藻類を活用し、化粧品業界が起こそうとしているイノベーションとは―― 資生堂とちとせグループの共創に見る

培養中の微細藻類。微細藻類の培養数によって色の濃さが変わり、ボトルの右からおよそ3日で左端の色になる。写真右端は乾燥藻(©️資生堂)

脱炭素社会の実現に向け、世界各地で、多くの国や企業による連携・共創が進んでいる。そうした一つが、日本発のバイオベンチャー、ちとせグループが国内の大手企業など80機関(2024年3月1日時点)と共に、航空燃料や医薬品、食料などありとあらゆる分野で、藻類を基盤とする新産業の構築を目指す、MATSURIプロジェクトだ。光合成によって多様な有機物を生成する微細藻類は、化石資源に依存しない新たな資源として大きな可能性を秘めているとされる。この挑戦に“美”の分野から参画する資生堂の取り組みを通して、化粧品業界は2030年、2050年、そしてその先の未来を見据えてどんなイノベーションを起こそうとしているのかを探った。(廣末智子)

スピーディー、かつダイナミックに参画決める

ちとせグループの母体であるちとせ研究所(川崎市)は、2000年代から、微生物や藻類など“小さな生き物の可能性”に目を向け、それらを引き出す技術群を創出してきた。その技術を活用し、大量生産を可能にしたプラントが、2023年4月にマレーシア・ボルネオ島のサラワク州で本格稼働した世界最大規模の微細藻類の生産設備だ。MATSURIプロジェクトもここを現在の生産拠点としている(詳細は昨年10月に既報)。

資生堂は、2022年4月に、ちとせグループのMATSURIプロジェクトにおけるパートナーとしてプロジェクトに参画した。ホームページの記事によると、きっかけは、同社ブランド価値開発研究所に所属する研究員が学会でMATSURIプロジェクトのことを知り、すぐにちとせに話を聞きに行ったこと。そこで藤田朋宏CEOの「藻類で世界を変える」という強い意志と熱意に心が動かされたことだった。

2023年4月、NEDOの委託事業として運営するマレーシアの藻類培養設備C4を視察する資生堂の岡部義昭氏=前列中央=と原料開発チームの研究員ら(©️資生堂)

現場の“直感”は会社を動かす。研究員は思いをすぐに上司である原料開発室長に伝え、それを聞いた室長は「日本の技術力を集めて藻類の産業化を目指すという壮大な趣旨と、業界の枠を超えた協業スタイル」に意義を見出し、「化粧品のリーディングカンパニーとして参画すべきだ」とすぐさま判断した。そして、「私たちが考えるよりもっと大きなスケールでサステナビリティの取り組みができる」と会社に提案。研究員がMATSURIを知ってから、会社が参画を決めるまで、1カ月とかからなかったという。

マレーシアの藻類生産設備の本格稼働に合わせ、2023年4月には、当時、常務でチーフイノベーションオフィサー チーフブランドイノベーションオフィサーを務めていた、現・副社長 チーフマーケティング&イノベーションオフィサー チーフブランドオフィサー ブランドSHISEIDOの岡部義昭氏と研究員らが現地を視察。帰国後は、投資も含めた産業構築パートナーとしての参画を決め、7月にはちとせグループとの間で研究開発を中心とした“戦略協業契約”を締結し、同グループに10億円を出資している。

一つの選択肢として、藻類で化粧品原料を循環型に

資生堂がかくもスピーディーかつダイナミックに、MATSURIプロジェクトに参画し、ちとせグループとの共創、協業を進めるいちばんの理由はどこにあるのか――。

ブランド価値開発研究所 R&Dサステナビリティ&コミュニケーション部 部長の大山志保里氏(※取材当時、現・ブランド価値開発研究所 グローバルブランド価値開発センター長)の、資生堂が力を入れるR&D戦略の3本柱の1つが“Sustainability INNOVATION”であり、「化粧品の原料も循環型にしていきたいという思いを持ちながら進めていた」ところに、ちとせと出会ったことで、「一つの選択肢として、藻類でそれを実現する可能性が大きく膨らんだ」と話す。

藻類は、太陽の光と水さえあれば、どこでも培養できる。荒地や砂漠のように農業利用が難しい場所でも、また農業や畜産に比べてはるかに少ない水で、生産を行うことが可能だ。ちとせは、その大量培養技術の確立に向け、チャレンジを続けてきた実績がある。そして何より、「石油産業に代わる“光合成を基点とした産業”の構築を目指す」という明確なビジョンが、資生堂が思い描く未来と合致したと言える。

加えて、マレーシアの設備は隣接する火力発電所の排気ガスを引き込み、その中に含まれるCO2を藻類培養時の栄養素として利用するシステムであることも決め手となった。日本では法的に難しいこともあって、藻というクリーンな資源を創出しながら、温室効果ガスの削減にも貢献できる事業は他になく、「原料調達という、バリューチェーン全体でのCO2削減にしっかりと取り組めることの意味は大きい」(大山氏)からだ。

2025年にプロトタイプ完成、2030年までに商用化目指す

ちとせグループが2023年にマレーシア・サラワク州で本格稼働させた世界最大規模の藻類生産設備、CHITOSE Carbon Capture Central。5haの広大な土地に、独自のフラットパネル型の培養設備を数万単位で並べる方式で建設コストを削減している。写真奥に見えるのが、隣接する火力発電所(©️ちとせグループ)

CO2を直接原料とするこの事業は、2023年度、NEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)のグリーンイノベーション基金事業に採択され(2030年までの総事業費約555億円)、研究・開発は一歩一歩、着実に進んでいる。

現在、資生堂の原料開発チームは、MATSURIプロジェクトで培養された微細藻類から、化粧品の原料となる油脂の抽出に取り組んでいる段階だ。チームによると、藻類には種類によってEPAやDHAといった必須脂肪酸や、抗酸化成分のアスタキサンチンなどの肌に良い成分があることが分かっている。

微細藻類は用途によって個体、液体に加工される。ボトル左の茶色は藻類から抽出されたオイル。それを精製したのが右の透明ボトルで、これが化粧品用の原料となる(©️資生堂)

既に、藻類由来の有効成分は化粧品にも添加されているが、資生堂では、最終的に、油性成分、水性成分、界面活性剤といった化粧品の汎用原料の全てを藻類由来の原料に置き変えることを模索。藻類由来の化粧品原料には安全性や品質の標準がないため、化粧品業界としてガイドラインをつくることも視野に入れているという。

大山氏によると、2025年までにはプロトタイプを完成させ、インターナショナルフェアなどの場で実際の生活者に手に取ってもらうところまでもっていき、2030年までの商用化を目指す。

MATSURIプロジェクトにかける資生堂、ちとせグループの思いは

資生堂・大山氏とちとせグループ・藤田CEOが対話

資生堂とちとせグループが共に描く、石油由来に代わる、光合成由来の次世代の化粧品とはどのようなものなのか――。最後に、大山氏と、藤田CEOに対談形式で、MATSURIプロジェクトにかける思いを語ってもらった。

資生堂の大山氏と、ちとせグループの藤田氏(横浜市の資生堂グローバルイノベーションセンター)

大山 今の時点で、藻類を原料とするどのような化粧品をイメージしているかというと、見た目も使い心地もお客さまが求める化粧品の基本的な機能を持ちつつも、どこかにユニークさがあるというような商品です。藻類を原料としていることが、お客さまにとって直接的な価値になるというよりは、今は当たり前に石油を使っている原料に、藻類というオプションが加わる形ですね。今とは逆に、藻類からできているということが、当たり前の世の中になることを目指しています。

藤田 化粧品って、元々石油から作っているというイメージがあまりないんじゃないでしょうか。その原料が知らぬ間に藻類に置き換わっているというのがいちばんいいと思いますね。そのためには、やはりいかに低コストで量産できるかが課題であり、そこが我々の頑張りどころですが、とにかく生産面積を増やそうとすると、資本をたくさん集めないといけない。すると今度は、そんなにたくさん作って、誰が使うんだとなる(笑)。ですから、御社をはじめ、使うと言っていただけるパートナーがいて、我々も生産ができる。そこのバランスが難しいです。

大山 そういう意味でも将来的にはオープンソース化をして業界で幅広く使っていただくことを考えています。私どもR&Dのトップである岡部もマレーシアに行き、世界一の規模の藻類プラントを実際に見て、その技術力を高く評価し、信頼できるパートナーとして、金額的に大きな投資もさせていただきました。研究員はものすごい情熱でこのプロジェクトに向かっています。

藤田 そう言っていただくと、とても嬉しいです。私どもの目指す、「光合成を基点とした産業」の構築は世界中でも前例のないことであり、何が正解かどうか分からないなかで、一つひとつ積み上げて、ここまできました。ここ数年はコロナも戦争もあり、思うように事業が進まない期間もあって、昨年4月の開所式では感極まって号泣してしまったのですが、御社が実際に我々の技術を見て評価してくださり、思いに共鳴して、パートナーとして共に歩んでくださることに感謝しかありません。

大山 資生堂の社名は、中国の古典「易経」の一節、「至哉坤元 万物資生(大地の徳はなんと素晴らしいものであろうか、すべてのものはここから生まれる)」に由来します。環境負荷を軽減し、使い捨てではなくサーキュラーエコノミーを実現できる技術やビジネスモデルの構築を目指すことは、当社の使命だと考えております。ちとせグループが、その社名にも込めた“1000年”後の世界に向けて、藻類をはじめとする「小さな生き物」の可能性を引き出し、その一つひとつを事業として社会に埋め込んでいくという壮大なビジョンとも親和性を感じているところです。

藤田 地球温暖化の理由はいろいろあるとは思いますが、この100年、化石資源を掘り返しては一気に燃やしているのですからCO2も出るし、温度も高くなるでしょう。そうではなくて、太陽光を受け止めて生き物を増やし、それで人類が生きていける世界にしたい。我々が少々、CO2を固定化しながら藻類を増やしたところで1.5度目標の達成に間に合うのかも分からないですが、何もやらないよりははるかにいい。100年後、300年後の人たちに、100年前、300年前の人たちは何をやってたんだと言われないようにしないといけない。10年後がなければ1000年後もないと思っているので、一つひとつの事業を確実に、経済合理性がある形で社会に埋め込み、積み重ねていきたいです。

大山 資生堂にとって、MATSURIプロジェクトに参画することは、ある意味、賭けと言えるかもしれません。どういうことかと言いますと、1社だけではなく、大きなスケールで、本気で取り組んでこそ意味をなす案件だからです。業界を超え、他社さんとも手を取り合って、オールジャパンでやっていくことに意義があると考えます。資生堂は化粧品業界のリーダーであり続けたいと思っていますが、そのためには、世の中にくさびを打って常にゲームチェンジャーであり続けなくてはいけません。MATSURIプロジェクトを通じて、その良い機会をいただいたと思っております。

藤田 ありがとうございます。そうなんです。誰に何と言われようが、誰かが旗を振って進めていかないと、世界は変わらないと思います。ゲームチェンジャーの同志として、みんなで頑張っていきましょう。

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