル嬢は80万円の借金が返せない。~24歳のつばきとフーゾクの世界」(ころから)を出版した。

 経済的窮状や居場所がないことで、女性たちが性や風俗業界の知識がないまま性売買にからめ捕られる。こうした現実に危機感を感じ、業界から離れて10年以上を経て、自らの傷に向き合い体験をつづった。つばきさんは、性売買経験当事者として「特に10代女性、そして性売買を知らずに育った大人たちに知ってほしい」と話す。

◆「コンパニオン募集」

 「時給“7000”円」「コンパニオンで稼いじゃお」-。性売買への入り口は、交流サイト(SNS)の求人投稿だった。現在30代後半のつばきさんが、24歳の時のことだ。

 高校卒業後に実家を出て、リストラによる転職後には会社の寮で暮らしていた。交際男性ができ、ニキビをなくして「きれいになりたい」とエステに通い、高額な支払いに悩んでいた。お金を使うことでストレスを発散する「消費依存」にも陥っていた。

 より効率よくお金を稼ごうとインターネットでショップを開設する「副業」を見つけたが、80万円を費やしたあげく、身入りはほぼゼロ。詐欺だった。両親にも言えず、追い詰められ高収入のアルバイトを探す中で行き着いた投稿だった。

 「何のコンパニオンかな、と。知識がなく百貨店、繁華街などでキャンペーンや試食を勧める女性、あるいは単発的にイベントに参加したり、宴会でお酒をついだりする仕事かな、と思っていた」

 連絡を取ると、男性がわざわざ近所の飲食店に出向いて来て面接をした。

 男性は「デリバリーヘルスという仕事」だと言った。内容も説明した。

 「びっくりした。引っかかってしまったと思った。まさかそういう状況に直面するとは」。ただ視野が狭く、精神的に最悪な状態だった。自分の状況を説明すると、男性は「大変だったね」「うちにはいろんな事情を抱えた子がたくさんいてね」と親身な言葉をかけてくれ、張り詰めた心が解きほぐされていった。

 「運命的なものを感じ、その世界を経験し、語る人間として生きるのもありと思ってしまった。そうすることで、迷惑をかけた両親などに償いたいとも思った」

 男性は「風俗は闇」と話した。実際、業界の大半は指定暴力団が関係する脱法的な性売買の場。だが当時はよく分からない「闇」という言葉に魅力を感じたという。

◆崩れていく精神状態

 女性たちは、マンションの一室などに設けられた待機所で過ごした。飲み物が用意され、冬はこたつも置かれるなど快適で、シャワーや台所も使えた。「自宅がなかったり、一時的に家を失っている若い女性にも非常にいい環境。一日中そこにいる子もいた」

 派手な身なりの女性が多い印象を持っていたが、そうではない人が少なくなかった。親が低収入できょうだいも多く、「働かねば」と語った若い女性がいた。お小遣い稼ぎという感じの人もいたが、「収入が即日ほしい」と言ったり、シングルマザーなどで頼れる人がいなかったりと、切実な女性たちに出会った。

 8割以上の接客は、決められた作業をするだけですんだ。しかし、残りの2割ほどは「悪い客」だった。怒鳴られたり、暴言をはかれたり、理不尽な要求をされたりした。「1対1の密室で精神的な打撃が大きく、泣いたりした。でも、その仕事を人に知らせておらず公言できなかった。どこに吐き出せばいいか分からず、毒がたまり続けた」

 間もなく収入も落ちた。

 1カ月ほどは稼げた。昼は一般企業で働き、夜は待機に入り、睡眠時間が4時間ほどの日々が続いた。だが、思い切って昼の仕事を辞めた直後から仕事が激減した。「結局、繁忙期に入る直前に働き出したのでしばらくは稼げたが、それが過ぎたということ。週に1、2件の仕事があればいいほうだった」。借金を返すどころではなくなった。

 身なりは派手になったが、表情はなくなっていった。人への恐怖心を感じたり、監視されていると思い込んだりし、普通の精神状態に戻れなくなった。

 店のオーナーに「稼ぎたいなら今調べなくていい」と言われ、予防法をよく知らずに働き続けたことで、性感染症にもかかった。

 性風俗業界で働き出して4カ月。SNSで知り合った男性と交際を始めた。借金返済は見通せず、性感染症のリスクも心をむしばんだ。交際男性のすすめで、半年で辞めることにした。

◆人に頼ることが大事

 その後、一般企業に勤めた。借金は返せず、父親のアドバイスで任意整理をした。時に疎ましく思っていた家族のありがたさが身に染みた。

 性風俗業界で働き出したころは、実態を発信したいと記録を続けてきたが、精神的に不安定になり途絶えていた。ただ、安心できる生活を続けるうちに、体験を伝えたいとの気持ちがよみがえった。日本で性売買を強要されたコロンビア人女性や、韓国で性搾取や性売買から生き延びた当事者の手記にも触発された。

 執筆しながら気分が悪くなることもあったが、2016年ごろから原稿を書きため、ようやく出版にこぎ着けた。「業界に入る前の若い人に役立ちたい。上から物を言うのでなく、過去の自分に対して言ってあげたいことを書いた」。10代の女性でも読みやすいようマンガを織り交ぜ、分かりやすい文章で、業界にからめ捕られる過程で得た教訓や性感染症の正しい知識などをつづる。

 日本では学校できちんとした性交などを教えられず、ちまたにあふれる雑誌や動画で性に関する情報を得るのが実情だ。つばきさん自身も正しい知識は知らなかった。「性暴力や性被害を減らすためにも、性教育が必要」と痛感するといい、同書では正しい知識の普及も訴える。

 性売買の悲惨さを訴えると、そこで働く人への「差別だ」との声も上がる。「個人の価値観があり、そう言う人を否定することは難しい」としつつ、経験を経て痛感したのは、「100%の客が自分のことを従業員として接するわけではなく、中には商品やモノのように接する客もいた。1対1の密室で、非人道的なひどい目にもあった。そういうことが一件でも発生するなら、仕事として成り立たせていけない」ということだ。

 街中では性風俗店などの求人サイトの宣伝カーが走り回り、「コンパニオン」の募集は絶えない。「性風俗業界は、実はとても近い場所にいつもある。そういう存在があると早めに、具体的に知ってほしい」。実家で育っても、1人暮らしや社会人としての歩みを始めると、「無限の自由」の中で、実態がよく分からぬまま吸い込まれてしまう女性たち、そしてそう仕向ける構造がある。

 つばきさんは呼びかける。「生きていく上で人に頼らねばならないと伝えたい。相談を受ける機関もあり、私も利用した。ぜひそこに連絡を取ってみて。どうせ相談しても解決につながらないと思うのであれば、私に相談して。その方法以外でも、生きていく安全な手段はある」。同書は巻末に、性犯罪や性暴力被害者のための支援センターや女性相談所の連絡先一覧も収録している。

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