広がるUNRWA解体論 ハマス関与疑惑の真相は?

国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)は、あと1カ月で活動資金が底をつくと述べ、ガザに飢餓が差し迫っていると警告する (KEYSTONE)

パレスチナ難民を支援する国連機関への解体圧力が高まっている。イスラエルは国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)がイスラム過激派ハマスと共謀していると主張し、スイスなどのドナー(援助)国からの資金拠出が滞る。イスラエルの主張を検証した。 swissinfo.chで配信した記事を定期的にメールでお知らせしています。人気記事のまとめや分野別でも購読できます。登録はこちらから。 先月26日、第55回国連人権理事会の開幕に合わせ、国連を監視する国際NGOのUNウォッチがジュネーブで「総会」を開いた。親イスラエルの同団体が議論したのは「UNRWAなき後の未来」という一点だった。 昨年10月7日のハマスによるイスラエル奇襲以来、UNRWAは複数の痛棒を食らわされている。最も深い痛手は1月下旬、UNRWA職員12人が昨年の奇襲に関与していたというイスラエルの告発だった。UNRWAは直ちに職員を解雇し、国連は調査を開始した。 イスラエルは告発の証拠をまだ国連に提出しておらず、UNRWAはハマスとのつながりがあるとの主張に反論している。それでもUNRWAに対する資金供与の打ち切りを求める声が高まっている。 国際危機グループ(ICG)のシニアアナリスト、ダニエル・フォルティ氏は「イスラエル指導部が事態を収束させたいと考えているのは明らかだ」とみる。ハマスとの闘争が終わり次第UNRWAを解体することが、今やイスラエルの計画の一部となっている。 UNRWAに対する告発の影響は甚大だ。複数の主要ドナー国が資金提供を停止した。ガザの人道危機への対処予算8億8千万ドル(約1300億円)が半分近く不足している。 UNRWAは「政治」組織? UNRWAは1948年、イスラエル独立戦争後に故郷から亡命したパレスチナ人に人道支援を提供するため、国連総会が設置した。ガザ、ヨルダン川西岸、エルサレム東部、ヨルダン、シリア、レバノンで暮らすパレスチナ難民約590万人に医療など必需サービスを提供する。 だがUNウォッチのヒレル・ノイアー事務局長の目には、UNRWAは別の組織に見える。swissinfo.chに対し、「UNRWAの目的は人道ではなく、政治だ」と指摘した。 ICGのフォルティ氏は、UNRWA解体論を取り巻くのは政治的象徴性だと説明する。「一部の人にとってUNRWAは、『2国家解決』に向けた交渉によって、いつかパレスチナ人が祖国に戻る権利を得ることができるという、国際社会が与えた保証のようなものだ。同じ理由で、イスラエルはUNRWAをイスラエル国家への正当な挑戦であるとみなしている」 UNRWA解体を実現できるのは国連総会だけだが、支持は広まりつつある。スイス・フランス語圏の日刊紙ル・タンは、UNウォッチが開催した総会にはオンライン・対面合わせて1万2千人が参加したが、会場参加は「まばらで、大半は扇動者だった」と報じた。ノイアー氏によると、UNウォッチが立ち上げたUNRWA解体を求めるオンライン署名には14万人以上が署名した。 ハマスとの関係 ノイアー氏らはUNRWAがテロリストを匿っていると訴え、UNRWA廃止を求めて活動してきた。イスラエルはガザにいる約1万3千人のUNRWA職員のうち10%がハマスに関与していると主張する。米国など複数の国がハマスをテロ組織と認定している。UNRWAは中東全体では3万人以上の職員を抱える。 こうした疑惑にUNRWAは反論している。フィリップ・ラッザリーニUNRWA事務局長は、イスラエルのUNRWA職員に関する懸念を2020年の就任以来一度も聞いたことがないと述べた。職員名簿は毎年イスラエルと共有している。ル・タンの取材に「10%という数字がどこから来たのか、その証拠は何なのかをイスラエル当局に問い合わせても、回答はない」と語った。 スイスの首都ベルンにあるイスラエル大使館はswissinfo.chのメール取材に応じ、イスラエルは確かにUNRWAで働く「ハマス工作員」の名前を共有しているが、最近ではなく2011年と2012年に遡り、その後は何も行動を起こさなかったと説明した。米紙ウォール・ストリート・ジャーナルによると、2月に公表された米国諜報報告書は、UNRWAがハマスと広範な関係があるかどうかは証拠不足だと結論付けた。 フォルティ氏は、ガザ住民にサービスを提供するUNRWAにとって、2007年以来ガザを実行支配するハマスとの接触は避けられないと説明する。UNRWAの「中立性を守り、使命を順守する形で」ハマスとの関係を技術面に留めるよう細心の注意を払ってきたと話した。 ラッザリーニ氏はル・タンで、UNRWAが「非常に複雑な環境で運営されており、リスクをゼロにするのは難しい」と認めた。国連は12人の職員に対する疑惑が浮上する1カ月前、UNRWAの採用プロセスと職員の不正行為への対応を徹底調査するよう独立組織に命じた。最終報告書は4月に発表予定だ。 UNRWAの学校に暴力を結びつける UNRWAに対するもう1つの告発は、ガザの学校が暴力を助長しているというものだ。スイスでは連邦議会がUNRWAへの拠出削減を審議した際、右派・国民党(SVP/UDC)の議員は英国・イスラエルの教育監視機関IMPACT-seの報告書を引用し、UNRWAの営む学校で長年イスラエル嫌悪教育が施されてきたと非難した。 IMPACT-seのマーカス・シェフ最高経営責任者(CEO)は1月、米CNNで「10月7日に我々が目撃したことは、学校のカリキュラムに直接関係している」と語った。UNウォッチも同様に、UNRWAの教員がSNSテレグラムのチャットグループでハマスの奇襲を称賛していたと指摘した。これに対し、UNRWAはチャットメンバー3千人がUNRWA職員かどうかを調べるのは不可能だと述べた。 ラザリーニ氏は以前、UNウォッチとIMPACT-seが偽情報を広めていると主張した。ベイルートにあるレバノン・アメリカン大学のジョー・ケルシー博士研究員は、これらの報告書は「研究というよりも論争的な性格を持っている」とみる。ドイツのゲオルク・エッケルト研究所が2021年にUNRWA学校の教科書を独立調査した結果、IMPACT-seの主張には「方法論上の欠陥に基づく誇張された結論」が含まれていることが判明したという。 UNRWA学校に通うパレスチナ人の子どもは約54万人。認定されたカリキュラムに沿い、ホスト国政府の教科書が使われている。 ケルシー氏は「認定カリキュラムはおそらく世界で最もよく研究され、評価されている。私の知る中で最も多くの研究とレビューが行われている」と話す。だが一部の研究では問題点も指摘された。ゲオルグ・エッカート研究所は、UNRWAが使う書籍は政治教育と人権に関するユネスコの基準に準拠しているものの、一部には反ユダヤ主義的な記述が含まれていると突き止めた。UNRWAは、過去に指摘された問題に対処し教育内容を定期的に見直していると述べた。 UNRWA最大のドナー国である米国からの拠出金は、大部分が教育に充てられている。その米国をはじめ16カ国がこの数週間でUNRWAへの資金提供を実施した。 UNRWAに替わる機関はある? ノイアー氏はswissinfo.chに、UNRWAは「徐々に他の国連機関に取って代わられる可能性がある。例えば現在スーダンの2千万人以上の人道的ニーズに対応している機関だ」と語った。 だがそれは国連組織の役割を誤解した考え方だ、とケルシー氏は言う。UNRWAの代替候補に挙げられる国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)には、占領下にある地域での活動や、広範な保健・教育サービスを提供する権限はない。 フォルティ氏も「それは同等に代替することはできない。UNRWAは現在、人道支援において替えがたい役割を果たしている」と指摘。UNRWA事業を大幅に縮小すれば、近隣地域全体が不安定になるリスクが高まるとみる。パレスチナ難民への基本的なサービスを確保しなければならないイスラエルにとっても、UNRWA解体は利益にならないとも付け加えた。 ガザでは200万人以上が人道支援に依存する。UNRWAはあと1カ月で活動資金が底をつくと述べ、ガザに飢餓が差し迫っていると警告する。UNRWAにとって第9のドナー国であるスイスは、国連や独立機関の調査の結果が発表されるまで2千万フランの拠出を見合わせている。 ケルシー氏は「UNRWAなしの中東はもちろん、この特殊な瞬間もガザなしには考えられない。UNRWAが継続できなくなったらどれほど悪い状態になるかは、想像することすら難しい」と話す。アイルランド、ベルギー、スペイン、ノルウェー、クウェートなどのドナー国はUNRWAへの信認を表明し、資金提供を継続する。ケルシー氏にとってそれは「希望の光」だ。 編集:Virginie Mangin/livm/ac、英語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:大野瑠衣子

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