チーズ削りはクルマの如く:大矢麻里&アキオ ロレンツォの 毎日がファンタスティカ! イタリアの街角から #16

ものづくり大国・ニッポンにはありとあらゆる商品があふれかえり、まるで手に入れられないものなど存在しないかのようだ。しかしその国の文化や習慣に根ざしたちょっとした道具や食品は、物流や宣伝コストの問題からいまだに国や地域の壁を乗り越えられず、独自の発展を遂げていることが多い。とくにイタリアには、ユニークで興味深い、そして日本人のわれわれが知らないモノがまだまだある。イタリア在住の大矢夫妻から、そうしたプロダクトの数々を紹介するコラムをお届けする。

実はイタリアに無いんです

日本ではいまだパスタにかける粉チーズというと、米国系食品ブランドによる緑色の筒型容器に入った「パルメザンチーズ」を想像する人が少なくない。洋食屋さんにタバスコと並んで置いてある、あれだ。筆者も、約三十年前東京に住んでいるときは、あれが「パルメザン」だと思っていた。

パルメザンの語源は、フランス語のparmesanであり、さらに遡るとparmigianoというイタリア語に達する。「パルマの」という意味だ。イタリア北部エミリア地方パルマのチーズ「パルミジャーノ・レッジャーノ」が粉チーズ用としても親しまれてきたことから、粉チーズ全体がパルメザンと呼ばれるようになったのである。

ただし、イタリアで筒型容器入り粉チーズを見かけることは極めて稀だ。代わりに一般的なのは袋入りである。さらに粉チーズをパルメザン・チーズと呼ばない。パルミジャーノ・レッジャーノ以外の粉チーズも使うからである。それ以上に、欧州連合法に準拠した地域産品保護規定により、「parmigiano reggiano」と称することができるのは、北部エミリア地方の7県で生産者組合が管理・生産されたチーズのみだからである。

削りチーズの総称は「フォルマッジョ・グラットゥジャートformaggio grattugiato」である。パルミジャーノ・レッジャーノを削ったものに限らず、すべてそう呼ばれる。

イタリアのスーパーマーケットにて。削り用として一般的なチーズが並ぶ棚。いずれも250gでパルミジャーノ・レッジャーノ30カ月熟成は4.99ユーロ(約800円) 、グラナ・パダーノ20カ月熟成は4.49ユーロ(約730円)である。
削ったグラナパダーノが入ったパックは、170gで2.79ユーロ(約450円)。

筆者が住むシエナの知人が教えてくれたところによると、あるトラットリア(軽食堂)では昔、料理人兼給仕のおじさんが自分のエプロンをめくって粉チーズを載せ、素手で客のパスタに撒いていたという。それを証明するように、フェデリコ・フェリーニ監督による1972年の映画『フェリーニのローマ』には、さすがにエプロンではないが、器に入れた粉チーズをテーブルを回りながら手でかけてゆくシーンがある。

エミリア地方フィデンツァのレストラン&デリカテッセン「リストボッテーガ・エミリアーナ」にて。スタッフのピエールルイージさんが、約40キログラムあるパルミジャーノ・レッジャーノの塊を切り分ける。

試行錯誤の日々

パスタが日常食のイタリアで、チーズ削り器は必須の家庭用品である。我が家ではイタリアに住み始めた当初、一般的なチーズ削りを用いていた。上部に付いたおろし金でチーズの塊を擦り、下部にある箱部分に貯める方式だ。ただし、オリーブ製の箱が大きく重かった。仕舞うのが面倒になり、気がつけば廃止していた。大きな家や広いキッチンがあるイタリア家庭ならよいが、猫の額のような台所しかない当時の我が家では邪魔だった。おろし金部分の形状からか、使い終わったあと絡まったチーズを完全に洗い流しにくいのにも困った。

イタリアで最も一般的なチーズ削り。我が家で使っていたのは、この下にオリーブ製の木箱が付いたものだった。できあがる粉の塊感は良いのだが…

その後、前述の袋入り粉チーズを購入して済ませる時期が続いた。ただし、日本の筒入りパルメザンチーズと異なり、製法・容器のビニール袋とも長期保存を想定していない。少しでも目を離していると、あっという間に緑色のカビが生えてしまった。

そこで導入したのが回転式チーズ削りである。本体・ハンドルともプラスチック製だ。色・形状ともにどこか1960年代末のオリベッティ製タイプライターを思わせる視覚的楽しさは、筐体の剛性からくる心もとなさを十分に克服した。だが、買ってきたチーズを毎回小さく切らないと本体に挿入できないのと、清掃のしにくさから気がつけば使わなくなってしまった。

回転式チーズ削り。なおイタリアでは、これを電動化したものも家電量販店などで入手できる。

アメリカ製オフローダー+軽自動車

やがて2011年のことだったと思う。東京の知人がシエナを訪れた際「イタリアにお住まいなら、毎日お使いになるかと思って」とお土産にくださったのが、米国を本拠とする「マイクロプレイン」のおろし器だった。グリップ、ブレードとも強固で、硬めのチーズも僅かな力で削れる。長さは小学校で使う直線定規以上の35cmと大柄だが、幅は3cm台なので狭い場所に吊るしておける。残ったチーズを洗い流しやすいのもストレスが少ない。唯一残念なのは、粉となったチーズが前述のイタリア系削り器よりも薄く、風に舞うが如くひらひらしていて塊感がないことだ。

我が家が13年にわたり使用している米国マイクロプレイン製おろし器。
軽い力で削れるのだが、チーズは鰹節のようにひらひら気味だ。

そして数年前、我が家にもうひとつ加わった削り器は、東京のDIY店で筆者が見つけた。日本のブランド「サンクラフト」によるものだ。ミニマリズム的デザインと、20gという軽さに惹かれて買ってしまった。実は生姜おろし器なのだが、削り落ちるチーズの粉はイタリア式に近い。マイクロプレインのほぼ半分である長さ19cmという小ささのおかげで、チーズを仕舞うプラスチック容器の隅に入れておける。ただしそれは短所でもある。大きなチーズを削るときは盤面が見えにくくなる。加えて、マイクロプレインよりも削るときに力を要する。チーズを左右に動かすときの手のストロークも必然的に短くなるので、力が入りにくい。

東京で購入したサンクラフト製。
本来は生姜おろしだが、できあがる粉チーズの塊感は悪くない。

アイディアが活かされヴィジュアル的にも心地よいイタリア式、おおらかでヘビーデューティーなアメリカン、コンパクトで収納場所にも困らない日本スタイル…チーズ削りは、各国における自動車のキャラクターにあまりに似ている。

ということで、ここ数年我が家では、マイクロプレインとサンクラフトそれぞれの長所が捨てがたく、2本を使いわけている。さながらアメリカ製オフローダーと日本製軽自動車の2台持ちといったところだ。

パルミジャーノ・レッジャーノのダミーと筆者。フィデンツァ「リストボッテーガ・エミリアーナ」で。

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