繰下げ受給でまさかの大損…「年金月28万円」を受け取る70歳・元サラリーマン、「国から438万円」をもらい損ね、涙【FPの助言】

(※写真はイメージです/PIXTA)

受給時期を後ろ倒しにして受給額を増やすことができる「年金の繰下げ受給」。上限年齢は現状75歳、長生きリスクへの予防策にもなり得りますが、よくよく制度を理解したうえで決断しなければ、デメリットのほうが大きくなるケースもあり……。本記事では、Aさんの事例とともに年金の繰下げ受給で注意すべきポイントについて、FP1級の川淵ゆかり氏が解説します。

老後のために繰下げ受給を決断した5年前

70歳のAさんは、50歳のときに20歳年下の女性と再婚し、その後2人の男の子をもうけました。65歳で会社を定年退職したあとは、体調を崩してしまったため、働かずに自宅で家族とのんびりした日々を過ごしていました。

しかし、この時点で2人の子供はまだ中学生。

体調のせいで働くことはできないAさん。現状は貯蓄を切り崩して生活していますが、いつかはこれも尽きるという不安があります。また、息子たちにかかる莫大な教育費のためにも、年金を繰り下げて受給することにより、少しでも将来に備えようと決断します。そのため、退職後から現在までは年金をもらっていませんでした。

いよいよ、長男が来年大学に進むことになり、今後のマネープランを相談に筆者のもとへ来られたのです。

年金の繰下げ受給…どれほどお得なのか?

Aさんが、70歳のいまから年金を受給する場合、基礎年金と厚生年金を合わせて60ヵ月分の繰下げ受給となります。年金を繰り下げると、1ヵ月に付き、0.7%の年金を増やすことができます。つまり、

0.7%×60ヵ月=42%

70歳まで繰り下げると、42%の年金を増やすことができるのです。

たとえば、月20万円の年金であれば、5年間の繰り下げで28万4,000円まで増やすことができます。なお、2022年の日本人男性の平均寿命は81.05歳です(2023年7月発表)。

これをもとにAさんは自分で計算してみたそうです。

・65歳から受給した場合
→20万円×12ヵ月×17年(65歳~81歳)=4,080万円

・70歳から受給した場合
→28万4,000円×12カ月×12年(70歳~81歳)=4,089.6万円

「総額としてはほとんど変わりませんが、これからは支出が大きくなるので毎月28万円の年金はありがたいです」とAさんはいいます。

年金繰下げで、438万円をもらい損ねていた!?

年収が850万円未満(所得655万5,000円未満)の配偶者が65歳になるまでのあいだは、厚生年金に上乗せとなる加給年金が受け取れます。加給年金とは、扶養手当のようなもので、18歳までの子ども(高校卒業まで)がいる場合も受給できます。

[図表1]加給年金の受給条件 出所:筆者作成
※令和6年度の金額です。

Aさんの場合は奥さんと現在高校生のお子さんが2人なので、

23万4,800円+17万3,300円+23万4,800円×2人=年87万7,700円

となります。なお、加給年金は、繰下げ受給のために厚生年金の受け取りを遅らせているあいだは支給はありませんし、繰下げによる増額もありません。

「え? それならこれまでの5年間に受け取らなかった分は、まるまる大損じゃないですか!」

Aさんはせっかく自分で細かく計算したのにと、ショックのあまり涙を浮かべます。

これまでの5年間で受け取れたはずの加給年金の総額は、87万7,700円×5年間=438万8,500円にもなります(※簡易計算のため、令和6年度の額で単純に計算しています)。

本当にAさんは大損したのか?

果たして、Aさんは400万円を超える金額を本当に大損したのでしょうか? きちんと計算してみましょう。

「平均寿命」の本当の意味

まず、Aさんは自分で年金額のトータルを計算してきましたが、「平均寿命」を使っていましたね。ですが、「平均寿命」とは「0歳児の平均余命」を指します。つまり、Aさんが参考にした「2022年の日本人男性の平均寿命は81.05歳」とは、2022年に生まれた男子は平均的に81.05歳まで生きられる、という意味の年齢です。70歳の男性の平均寿命ではありません。

「平均であと何年生きるのか?」は、「平均寿命」ではなく、「平均余命」を見る必要があります。高齢者の年齢別平均余命は次のとおりです。

[図表2]高齢者の年齢別平均余命 出所:筆者作成

70歳男性の平均余命は15.56年です。最低でも15~16年後(86歳)までのマネープランを考える必要があります。

5年ずつ繰り下げた場合の86歳までの基礎年金と厚生年金、加給年金の合計額

Aさんが、86歳までの年金(基礎年金+厚生年金)と加給年金の合計を、5年ずつ繰下げ受給した場合を計算してみました。なお、現在は75歳まで繰下げ受給が可能になっており、75歳から受給すると年金を84%増額することができます。

1.65歳から受給していた場合
・年金(基礎年金+厚生年金)合計:5,280万円(年240万円×22年)
・加給年金合計:1,121万4,400円
――以上、合計:6,401万4,400円

2.70歳から受給する場合
・年金(基礎年金+厚生年金)合計:5,793万6,000円(年340万8,000円×17年)
・加給年金合計:682万5,900円
――以上、合計:6,476万1,900円.

3.75歳から受給する場合
・年金(基礎年金+厚生年金)合計:5,299万2,000円(年441.6万円×12年)
・加給年金合計:408万1,000円
――以上、合計:5,707万3,000円

[図表3]受給年齢別、年金額の合計早見表 出所:筆者作成
※年金は、基礎年金と厚生年金の合計です。

Aさんは70歳から16年間年金を受給すると総額で約6,476万円受給できるのがわかりました。加給年金は400万円以上も減りますが、繰り下げ受給による効果で、十分カバーできますね(※あくまでも試算であり、今後の制度改正等により、金額は確定されたものではありません)。

繰下げ受給で年金を増やし、加給年金も受け取る方法

大切なのは、Aさんが「健康で長生きすること」です。今回はAさんの平均余命で計算しましたが、当然ながら短命であればあるほど、年金の受け取り総額は減り、Aさんの言葉を借りれば、「大損」かもしれません。長生きすることで、繰下げ受給の効果を大きくしてほしいと思います。

さて、今回は、基礎年金と厚生年金を同じ年齢で繰り下げた場合で試算を行いましたが、繰り下げ受給は別々での開始が可能です。「年金を繰り下げ受給で増やしたいけど、加給年金もしっかり受け取りたいなぁ」という場合は、老齢基礎年金だけを繰り下げる、という方法もあります。

加給年金は老齢厚生年金の受給で受け取れますので、老齢厚生年金を繰り下げ受給しなければ全額受け取れます。いろいろとシミュレーションしてみて、年金の受給計画を立ててみてください。

川淵 ゆかり

川淵ゆかり事務所

代表

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