『さよならマエストロ』指揮者=中間管理職? 『のだめ』『リバオケ』との巧みな差別化

どんなジャンルや題材のドラマにも、誰もが思い浮かべる“◯◯といえば”な名作が存在する。例を挙げるとするなら、学園ドラマといえば『花より男子』(TBS系)、野球を題材とするドラマといえば『ROOKIES』(TBS系)、銀行が舞台のドラマといえば『半沢直樹』(TBS系)。異論はあるだろうが、アンケートを取ったら、どの作品も上位に入ることは間違いない。

では、オーケストラがテーマとなるドラマといえば? おそらくほとんどの人が『のだめカンタービレ』(フジテレビ系)を挙げるだろう。多くの人に愛され、今なお語り継がれる名作のため、以降に制作されたオケドラマはどれも「“のだめ超え”なるか」という世間の期待と向き合わざるを得なかった。2023年1月期に放送された『リバーサルオーケストラ』(日本テレビ系)や、現在放送中の日曜劇場『さよならマエストロ~父と私のアパッシオナート~』(TBS系)もそうだ。しかし、3つの作品は同じオケドラマといえども、それぞれ異なる魅力を持っている。

『のだめカンタービレ』は二ノ宮知子の漫画を原作に、クラシックに情熱を傾ける音大生たちの成長を描いた青春群像劇。同作は音楽を軸としながらもコメディに振り切ったことで、それまでクラシックに触れてこなかった人にも親近感を抱かせた。何より、漫画ならではの個性的なキャラクターを、観ていて寒くならない温度感で、なおかつ原作ファンも納得する形で実写に落とし込んだ役者たちの功績は大きい。

どのキャストも素晴らしいが、かなりの変人だけど、天才的なピアノの腕前を持つ"のだめ”こと、野田恵を憑依させた上野樹里と、表面的にはドSの俺様キャラだが、意外に面倒見がよく隙もあるマエストロ(指揮者)の千秋真一を好演した玉木宏に関しては、あまりのハマり役でしばらくそのイメージが抜けなかったという人も多いだろう。そんなのだめと千秋先輩の微笑ましい恋愛模様や、大学というモラトリアムに全力で夢を追いかける音大生たちの青春をクラシック音楽が彩った。

『リバーサルオーケストラ』は、変人マエストロの常葉朝陽(田中圭)と元天才ヴァイオリニストの市役所職員・谷岡初音(門脇麦)が地方の冴えないオーケストラ「児玉交響楽団(通称:玉響)」を一流にするために楽団員たちを率いていくヒューマンドラマ。『のだめカンタービレ』との類似点は多々あれど、最大の違いは楽団員がプロであり、給料が発生しているという点だろう。

ただ財政力のある自治体なら別だが、資金不足で存続の危機に立たされている地方オケも多く、玉響も例外ではない。万年赤字続きで市の財政を圧迫しており、お荷物扱いされている玉響の楽団員は給料も悪くすっかりやる気をなくしていた。夢を叶えたらゴールと思いがちだが、実はそこからがスタートであり、好きなことを続けていくことの難しさが強調された本作は、音楽家でなくとも全ての大人に刺さるドラマとなっていた。

対して『さよならマエストロ』は、プロではなくアマチュアの地方オーケストラ「晴見フィルハーモニー(通称:晴見フィル)が物語の舞台。助成金打ち切りが決議され、崖っぷちの晴見フィルを元天才マエストロの夏目俊平(西島秀俊)が再建していくストーリーで、音楽を愛する人たちのアパッシオナート(情熱的)な群像劇としての一面も持っている。だが、本作の軸となっているのは、夏目とその娘である響(芦田愛菜)の関係だ。

夏目は前二作のマエストロが俺様キャラだったのに対し、天才ではあるが、人当たりがよく家庭ではしがない不器用な父親として描かれているのが新鮮に感じる。「指揮者は間違いを見つけて叱る先生じゃありません。オケと一緒にこの作品を演じる仲間です」という台詞が作中にあったように、楽団員がミスをしても怒鳴りつけることはないし、ましてや過去の栄光を誇示して踏ん反り返るといったようなこともしない。だが、さすがはもともと世界で活躍するマエストロなだけあって、アドバイスは的確だ。難しい音楽用語ではなく、素人でも分かりやすい指導方法で楽団員を導いていく。

夏目の根底には技術をつけることよりもまず、演奏する本人が楽しくなければ意味がないという考えがあるのだろう。楽団員一人ひとりが何に悩み、どうすれば思うような音を出せるかと真剣に頭を悩ませ、楽団員同士が揉めるようなことがあれば、間に入って仲を取り持つ。そんな夏目はさながら、学校の教師や、中間管理職のようだ。みんなの輪の中にいて、全体を俯瞰している。「こんな人が先生だったら」「こんな人が上司だったら」と夏目に対して思う人も多いだろう。

まさに夏目は指揮者になるべくしてなった人であり、音楽を愛し、愛された男でもある。そういう定めを背負って生まれた才能のある人間はそばにいる人を少し切なくさせるのかもしれない。光が多いところでは、影も強くなる。響はもともとコンクールで優勝を期待されるほどの腕前を持ったヴァイオリニストで、父との共演を夢見ていた。だが、その圧倒的な才能を前に重圧もあったのか、挫折。そこにきて事故に遭い、夏目が目の前のステージを優先したことで親子の溝が開いてしまったのだろう。響だけではなく、妻の志帆(石田ゆり子)も音楽以外はさっぱりな夏目の世話を焼くうちに自分の夢がおざなりになっていたことに嫌気が差し、子供たちと一緒に夏目の元を去ってしまった。家族の心がバラバラになっている状況に息子の海(大西利空)は孤独を感じている。

こうしたホームドラマとの融合で本作は他のオケドラマとの差別化を図っている。果たして家族は再び一つになることができるのか。第9話では、ついに夏目と響の和解が描かれる。
(文=苫とり子)

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