「敵国の言葉なぜ学ぶの?」逆境の中でロシア語専攻の道を選んだ学生に聞いてみた ウクライナ侵攻開始時には高校生、周囲から冷たい反応も

取材に応じた神戸市外国語大ロシア学科の左から、福田拓人さん、菊田暖音さん、下野江翔平さん、土井真理奈さん=2月21日、神戸市

 ウクライナ侵攻から2年が経過した。日本社会にはロシアに対する非難めいた論調や嫌悪感が色濃くある。ロシア語専攻の学生らの多くも、「なぜ敵国の言語を学ぶのか」と心ない言葉をかけられるなど、風圧の強まりを実感している。侵攻が始まった当時、高校2年生だった大学1年生は今、なぜロシア語を選び、どのような思いで学習に励んでいるのか。神戸市外国語大のロシア学科を卒業した記者(29)が、後輩たちに聞いてみた。(共同通信=小島拓也)

神戸市外国語大学=2023年4月(同大提供)

 ▽祖母は「あり得ない」と冷たい反応、同じ志の仲間がモチベーション
 取材にはロシア学科1年の福田拓人(ふくだ・たくと)さん(19)、菊田暖音(きくた・はるね)さん(19)、土井真理奈(どい・まりな)さん(19)、下野江翔平(しものえ・しょうへい)さん(19)の4人が応じてくれた。

 ―なぜロシア学科を選んだのですか?
 福田 もともとロシアについてあまり知らなかったのですが、戦争をきっかけにロシアがどういう国なのか興味を持ちました。なぜウクライナに侵攻したのか、背景を学びたいと思いました。
 菊田 地元が富山県で、中古車輸出の関係でロシア人がたくさんいました。仲良くなったロシア人がホームパーティーに招いてくれたり、通っていた空手教室の道場まで、私と兄を車で送ってくれたり。ロシア人は一見、すごく冷たそうに見えますが、仲良くなったらとても優しいし、心温かい印象でした。ロシア人と関わってきた私から見たら、報道されているような残虐な人たちには見えませんでした。彼らについて学び、知ることが戦争を終わらせる第一歩なんじゃないかと思い、ロシア語を選びました。
 土井 元々は英米学科に入ることを目標にしていましたが、共通テストであまり点が取れませんでした。その時に予備校の先生がロシア学科を勧めてくれました。日ロ関係は北方領土問題もあり、政治面では対立しています。ただロシアには天然資源があり、経済面で日ロが手を結ぶと強いと言われました。ロシアもウクライナも戦後の復興には時間がかかると思うので、その時にロシア語を話せることは強みになるとも思います。
 下野江 大学では英語だけでなく、他の言語も習得したいと考えていました。ロシアは今、世界の脅威になっています。ロシア語と英語を使ってロシアの情報を得て発信し、平和に少しでも近づけることができたらと考えました。   

「ロシア語と英語を使って情報を発信し、平和に少しでも近づけたら」と語る下野江翔平さん(右)=2024年2月21日、神戸市

 ―周囲から反対されませんでしたか?
 福田 ソ連時代のイメージが強いようで、祖母にロシア学科を志望していることを伝えたら「ありえない」「何を言っているんだ」と冷たい反応でした。地下鉄で通学していますが、ロシア語の文法書を開いていると、見ず知らずの人から冷たい視線というか、「まともじゃないな」とけげんな顔をされたこともあります。「ロシアって…」という声も聞こえて。
 菊田 学校の先生や両親、祖父母に反対されることはなかったですが、大学入学後は他学科の人たちの視線が痛いですね。知人からも「(ロシアは)北方領土取ってるじゃん」「なんで敵国の言葉学ぶの」「学んで何になるの」と言われて悲しくなりました。ただ冷たい言葉をかけられても、自分で決めた道なのであまり気にしていません。同じ志を持った仲間の存在が学習のモチベーションになっています。

ロシアの音楽の魅力に気づいたという土井真理奈さん=2024年2月21日、神戸市

 ―ロシアの魅力ってどこにあるんでしょう?
 福田 ネーティブの先生が開いたお茶会に参加したことがあります。ロシア料理はピロシキしか知りませんでしたが、その時にブリヌイ(ロシア風クレープ)を出してくれて、とてもおいしかった。あとはバイカル湖です。写真で1回見たことがあるのですが、日本では考えられないくらい透明で深い。自然のスケールが違うと思いました。
 菊田 怖そうに見えるロシア人ですが、甘い物が好きで、おちゃめで、かわいらしい面があるところです。有名な文豪を輩出したり、素晴らしいエルミタージュ美術館があったりと、芸術や文化の面で他国に秀でている点も魅力です。
 土井 入学して最初の授業で学科の先生が授業でロシア民謡を流してくれました。自分でも音楽を探しているうちに、こんなに良い曲がいっぱいあったんだ、と気づきました。例えば「カチューシャ」とか。ロシア国歌もかっこいいと思うようになりました。
 下野江 以前から好きな作曲家はロシア人がとても多かったです。ボロディンが一番好きですが、有名どころで言えばチャイコフスキーですね。言葉で表現するのが難しいですが、本当に深いので、良いなぁと。

ウクライナ侵攻について意見を述べる福田拓人さん=2024年2月21日、神戸市

▽将来は…外交官や防衛省専門職、商社勤務、戦後復興支援も
 ―ウクライナ侵攻についてどう思いますか?
 福田 戦争でウクライナ人は家族や領土を奪われたり、母国からの避難を余儀なくされたりして、傷ついていると思います。少なからずあっただろうロシアとの関わりも、完全に絶たれて…。非常に残念で悲しいです。日本では、ロシアは民間人を虐殺している怖い国、危ない国というイメージが強くなり、負の側面しかないと思います。
 菊田 平和につながる一番の道具である対話を諦め、人を殺して解決しようとする最悪の選択肢を取ったのが悲しいです。多くの戦争を経験し、大切な人を失い、武力で解決することはだめだと学んだはずなのに…。今の時代でこういうことが起きてしまったことがショックです。
 土井 戦争がロシア国民の意思なのかが分からないので、すぐに指導者と国民の両方が悪いとは言えないと思います。ただ国民も戦争に賛成しているのであれば、それが本当に解決手段になるのか考え直してほしい。国民が国のすることを悪く言えない雰囲気なのかもしれませんが、その状況も問題だと思います。
 下野江 この時代に侵攻で他国の領土を奪おうしているロシアの行為は悪いと思います。ただ報道されている通り本当にロシアだけが悪いのだろうか、と思うこともあります。でも自分は世界情勢に関する知識がないので、分からないです。

 ―戦争が2年も続いています
 福田 戦争が長引けば長引くほど、国はどんどん荒廃していくと習ったことがあります。ウクライナが支援を受けて戦っているけど、支援する側も疲れてしまい、多くの国民が亡くなってしまっている状況です。事態が好転してほしいですが、なかなか難しいのだろうなと思っています。
 菊田 1学生があれこれ言えることではないと思いますが、早く終わることをただただ願うばかりです。
 土井 本当にロシア人がこれで良いと持っているのかが知りたいです。終わった後にどうなるかが全く想像がつかないのが、怖い…。終わったとしてもロシアに留学に行って大丈夫なのかな、と思ってしまいます。

「外交官になり日露関係を発展させたい」と話す菊田暖音さん=2024年2月21日、神戸市

 ―ロシア語を将来どう生かしたいですか?
 福田 仕事で使えたらもちろんいいですが、現地のロシア人やロシア語話者の人たちと交流したり、旅行したりする時に話せたら、もっと深く彼らの人となりや、文化を知れるんじゃないかと思っています。
 菊田 将来は外交官になりたいです。戦争でロシアのイメージは悪くなり、北方領土問題も解決しにくくなっています。日本からの非難の目は厳しいですが、日ロをつなぐ架け橋となり両国の関係を発展させたいです。
 土井 戦後の復興にはロシアもウクライナも経済的なサポートが不可欠だと思っています。ウクライナでも大半の人がロシア語を話せると聞いたので、民間企業に就職し、ウクライナとロシアの両方を助けられる人になりたいです。
 下野江 防衛省専門職でロシア語をメインに使って仕事がしたいです。あるいはロシアや中央アジアと大きな取引がある商社に入り、少しでもロシア語を使って働けたらと考えています。

インタビューに答える神戸市外国語大ロシア学科の1年生ら=2024年2月21日、神戸市

 ▽「生かし方はいろいろ」「社会を良くしていく手段であること疑いない」
 ウクライナ侵攻が始まった直後の2022年3月、神戸市外大のロシア学科教員が、風当たりが強くなるであろう在校生や卒業生に向けて出した声明が話題になった。
 ロシア対ウクライナ、親ロシア対反ロシアなど、世界が「二項対立」で捉えられる状況に警鐘を鳴らし、相互理解や対話の模索が必要と指摘するもので、「ロシア語を学習することを無益なこと、恥ずべきことと思わないで」と呼びかけた。
 今回、話を聞いた学生らは全員が同大学のロシア学科に在籍する。当時、声明の草稿を作った金子百合子教授(50)にこの2年を経て、改めて現状や思いを聞いた。

学生への思いを語る金子百合子教授=2024年2月21日、神戸市

 昨年、ロシア学科の新入生に志望動機を尋ねるアンケートをしました。今の1年生は侵攻後に入学を決めた学生たちです。彼らがなぜロシア学科を選んだのかが気になっていました。
 侵攻前は、北方領土問題を中心に「日ロ関係を良くしたい」という学生が常にいました。日ロの将来に関する動機づけが、侵攻でどう変化するのか興味を持ちました。
 アンケートの結果は前向きなもので、「ロシア側からウクライナ侵攻を見たい」「ロシア語を使ってウクライナ支援に関わりたい」といった回答が多かったですね。日ロやウクライナを交えた関係の中で「ロシア語の知識を社会に生かしたい」と明確な志望動機がある学生が増えた印象です。人に言われるわけでもなく、自らそんな志望動機を書いてきたのはうれしかったです。
 ロシア語に限らず、新しい言語を学ぶことは、言語話者の背後にある文化や社会、価値観を学ぶ一つのドアが開くことになります。これは多ければ多いほど良いです。日本人が英語だけを知っている場合、日本ではない世界=英語の世界になります。英語圏とは全く違う、ロシア語圏の社会や文化を学ぶことは、自分の中の多様性に対する価値観や、何が普遍的で、何が相対的なのかを見極める手段になります。
 ロシアは隣国です。言葉を介してコミュニケーションを取れる人がいなくなるのは、日本にとってもロシアにとってもマイナスです。個人個人のコミュニケーションの力は大きく、この経験がない人は国と国との関係を全体に当てはめてしまいます。つまり政治の中で語られることが全てだと捉えてしまう。そうなると文化や民族の多様性がベールにように覆われてしまう怖さがあります。自らコミュニケーションできる言語手段を持つことは、隣国であれば特に重要なことです。 
 学生にはロシア語を使っていろいろな人とコミュニケーションしてほしいです。日ロの交流は隣国として重要ですが、国内にはロシア語話者のウクライナ避難民もおり、彼らもコミュニケーション手段としてロシア語を使っています。日ロ関係の再構築であったり、避難者支援であったりと、生かし方はいろいろあることを知ってほしい。ロシア語を使うことが、身の回りの「内の社会」、それから「外の社会」を良くしていく手段であることは疑いのないことです。それぞれの方法で取り組んでほしいです。
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 かねこ・ゆりこ 1973年、新潟県生まれ。神戸市外国語大ロシア学科卒。東京大で博士号(文学)取得。専門は現代ロシア語のアスペクト、動詞語形成など。2023年10月~2024年3月、NHKラジオ「まいにちロシア語」(応用編)の講師を務めた。

ロシア学科の学生を巡る現状について話す金子百合子教授=2024年2月21日、神戸市

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