新店長「お任せください!」→始まると会社の批判、不満ばかりで売上は悪化し〈閉店寸前〉へ…。会社から社員へ「損害賠償請求」は可能?【弁護士が解説】

(※写真はイメージです/PIXTA)

新店舗の開店のために、新しいスタッフを採用する。経営者にとってはよくある話ですし、新しいスタッフに大きな期待を寄せるでしょう。しかし、いざ始まってみると採用時に聞いていた話とは違う……思うように運営ができていません。このような場合、会社からスタッフへ損害賠償を請求できるのでしょうか? そこで、実際にココナラ法律相談のオンライン無料法律相談サービス「法律Q&A」によせられた質問をもとに、会社から社員への損害賠償請求について、浅野英之弁護士に解説していただきました。

入社前は「できる」と話していたのに

相談者は、数ヵ月前に会社を設立し、新規事業として実店舗を開店することになりました。そこで採用した店長は入社前から「顧客や従業員対応も経験がある」「営業の実績もあるのでお任せください!」と意気込んでおり、相談者さんも期待していたのです。

しかしいざ始まってみると、日常的に会社やサービス内容への批判、不満を漏らし、他のスタッフの士気も下がっています。別の店舗と比べても売上に大きな差が生じており、閉店にまで追い込まれています。

そこで、ココナラ法律相談「法律Q&A」に次の2点について相談しました。

(1)閉店に伴い、店長に損害賠償請求はできるのでしょうか。

(2)損害賠償請求ができない場合には、他にどのような対応が取れるのでしょうか。

請求は可能。ただし、全額回収できるとは限らない

請求自体は可能ですが、全額賠償させることは難しいといえるでしょう。

そもそも店長の行為と損害の間に因果関係が認められない可能性も高く、仮に認められたとしても、「報償責任の原理」という考え方に基づいて、一定の範囲に限って請求が認められるケースが多いからです。

報償責任の原理とは、「事業活動から生じるリスクはその活動により利益を得ている使用者が負うべきである」という考え方のことです。

使用者が労働者の労務から利益を得ている以上、損害のリスクをすべて労働者に負担させることは公平性に欠き、使用者にも一定のリスクを負担させる必要があると考えられています。

裁判例は、事業の性格、労働者の故意もしくは過失の程度、職務の内容、加害行為の態様、または損失分散への使用者の関与の程度などを考慮して、信義則(労契法3条4項)に基づき責任の範囲を限定しています。ご相談者様のケースにおいても、こうした基準のもと、判断される可能性があります。

このとき、店長の賃金を支払わないことで損害額を回収するという処理はできません。賃金全額払いの原則(労基法24条1項本文)に反する可能性があるからです。

法律上は賃金債権との相殺ということになりますが、労基法24条1項本文は賃金債権を受働債権とする相殺をも禁ずるものと解されており、このことは自働債権たる損害賠償請求権が債務不履行によるものであろうと不法行為によるものであろうと変わりません(最高裁昭和31年11月2日判決)。

ただし、合意による相殺については、労働者の自由な意思に基づくと認めうる合理的な理由が客観的に存在すれば、例外的に適法とされています(最高裁平成2年11月26日判決)。

したがって、どうしても損害額を回収したい場合には、労働者と合意したうえで相殺してください。

退職勧奨や配置転換といった措置を取りうる

店長に会社を辞めてもらいたい場合、解雇または退職勧奨といった選択肢があります。

他方で、直ちに契約を終了させたいわけではない場合、配転や出向などの人事上の措置や減給や降格などの懲戒といった選択肢があります。これらの手段のうち、解雇や退職勧奨はトラブルに発展しやすく、対処に労力を要するため、特に注意が必要です。

解雇は、ご相談者様の一方的な意思表示で契約終了の効果が発生する、いわゆるクビのことです。解雇は、労働者に多大な不利益を与えるため、①客観的に合理的な理由と②社会通念上の相当性があるときに限り、有効とされます。

ご相談いただいたケースでは、次の事情により①客観的に合理的な理由があるといえる可能性があります。

・職歴詐称…

実際には経験がないにもかかわらず、入社前から「顧客や従業員対応も経験がある」、「営業の実績もあるのでお任せください」と言い、ご相談者様を期待させた。

・能力不足…

仮に職歴詐称でないとしても、店長としての能力に欠け、閉店に至るきっかけを作った。

・会社批判…

日常的に会社やサービス内容について批判し、企業の秩序を乱した。

・ハラスメントまたは勤務態度不良…

他のスタッフの士気に配慮せず、日頃から負の感情を吐露し、職場環境を害した。

・経営上の必要性…

閉店に伴い、人員削減をしなければならなくなった。

②の相当性は、個別的な事情を総合的に考慮した結果、ご相談者様に店長の雇用喪失という不利益に相応する事情が存在していることが必要です。

ご提示いただいた事実をもとにしますと、最低でも次の事情を追加で確認していかなければなりません。

・詐称された経歴は、単なる詐称ではなく、信頼関係を損なう(企業秩序を侵害するほどの)重要な詐称といえるのか

・職務を店長と特定して採用したのか

・会社批判をしたとはいえ、正当な内部告発として認められる余地はないか

・ハラスメントや勤務態度について、注意や指導をしたか

・本当に経営状態に問題があるのか、会社全体の売上が横ばいで未処分利益剰余金は巨額にのぼるなど健全な状態なのではないか

議論となる点を挙げるときりがありませんが、いずれにせよ、いきなり解雇に踏み切ることは難しいと考えるべきです。

一般論として解雇以外にとりうる手段があると相当性が認められづらいからです。紛争リスクを抑えたいなら、まずは解雇以外に取りうる選択肢を検討しておく必要があります。

退職勧奨とは、労働者との労働契約を終了させるために、労働者に退職合意書へのサインなどを勧奨するために行われる一連の行為のことです。解雇の相当性を判断するうえで、退職勧奨を行ったという事実は、ひとつの考慮要素となることがあります。退職勧奨は、解雇のようにそれだけで労働者が不利益を被るものではないので、基本的に自由に行うことができます。

ただし、労働者の自由な意思の形成を妨げ、名誉感情をはじめとした人格的利益を侵害する態様で行うと、労働者から不法行為として損害賠償を請求されるリスクがあります。また、人選が著しく不公平であったり、執拗、半強制的に行うなど社会的相当性を逸脱した手段・方法による場合は違法とされるリスクもあります。

したがって、退職勧奨をするとしても、次のようなやり方をしないよう注意する必要があります。

・退職しない旨を表明しているにもかかわらず、長期間にわたって勧奨を継続する

・暴力、暴言、無意味な仕事の割当てによる孤立化その他の嫌がらせが伴うかたちで勧奨をする

・名誉感情を不当に害する屈辱的な言辞を用いて繰り返し執拗に勧奨をする

今回は、解雇や退職勧奨について重点的に解説しましたが、懲戒や人事異動について、注意が必要ないというわけではありません。

使用者としては、「労働者にとって酷ではないか」という視点が大切です。また、採用時にリファレンスチェックを徹底するなど、未然の防止を心がけてください。

浅野 英之

弁護士

© 株式会社幻冬舎ゴールドオンライン