2024年度、85.6%の企業が賃上げを予定も…「賃上げ率」は3%という厳しい現実。“賃上げできるのに躊躇する”経営者の多くが抱える懸念

(※写真はイメージです/PIXTA)

政府が、2030年代半ばまでに最低賃金を1,500円に引き上げる目標を掲げ、賃上げの波が押し寄せるなか、「賃上げに対する不安」を抱える経営者は多いでしょう。社員数50名の新聞販売店を23年間経営し、多くの企業の経営支援に携わってきた米澤晋也氏が、経営者が抱える不安を解消し、中小企業が自律的、持続的な賃上げを行うための方策を解説します。

経営者が抱える“不安”

中小企業が、自らの力で持続的な賃上げを実現するためには、経営品質を高め、業績を上げることが必須となります。そして同時に、経営者の「賃上げに対する不安」を軽減する仕組みが必要です。

先行きが見えない時代であることに加え、日本には「一度上げた賃金を下げづらい文化」があります。そんな環境下では、業績が向上しても、不測の事態に備え利益を分配せずに貯め込んでしまう心理が働きます。

いかにして経営者が抱える不安を解消するか? 本記事では企業単位でできる方策を解説したいと思います。

日本企業は、構造的・文化的に賃上げがしづらい

米国の経営コンサルタント、アレン・W・ラッカーがアメリカの工業統計データを分析した結果、人件費と比例関係にあるのは「売上総利益(粗利益)」であることを明らかにしました。

賃上げの王道は売上総利益を増やすことです。

しかし、現実は厳しいものがあります。東京商工リサーチの調査によると、2024年度に賃上げを予定している企業は、過去最高の85.6%に上りましたが、「賃上げ率」に関しては3%と、前年を下回りました。

原価の高騰が続く中、価格への転嫁が十分に進んでおらず、業績が圧迫されているのです。

一方で、賃上げできるのに躊躇している企業もあります。2022年に、とある中小企業経営者が匿名ブログを書き、その内容に共感が集まり拡散されました。要約すると次のような内容です。

・年商数億円、社員数30人ほどの中小企業を経営している。

・しっかりと利益は出している。

・昨今のインフレから社員の生活を守るために賃上げを検討しているが、どうしても一歩を踏み出せない。

・その理由は、日本では社員を簡単に解雇できない上に、一度、賃金を上げたら下げることが難しいから。

日本企業特有の慣習に縛られ、賃上げを躊躇する苦悩がにじみ出ています。

実際に、2000年と2020年の法人企業統計調査を比較すると、中小企業の経常利益は14.5%増、人件費は15.9%減、内部留保が92.1%増、設備投資は8.4%増、現預金は49.6%増になっています。

利益が賃金に分配されず、主に現預金としてストックされている可能性がうかがえます。

日本では、経済成長期が長く続く中で「賃金は安定的に伸びるもの」という漠然とした認識が生まれました。賃上げの不振には業績の低迷以外にも、一度上げた賃金を下げられない文化が少なからず影響しているものと考えられます。

トップダウンの企業ほど経営者は賃上げを躊躇する

こうした文化に拍車をかけているのがトップダウンの組織形態です。トップダウン経営では、トップが決めた戦略・計画を社員が実行するという構図で仕事を進めます。

このスタイルでは、業績が下がった時に社員の賃金を減らせば、社員から「社長が言った通りに頑張ったのに給料を減らされたら、たまったもんじゃない。私たちが責任を取るんですか?」と不満が噴出します。ただでさえ先行きが見えない時代なのに、この懸念がある以上、利益が出ても賃上げを躊躇してしまうのは無理のないことだと思います。

今は社会の成熟化が進み、生活者は十分なモノに満たされています。多くの生活者が「特に困ってはいないが、どこか満たされない」「もっと精神的に充実した生活を送りたい」と、生活者自身も正体が分からない欲求を持つようになりました。

当然、経営者にも正解が分かりません。そんな時代では、多様な知恵を活かす経営が求められます。これまで以上に、社員が経営計画の立案や商品開発、業務改善などの創造的な仕事に関与する「参画型経営」が求められます。

これが実現すると、社員の、業績への影響力が高まりますので、賃金はこれまでよりも業績に連動するようになります。そうなると、経営者の賃上げへの抵抗は軽減されますが、同時に付加価値を高め、社員の賃金を仕事に見合う額に改善する必要があります。

賃上げを機に参画型経営へ転換するよう促し、上記のシナリオを全社的に推し進めるのです。

当然、社員教育を充実させる必要がありますが、育つほどに、経営者が1人で抱え込む孤独から解放され、利益の分配への意欲が高まるでしょう。

業績に連動した賃金制度を整備する

賃上げへの不安を軽減するとともに、賃上げを機に参画型経営を促すためには、業績と賃金に連動性を持たせることが欠かせません。

中小企業の多くは、賃金の根拠が曖昧で、社員はどれだけの業績を出せばどのくらい賃金が増えるかが見えません。

前述しましたが、賃金は売上総利益に連動しています。連動性を活用すると、組織の稼ぐ力を高める戦略的な賃上げが可能になります。

その実務を、売上総利益1億円、総額人件費が5,000万円というモデルで説明します。

売上総利益と総額人件費から「賃金付加価値生産性」という指標が算出されます。

賃金付加価値生産性とは、「総額人件費の何倍、売上総利益を稼いでいるか?」ということ。平たく言うと「給料の何倍稼いでいるか?」を表します。モデルでは2.0倍です。

仮に、総額で500万円の賃上げを行うと計画します。すると、総額人件費の予定額は、5,500万円になります。賃金付加価値生産性が2.0倍なので、賃上げに必要な売上総利益額は、1億1,000万円になります。

この売上総利益額を実現するために、社員の知恵を結集する参画型経営を推し進めるのです。

具体的には、PDCA…Plan(計画)Do(実行)→Check(評価)→Action」(改善)のサイクルへの参画です。トップダウン組織では、リーダーがPlanし、部下にDoをさせ、リーダーがCheckとActionを行い、次のPlanを決めます。「計画はリーダー」「実行は部下」という分断が存在します。

参画型経営では、この分断を排除し、部下にPDCAのワンセットに参画してもらうのです。自ら決めることができると仕事が愉しくなり、創造性が発揮されます。Planに参画した分、それを自分事にし、Do……実行のパフォーマンスも向上します。

賃金の原資である売上総利益が創出されるだけでなく、部下の頼もしい様子を見た経営者は1人で抱え込むことが減り、より任せられるという好循環が回るでしょう。賃上げを機に参画型経営を推進することで、企業の稼ぐ力が高まるとともに、社員の賃金は仕事の質に見合う額に改善されていきます。

勿論、人材が育つまでには手間も時間もかかりますが、中小企業が自律的、持続的な賃上げを行うためには避けては通れない道だと考えています。

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