NY地下鉄の川崎製車両、59年ぶりの貫通路復活は「超非常識行動」対策

 【汐留鉄道倶楽部】アメリカの主要都市ニューヨークの地下鉄で、車両同士の間を行き来できる貫通路を59年ぶりに復活させた川崎重工業グループ製の新型車両が2月に登場した。長い“封印”を解いて貫通路を復活させた背景には、一部の「超非常識行動」への対策という狙いがあった。

米ニューヨーク地下鉄の新型車両「R211T」の貫通路の部分。編成の先まで見通せる=2024年2月11日

 ▽型式名は「R211T」
 新型車両の型式名は「R211T」。川崎重工が最大で1612両を納入する契約を結んだステンレス製車両「R211」のうち貫通路を備えたタイプだ。ニューヨーク中心部マンハッタンの北部のハーレム地区にある168丁目駅と、イースト川を挟んでマンハッタンの対岸にあるブルックリン地区のユークリッド通り駅を結ぶ路線「C系統」で2月1日に営業運転が始まった。

 1編成には全長18・4メートルの車両を5両つないでおり、これらの車両同士をつなぐ4カ所の連結部分に「オープンギャングウェイ」(Open Gangway)と呼ばれる周囲を覆った貫通路を設けた。

 現在は4編成が導入されており、都市圏交通公社(MTA)は2編成を連結した10両の電車を2本運行している。編成同士の連結部分には乗務員室があるため、利用者は通り抜けできない。

 貫通路は、日本では2両以上をつないだ旅客用車両で一般的に見られる。これに対してニューヨークの地下鉄では、MTAの前身企業の一つが1965年まで運行していた車両が最後だった。

ニューヨーク地下鉄R211Tの先頭部=24年2月10日

 その後の車両はいずれも連結部分に非常時の脱出用扉を設け、火災発生といった非常時を除いて通り抜けを禁じてきた。2023年3月に営業運転が始まったR211の従来型車両「R211A」も連結部分に脱出用扉を設けている。

 ▽狙いは「地下鉄サーフィン」抑止
 MTAがR211Tで59年ぶりに貫通路を復活させた背景を、米NBCテレビは「地下鉄サーフィンという危険な行動を抑止できる」と解説した。

 ニューヨークの地下鉄では「車両間の乗車や移動の禁止」と記した表示を無視して脱出用扉を通り、主に地上区間を走る際に連結部分から屋根によじ登ってサーフィンのような姿勢を取る「地下鉄サーフィン」が問題化している。地下鉄は線路の脇にある第三軌条から電気を取り込んでいるため架線はないものの、地下鉄サーフィンをしている最中にトンネルや橋にぶつかるなどして転落し、死傷する若者が相次いでいる。

ニューヨーク地下鉄R211Tの車内の壁にある川崎重工業グループ製なのを示す銘板=24年2月11日

 MTAによると、地下鉄サーフィンによって23年に少なくとも5人が死亡し、今年1月にも14歳の少年が命を落とした。MTAは車内や駅構内での放送や案内表示で地下鉄サーフィンの危険性を警告するキャンペーンを23年9月に始めたが、「地下鉄の屋根の上に乗っている若者を依然見かける」(ニューヨーク市民)と事態は深刻だ。

 これがR211Tならば貫通路の部分を幌(ほろ)で覆っているため屋根に上がりにくく、ニューヨーク州のキャシー・ホークル知事は「広がっている地下鉄サーフィンのために若者が犠牲になるのを防ぐことができる」と安全性向上に期待を寄せる。

 MTAのジャノ・リーバー最高経営責任者(CEO)も「購入する車両は最も革新的な設計でなければならない」と貫通路を採用したことに自信を示した。

 ▽“万能薬”にならない理由
 私もC系統で運用が始まったR211Tに早速乗り、貫通路近くの座席に陣取った。流行に敏感な人が多いニューヨークの地下鉄の最先端車両とあって注目度が高く、スマートフォンで動画を撮影しながら貫通路を通り抜ける人たちを見かけた。追いかけっこをする子どもたちも、「お金を恵んでほしい」と他の乗客に乞うている人も、貫通路をスムーズに通り抜けて次の車両へ向かった。

 ただ、R211Tは課題解決の“万能薬”ではない。関係筋は「現行のMTAの規則では(一部の駅を通過する)急行電車としては運用できない」との難点を指摘する。

ニューヨーク地下鉄の「R211A」は、車両連結部に非常時以外は通り抜けを禁じた脱出用扉を設けている=23年6月10日

 MTAの規則では走行中に非常ブレーキが作動した場合、運転士は電車の両側を歩いて点検するか、それが難しい急行電車用の通過線では車両の連結部分から線路上を点検することを義務づけている。

 しかし、R211Tは貫通路を幌で覆っているため、車両同士の間から点検することができない。このため急行電車には使えず、導入したのは各駅停車のC系統になった。

 R211を順次追加発注しているMTAは、運用の結果などを踏まえて今後導入する437両を貫通路のあるR211Tにするか、それとも従来型の脱出用扉を設けたR211Aを採用するかを決めると説明している。

 復活した貫通路を備えた車両が広がって軌道に乗るのか、はたまた追加導入を見送ってR211Tは乗れればラッキーな「レア車両」との位置付けとなるのか。先の行方は貫通路のようには見通せない。

 ☆共同通信・大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)ワシントン支局次長。ニューヨーク支局駐在中の2016年にR211の発注先メーカーを決める入札に川崎重工業が参加する方針を固めたことを最初に報じ、ワシントン支局に着任後に営業運転が始まったR211に親しみを感じている。

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